終幕
生きていてこれ程までに死に近い空気を味わう事はないのだろう、と思った。空気も、私の気持ちも、この部屋を満たす全てのものは、死んでいた。
すすり泣く音、咳払いの音、服が掠れる音、まばたきの音、線香の音。この部屋の中で新たに生まれた音は、死んだ部屋に新たな活気を生み出すかのようにとても鮮明に広がり、そして死んでいった。
目の前でこちらを向いて微笑んでいた三人は、私達に変わらぬ笑顔を向け続けてくれていたけれども、その日、一度も目が合うことはなかった。彼らだけは、彼らだけはその部屋で唯一、ずっと生きていたのかもしれない。
それは20年経っても色褪せない、別れの思い出だった。
今から28年前、初めての大学の講義で隣の席に座っていた、たったそれだけの繋がりだった彼女は、私の人生の半分を持っていってしまった。今思えば、あのままで、ただ隣の席に座っているべきだったのかも知れない。
「いや、それは違うか。」
目の前の彼女に向かってそう呟く。
隣に座っていたい。そう望んだ事を私は後悔していないのだった。むしろ、より強く望むべきだったのだ。そうすればいつまでも一緒にいられたのだから。
20年でだいぶ汚くなった彼女の部屋を見渡し、この28年を振り返りながら、やはり私は後悔するのだった。
「それじゃあ、行ってきます。」
最近ようやく、自然に言えるようになった言葉を彼女に投げかけ、彼女の前に半分に折った線香を供え、仕事に向かうのだった。