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純白の裏切り ―AVデビューの裏側に潜む告発の連鎖―

作者: あい

第一章「密告の朝」


 ――午前7時43分。

 コーヒーメーカーの音が止まり、機械音の代わりに小鳥のさえずりが窓の外から聞こえてきた。

 週刊誌『REAL SCOOP』編集部のデスクに座った沢口修司は、PCに届いた1通の匿名メールに目をとめた。


> 件名:【内部告発】LOVEYOU 石山友梨のAV出演について

差出人:匿名希望

本文:

「アイドルグループLOVEYOUの石山友梨、AVに出てます。

清楚キャラの裏でやってます。本名じゃないけど、間違いなく本人。

証拠あります。続報を希望するなら連絡ください。」




 沢口は、思わずコーヒーカップを置いた。

 LOVEYOU――今、アイドル業界で最も“純白”を体現するグループだ。

 その中心メンバーであり、透明感と清楚さを売りにする石山友梨が、AVに?

 しかも、告発者は“証拠がある”と明言している。


「またガセか?」

 ぼそりと呟きながらも、沢口の手は自然とキーボードを叩いていた。

 彼はこれまで、数々のスキャンダルを暴いてきたベテラン記者。

 モデルの裏風俗、地下アイドルの枕営業、YouTuberの二重生活……

 だが、今回の名前は別格だった。


 石山友梨。

 1999年生まれ、身長157cm、Eカップ。

 「透き通るような美肌」として数々の雑誌で取り上げられ、グループ内でも圧倒的な人気を誇っている。

 ファンの間では“清楚の象徴”とまで呼ばれている。


 そんな彼女がAVに? 本当なら、芸能界を揺るがす特大スクープだ。


 沢口は椅子にもたれ、天井を見上げた。

 ふと、何年も前に取材した、あるタレントの言葉を思い出す。


> 「男の欲望が清楚を壊すんじゃない。

清楚という嘘が、女の心を壊すのよ。」




 その言葉が、石山友梨という名と奇妙に重なった。

 まさか、あの完璧な“純白の偶像”が、自ら衣を脱いだというのか。


 沢口はメールに返信した。


> 件名:Re: LOVEYOU 石山友梨のAV出演について

本文:

詳細を希望します。証拠の提示をお願いします。

匿名性は尊重します。連絡をお待ちしております。




 送信ボタンを押した瞬間、彼は確信していた。

 この話――ただの炎上目的では終わらない。

 これは、誰かが“偶像”を壊そうとした、最初の火種だ。


 数日後、沢口のもとに一通のUSBと、LOVEYOUメンバーによる密告の断片が届く。

 それは、すべての始まりだった。


第二章「完璧すぎる偶像」


 人間というのは、完璧すぎるものに不安を覚えるものだ。

 あまりに整いすぎた顔。どこにも影のない素行。崩れることのない人間関係。

 週刊誌記者・沢口修司の経験上、“完璧”という仮面の裏には、必ず綻びがあった。


 彼は編集部のPCモニターに映し出された動画を、一時停止した。

 再生されているのは、石山友梨が4ヶ月前に出演した地上波バラエティ番組のワンシーン。

 マシュマロを頬張りながら笑うその表情は、視聴者の多くが“天使の笑顔”と讃えたものだ。


 だが――沢口の目には、別のものが見えていた。


 彼女の左手がテーブルの下で握り締められている。

 口角は笑っているのに、眼の奥がどこか遠くを見ている。

 そして何より、笑う直前の、ほんの一瞬の「呼吸」が妙に深い。

 それは、役者が本番前にスイッチを入れるような深呼吸――“作られた笑顔”の前触れだ。


「やはり、何かあるな……」


 沢口は、次にSNSの写真を漁った。

 フォロワー50万人を超える彼女のInstagramには、完璧に整えられた「日常」が並んでいた。

 白いブラウス。青空の下での読書。無加工を装ったすっぴん風の自撮り。


 しかし、ある投稿に引っかかった。

 3月5日、事務所公式アカウントによる集合写真。

 いつもは前列中央を占めるはずの友梨が、珍しく後列の端にいる。

 しかも、目立たないようなベージュの衣装。顔もやや強張っている。


 沢口は、同じ日の別アングルの写真を検索した。

 それを見た瞬間、彼は確信を抱く。


 友梨の右のこめかみ付近、ファンデーションの色が不自然に濃い。

 打撲か――あるいは、睡眠不足か。

 アイドルにしては異常なほどの“厚塗り”メイクが、何かを隠そうとしている。


「どうやら……あのメールは、ガセじゃない」


 さらに深掘りするうちに、沢口はあるファンブログにたどり着いた。

 その筆者は、石山友梨の握手会に20回以上参加している熱狂的な追っかけで、こう記していた。


> 「最近の友梨ちゃん、少し変。声が小さくなって、手が冷たかった。

目を見てくれない回もあった。あの子があんな態度するの、今までなかったのに……」




 偶像にとって一番怖いのは、信者の微細な違和感だ。

 それは神話が崩れ始める最初の一歩であり、最も鋭利な告発となる。


 沢口は立ち上がり、資料室のロッカーから『LOVEYOU』の過去パンフレットを引き出した。

 初期の石山友梨は、もっと素朴で、無防備で、自然だった。

 しかし今の彼女は、“完璧すぎる”のだ。

 まるで、過剰に“清楚”を演じるように。


 ――その裏には、何かを隠している女がいる。

 AVに出演したという事実が本当ならば、それは偶像が偶像でいるために選んだ“取引”だったのかもしれない。


 メールの差出人は再び返信してきた。

 そこには、LOVEYOUの楽屋内と思われる写真とともに、こう書かれていた。


> 「もう一人のメンバーが気づいたんです。

友梨ちゃんのカバンの中、普通じゃない“台本”が入ってました。

私たち、気づいてしまったんです。あの子はもう――あっちの世界に足を踏み入れてるって」




 沢口の背筋がわずかに粟立った。

 次は――その“気づいてしまった”というメンバーの話を、聞く必要がある。


第三章「崩れたスケジュール」


 芸能人のスケジュールは、ある種の“生きた履歴書”だ。

 表に出ていない仕事も、移動の足取りも、細かい打ち合わせの痕跡も――

 すべて、現実にその人物が“どこで、誰と、何をしていたか”を物語る。


 週刊誌記者・沢口修司は、石山友梨の過去三ヶ月のスケジュールを分析していた。

 もちろん、彼女の公式スケジュールに“AV撮影”などと記載されているはずもない。

 だが、そこに不自然な“空白”があった。


 たとえば、5月12日。

 午後のトークイベントに出演後、18時から都内でバラエティ番組の収録が予定されていた。

 だが、なぜか彼女はこの収録を“急な体調不良”でキャンセル。

 代わりに別のメンバーが急遽登場していた。


 さらに6月2日から3日にかけて、二日連続の空白が存在する。

 SNS更新もなし、ファンブログにも写真がない。

 唯一、関係者の投稿で「温泉ロケで地方へ」という文言があったが、放送予定がどこにも記載されていない。


「温泉ロケ……どこで、何の番組だ?」


 沢口は局の番組編成を調べたが、その日に該当するロケなど存在しなかった。

 しかも、他のメンバーはその日、別の番組に出演していた記録が残っている。

 “温泉ロケ”という言葉は、彼女の不在を隠すための“隠れ蓑”なのではないか?


 疑念が確信に変わったのは、情報屋から送られてきた一本の映像だった。


 都内の住宅街。

 薄いマスクと帽子で顔を隠した友梨が、スーツ姿の男二人に囲まれながら乗り込む黒のワンボックス。

 車体に貼られた“撮影機材運搬車”のシールは、どこか既視感がある――

 AV制作会社がよく使う“偽装ラベル”だった。


「出たな……」


 沢口は、録画を何度も巻き戻し、指先で画面をなぞった。

 車に乗る直前、友梨がほんの一瞬、振り返ったその顔。

 カメラを意識していたわけではない。

 ただ、誰かを――もしくは、過去の自分を――探すような、そんな表情だった。


 数日後、沢口はLOVEYOUのマネージャー・Kに接触した。

 アポイントなしの突撃だったが、彼は意外にも、沢口の顔を見るなり溜息まじりに口を開いた。


「……石山のことですか。最近、よく聞かれるんですよ。

 まあ、体調が優れなくて、少しだけ休養してるだけです。温泉ロケも、まぁ……ちょっと大人の事情があってね」


「なるほど、“大人の事情”ですか」


「ええ。今はただ、そっとしておいてやってください」


 沢口は笑った。


「それ、いつもスキャンダルのときに聞く言葉ですね」


 マネージャーは一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに笑いに変えた。

 だが、彼の言葉には、肝心なことが一つだけなかった――

 「AV出演はしていない」という否定だ。


 その夜、沢口は録音した会話を聞き返しながら、ノートに一行メモを残した。


> “スケジュールには載らない仕事。それが最も高額で、最も口を閉ざされる。”




 その仕事の名は、間違いなく“AV出演”。

 次に探すべきは――

 それに気づき、恐る恐る口を開いた“内部”の声だ。


第四章「仲間の証言」


 その喫茶店は、渋谷の雑居ビルの3階にあった。

 平日の午後、客の姿はまばらで、店内にはジャズのインストゥルメンタルが静かに流れていた。


「……名前は出さないでください。絶対に」


 黒いキャップを深く被った少女が、コーヒーに口をつけながらそう言った。

 彼女はLOVEYOUのメンバー――仮に、舞香とする。

 身長は低めで、声も小さい。ステージ上では明るく跳ねるタイプだが、今の彼女はまるで別人のように沈んでいた。


 沢口は、ICレコーダーの録音ランプを確認しつつ、ゆっくりと頷いた。


「安心してください。名前も、顔も、出しません。

 ただ……あなたが“気づいた”ことを、ありのままに聞かせてください」


 舞香は一瞬、ためらうように唇を噛んだ。

 だが、やがて小さく息を吐き、言葉を絞り出すように話し始めた。


「――最初に変だと思ったのは、4月のリハーサルのときです。

 友梨ちゃん、踊ってるときにね、急にしゃがみ込んだんです。

 最初は“体調悪いのかな?”って思ったけど、スカートの中、何か貼ってあって……」


 舞香はスマホを取り出し、一枚の写真を差し出した。

 スタジオで撮った集合写真。よく見ると、友梨の腰の下、ビキニの内側に薄くテーピングが透けている。


「たぶん、痣……隠してたんだと思います」


「痣?」


「うん……肌が、あの子みたいに白いと、ちょっとした跡でも目立つから。

 メイクさんも、あの日はやけに丁寧にコンシーラー使ってて……変だった」


 沢口は、その写真をしばらく見つめた。

 プロの目から見れば、これは“隠している証拠”ではなく、“隠させられている証拠”だった。


 舞香は、さらに声を落とした。


「ある日、私……たまたま楽屋で、友梨ちゃんのカバン見ちゃったんです。

 中に入ってたのは、台本。

 でも、ドラマのじゃなかった。“一人称”で進行してるやつで……“感じる”とか、“喘ぐ”とか、そんなセリフが、普通に」


 そのときの恐怖が蘇ったのか、舞香は震える指でカップを掴んだ。


「私……目を疑って……でも、本人に聞けなかった。

 聞いたら終わっちゃうって、なんとなくわかってた。

 友梨ちゃん、私の視線に気づいて、笑ったんです。

 ――“気づいたんだね”って顔して」


「その台本……写真は撮りましたか?」


 舞香は首を横に振った。


「怖くて……でも、もう誰かが止めないとって思って、私……事務所にも言ったんです。

 “友梨ちゃん、なんか変です”って。そしたら……」


「そしたら?」


「“あなたが気にしすぎ。彼女は今、がんばってるんだから”って笑われて、

 それから、私だけスケジュール外されることが増えました。地方のイベントとかも、急に降ろされて……」


 沢口は、胸の奥が冷えるのを感じた。

 彼女は真実に気づき、声を上げた。その代償が“干される”という仕打ちだとしたら、

 この事務所は、間違いなく友梨の“何か”を、共謀している。


「あなたは正しかった。怖かったでしょう。でも……その声がなければ、俺たちは何も見つけられなかった」


 舞香はかすかに微笑んだ。

 それは安心の笑みではなく、どこか“諦め”の混じった顔だった。


「ねえ……友梨ちゃん、どこに行っちゃったのかな。

 私、最後に話したとき、“大丈夫だよ”って笑われたの。

 でも、その目……どこ見てるか、もうわかんなかった」


 午後の光が窓から差し込み、舞香の指先の震えを浮かび上がらせていた。


 偶像の崩壊は、最も身近な存在から始まっていた。


第五章「消されたDVDパッケージ」


 夜の中野ブロードウェイは、昼間の喧騒とは違い、不気味なほど静かだった。

 沢口修司は地下フロアの奥――常連にしか知られていない、AV専門の中古ソフトショップに足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ。……ああ、沢口さんね」


 店主の無精髭が浮かぶ笑みは、何度か金になる話を流したことのある“仕入れ屋”の顔だった。


「探してるのは、“噂の子”でしょ。ウチにも1本だけ、それっぽいのがあったよ」


 そう言って差し出されたのは、黒い無地パッケージに紙のラベルが貼られただけのDVD。

 女優名は「RIONA(仮)」、制作会社は聞き慣れない小規模レーベル。


「このラベル、あとで剥がされたよ。

 ネットショップにも即日で在庫ゼロ。回収指示出たっぽい。

 でもね、見ればわかる。あれは“あの子”だよ」


 沢口は、そのDVDを受け取り、かすかに震える手でカバンにしまった。


 その夜、自宅のモニターに映し出された映像は、彼の中で“決定的な何か”を打ち砕いた。


 暗いホテルの一室。

 カメラに向かって自己紹介をする少女――

 長い黒髪、色素の薄い肌、Eカップ。

 白いワンピースから覗く肩が、微かに震えている。


 「RIONAです……今日は、がんばります……」


 笑っていた。だが、その目は笑っていなかった。

 言葉の抑揚が、舞台やバラエティでの“石山友梨”とは明らかに違っていた。

 しかし――顔の輪郭、指の細さ、肩の動かし方、何より“目の伏せ方”は、間違いなく、あの少女だった。


 カメラの前で脱がされ、触れられ、演出通りに喘ぐその姿。

 沢口は早送りしながらも、幾度も手を止め、確認するように再生した。

 彼女の背中に、かすかに見える痣のような影。

 演技にしては妙に現実的な呼吸の荒さ。


 そして、終盤――演出上の“フィニッシュ”の後。

 彼女が天井を見つめたまま、長い沈黙ののちに呟いた。


 「これで……生きていけるかな……」


 その声は、まぎれもなく石山友梨のものだった。


 沢口は、再生を止め、しばらくの間、画面を見つめたまま動けなかった。

 証拠は揃った。

 映像、顔、癖、声。すべてが“偶像の裏側”を証明していた。


 だが、不思議と胸の奥に広がったのは、興奮でも達成感でもなかった。

 ただ、深い虚無感だった。


 彼女はなぜ、ここまでして“清楚”を演じ続けねばならなかったのか。

 なぜ、そんな場所に自分を投げ出すしかなかったのか。

 そして、なぜ誰もそれを止めなかったのか。


 画面に映る彼女の最後の笑顔――それは、すべてを諦めた人間だけが浮かべる“静かな笑み”だった。


 沢口はDVDを取り出し、カメラで数カット撮影した後、ケースに戻した。

 あとは、彼女に会うだけだった。

 すべてを、本人の口から聞くために。


第六章《密告の夜》


 六本木の裏通り。雑居ビルの一角にある安居酒屋の個室で、沢口は“情報提供者”と名乗る女性と向かい合っていた。顔をフードで隠し、メニューにも目を落とさず、手のひらの下にUSBを隠し持っている。


「石山友梨って、本当に“清楚系”だと思います?」


 女の声は低かった。怒りとも悲しみともつかない感情が、声にひびをつくる。


「あなた、LOVEYOUの……?」


「言いません。名前は。けど、同じグループの中で“ああいう”のが一人だけ評価されていくのって、どんな気分かわかります?」


 女は、テーブルに静かにUSBを置いた。

 その外装には、シールが貼られていた。赤いマニキュアで“Y”の文字。


「これ、レッスン室の防犯映像を加工したやつです。……友梨が、マネージャーと何か話してるところ、はっきり映ってる。“写真集の次はAVですか”って言ってた。あの子、もう覚悟決めてましたよ。私たちには何も言わずに。」


 沢口は無言のまま、USBを手に取った。

 沈黙の中に、彼女の指先がわずかに震えていたことだけが、妙に記憶に残った。


「なんであなたが、それを?」


「嫉妬、ですかね。でも……それだけじゃない。あの子、壊れちゃうのが見えてたから。」


 女は立ち上がると、そのまま何も食べず、何も告げず、夜の雑踏へ消えていった。


 沢口は残されたグラスに口をつけながら、そっと呟いた。


「芸能界は、純白を血に染めるのが本当にうまい。」


第七章《証拠》


 USBメモリを差し込むと、ファイルは一つしかなかった。

 「Y_ISHIYAMA_ROOM_0603.mov」

 レッスン室の天井にある監視カメラからの、俯瞰の映像。最初の数分間は空っぽだった。時折スタッフの出入りがあるだけで、何も起こらない。

 だが、七分ほど過ぎたあたりで、画面に二人の姿が映り込んだ。


 ひとりは、石山友梨。

 もうひとりは、LOVEYOUのマネージャー・北川だった。


 二人はソファに腰を下ろし、何かを話していた。音声はない。

 だが、表情がすべてを物語っていた。


 友梨の笑顔はどこか引きつっていた。唇の端が上がっていても、目元だけが強張っている。それでも、頷いていた。

 北川は、机の上に何かの資料を広げて見せ、時折、指をさしながら、淡々と説明している。


 1分半ほど経った頃、友梨は顔を伏せるようにして、うつむいた。

 その肩が、かすかに震えたように見えた。


 そして、彼女が顔を上げて口を開いた——

 音声はない。だが、沢口には唇の動きが読めた。


 「AV……やるってことですか?」


 北川は、否定しなかった。

 ただ、苦笑のような顔で、静かに頷いた。


 その瞬間、彼女の顔からすべての色が消えた。


 画面が暗転する前、最後に映ったのは、立ち上がった友梨が資料をバッグに入れ、無言で部屋を出ていく後ろ姿だった。

 その背中は、小さく、小さく見えた。



---


 沢口は画面を閉じると、しばらく何も考えられなかった。

 ただ、自分の内側に込み上げてくる“異物”のような感情に呑まれそうだった。


 情報を掴んだ達成感でもない。スクープへの興奮でもない。

 それは、後味の悪い沈殿物だった。


 「純白清楚系——そう刷り込まれた少女が、どこにも逃げ場がないまま、“選ばされていた”。」


 彼女は同意していた。でもそれは“自分で選んだ”とは言えない。

 スタッフ、ファン、世間、そして“清楚”という看板。

 そのすべてに押し潰されながら、石山友梨は、誰にも気づかれず静かに壊れていた。

第八章「決断」


 夜明けの編集部は、いつもより静かだった。

 パソコンのディスプレイに映るのは、数日かけてまとめた石山友梨のスクープ記事の草稿。

 しかし、その文字の一つ一つが、沢口の胸を締め付けていた。


 「これは、彼女を救う記事なのか、それとも傷つけるだけなのか」


 かつて「清楚の象徴」と讃えられた少女が、いまや“AV出演者”として世間に晒される。

 その真実を伝えることは、社会的正義かもしれない。

 だが、その代償を誰が背負うのか。


 記者の使命と、人間としての倫理。

 その狭間で、沢口は何度も原稿を見直した。



---


 記事は公開された。

 表紙を飾る石山友梨の写真は、過去の笑顔と、現在の影が混ざり合う一枚。

 「純白清楚系アイドルの裏の顔」という大見出しは、瞬く間にSNSを席巻した。


 反響は激烈だった。

 ファンは戸惑い、怒り、失望し、擁護し、呪いの言葉を吐いた。

 LOVEYOUの公式サイトからは、彼女の名前が静かに消えた。


 マネージャーはコメントを出さず、事務所は「プライバシーの問題」とだけ繰り返す。



---


 数日後、沢口の携帯に一本の電話がかかってきた。

 画面には「非通知」とだけ表示されている。


「……もしもし?」


 沈黙の後、かすかな女性の声。


「私……友梨です。記事、読みました。ありがとう」


 涙声だった。


「私、もう二度と戻れない場所にいる。

 でも、これで少し楽になった気がします。

 誰かに知られるのは怖かったけど、あなたなら、と思いました」


 沢口は黙って聞いた。

 言葉を返す代わりに、静かに息をついた。



---


 彼女は消えた。

 ただ、かつての“純白”の残像だけが、虚空に漂っている。


 「偶像は、最初に汚されるべきものなのか」――沢口は、そんな疑問を胸に秘めていた。



---


《完》



【独占スクープ】純白清楚系アイドル石山友梨 突然のAVデビュー疑惑――“偶像の裏側”を暴く!


人気グループLOVEYOUの“清楚の象徴”に何が起きたのか


今や若者のカリスマとして君臨する人気アイドルグループ「LOVEYOU」。その中心メンバーであり、透き通るような美肌と純白のイメージでファンを魅了してきた石山友梨(23)が、突如として“AV出演”の疑惑に包まれた。


匿名の内部告発から始まった本スクープ。取材班は関係者の証言や独自取材を進め、驚くべき実態を掴んだ。



---


「彼女はもう“清楚”ではない」


複数のLOVEYOUメンバーから寄せられた証言によると、石山は近年、次第に様子がおかしくなっていたという。

「笑顔の裏に影があった。ある日、踊っている最中に突然しゃがみ込み、腰に痣を隠していた」(グループメンバー・仮名:舞香)


また、彼女の持ち物からは“AV撮影用”の台本のようなものが発見され、事務所に相談したメンバーは逆に締め出される事態に陥った。



---


スケジュールの空白、そして謎の“温泉ロケ”


事務所公認のスケジュールにも異変があった。

5月12日の収録キャンセルや、6月初旬の連続した不在日――それらは、公式発表とは異なり、関係者によるとAV撮影のための時間確保だったとみられる。


映像資料からは、友梨がマネージャーと撮影現場とみられる場所に向かう姿も確認された。



---


流出した映像が示す真実


独自入手した映像ファイルには、石山友梨と思われる女性が出演する成人向け作品が含まれていた。

映像の中の彼女は、「RIONA」という仮名で出演し、これまでの清楚なイメージとは対照的な姿を見せている。


映像終盤の一言——

「これで……生きていけるかな……」

その呟きは、多くのファンにとって衝撃的な告白となった。



---


事務所は沈黙、ファンは混乱


この事態に対し、LOVEYOU所属事務所は一切のコメントを拒否。公式サイトからは石山友梨のプロフィールが削除され、グループからの事実上の“抹消”を意味している。


ファンの間では、驚きと戸惑い、そして怒りが渦巻き、SNSでは連日議論が続いている。



---


「彼女はどこへ行ったのか」


関係者によると、石山は現在、連絡が取れない状況にあり、芸能界から姿を消しているという。


“純白清楚系アイドル”の仮面の下に隠された真実――その背景には、芸能界の構造的な問題と、若き女性たちの葛藤が横たわっている。



---


【取材・文/沢口修司】

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