7話 精霊の追求
「それで、決まったのにゃ?」
ウィッチェルがまた椅子に逆向きで座り、背もたれに腕をかけながら聞く。
「はい、短剣とペンダントにしたいですけど、出来ますか?」
ウィッチェルは私の答えに興味が出たのか、私の方へと体を傾けた。
「短剣とペンダントでございますか。」
ウィッチェルの反応に構うことなく私にそう確かめるレナルド。何か納得の出来る理由を求めているようだったのでそれを話した。
「はい、手袋は脱いでいる時とそうでない時がありそうですし。指輪よりペンダントの方が大きな触媒を込めそうですし、短剣はいざという時に使えそうですから。」
「触媒武器とは大きく出たにゃ。武術も使えるのにゃ?まるでそうは見えないにゃ。」
ウィッチェルは私の腕や足、腰を観察してそう言う。単純に物事を見る目があるみたいだ。体つきから武術の素養を把握できるなんて、結構人の世で長生きしている精霊なのかもしれない。それより、彼女言葉は間違ってはいないけど、それは今世での話である。前世の私は、そうでもなかった。今世でもまたやり直して、極めればいい。それに、私には目的がある。それが達成出来れば触媒武器は大きなメリットとなる。
「まだ、使えませんが。いずれは。」
「今から学ぶのにゃ?武器を使ったこともないのに触媒武器にするのは無謀にゃ。それともそうしないといけない理由でもあるのかにゃ?」
「ウィッチェル、お客様を詮索するのはよしてください。彼女のご要望に応えるのが我々の仕事です。」
「けどにゃ、彼女が魔法を何なのかと思っているのかを知るのは重要なのにゃ。どう作るかを決められるのにゃ。違うかにゃ?それににゃ、武器は殺すための道具にゃ。殺すつもりもないのに武器なんて持っていても仕方ないにゃ。」
「あの、魔法だけでも十分な威力にはなりませんか?戦場では使われているんですよね?」
「だから触媒武器にするのは過剰と言っているのにゃ。それとも誤解されるのが目的にゃ?そもそも人を殺したことはあるのにゃ?人は人を殺すことを躊躇うように出来ているのにゃ。そうでない人間は訓練された人間か頭が行っちゃってる人間なのにゃ。お主はどっちにゃ?」
ウィッチェルはいい加減な返答やはぐらかしは許されないという目で私を見ている。レナルドも無言で私のことをじっと見ていた。何か思うところでもあったんだろう。ただ自分の計画や思惑をすべてここで話すわけにはいかない。
「例えば、誰かを攻撃すべき状況で、魔法を使うより体を動かした方が早いとして、触媒武器はそういう時に有利に作用するのではありませんか?それに刃物は物が切れます。物を切断する魔法を使うより、実際に道具を使った方が効率がいい場合もあるでしょう。魔導士は軍属になる場合も多いと聞きます。そのための心構えとして、触媒武器を手にするのは別に誤った判断ではないと思いますが。」
魔導士が軍属になるという話は本で読んだことがあるだけで、実際に軍属になるために魔導士になりたいわけではない。ただ軍に入って手柄を立てれば爵位が貰えるのも事実。今のところそこまでは考えてないけど、将来的にそうなる可能性はあると思う。これで納得してもらえたんだろうか。
「何か隠しているにゃ? でもそうだにゃ。お主は頭が回るのにゃ。そう言う人間を追い詰めたらウィッチェルを敵とみなすのは間違いないにゃ。敵を増やしたらこの世界から住みにくくなるにゃ。それは嫌にゃ。けど面白いことをするなら、いつかウィッチェルにも声をかけるにゃ。ウィッチェルはただ、お主のことを心配して言ったのにゃ。人は自分の行動の結果を受け入れず、心が壊れてしまうこともあるのにゃ。因果は圧力なのにゃ。最初はわからなくても、徐々にのしかかってきて、変わってしまうのにゃ。わかるかにゃ?それともそれを知ってなお、その道を行くことを選ぶのかにゃ?」
曖昧な言葉を並んでいるけど、彼女はいったい何を知っているんだろう。何を見ているんだろう。私は無言で彼女の瞳を見つめ返した。敵意は感じない。危ういと思っているようでもなさそうである。その瞳は神秘的で、私という人間の在り方を図っているようにも見えた。
「ウィッチェルさんはこのお店で助手をするだけではないんですか?」
「それは趣味みたいなものにゃ。いつも面白いことが起きるわけじゃないのにゃ。」
彼女が言っている面白いこととは一体。それはともかく、本題に戻らないと。
「魔法触媒を作るにあたって私からこれ以上もっと何か、話せばならないことはありますか?」
「いいえ、問題ありません。ただ作業にかかる前に、そちらから質問がありましたらどうぞ。」
「触媒武器と杖とでは魔法を使う時に何か大きな違いがあったりしますか?」
「性能に違いはありません。中に使うコアとなるのはこのような玉、宝石のように立方体で加工する場合もありますが、基本的には球体となります。これは当然ですがこの店で一番の物を使いましょう。私からも一言。術式を計算しながら体では武術の動きをするというのは、相当難易度の高い芸当となるでしょう。ただ簡易的な術式を使いながら触媒武器を使う人はそれなりにいます。そう言う人を普通は魔導士とは呼びませんが、触媒武器を使う魔導士がいないわけではありませんので。ただ同業者からは珍しがられるでしょう。与太話はこれくらいにしましょう。ヴァンダイン様は今このお店から出ていらっしゃるようですが、何時間も使うわけにはいきませんから。短剣に使う素材は何にいたししましょうか?」
さすがに私を待つなんてことはしなかったか。どこへ行ったんだろう。カリスト君と共に別のお買い物でもしているのかな。
「普通の金属でお願いします。」
「金持ちのおじいちゃんを捕まえたのにゃ、贅沢してもいいと思うのにゃ。」
ウィッチェルが横から槍を入れて来るけど、そう言うわけにはいかない。お金を使いすぎることは、ないと思うけど、一目でわかる豪華な素材を使った魔法触媒なんて奪ってくださいと宣伝しているようなものなのでは。町の治安が悪くなくとも、これからどのような場所へ行くかなんてわからないから。単に目立ちたくないのもある。余計な目を引いてやっかまれるなんてまっぴらごめんだ。
「自分の身分と実力に見合うものにしませんと。それとも、一度作ってしまったら中に触媒のあの玉のようなものを抜いて別のに変えたり出来ないんでしょうか。」
「出来ますよ。ただ残念なことに、このお店に普通の金属という金属は存在しません。具体的に指定いただいても?金属以外に幻獣の骨も扱っておりますので、そちらも考慮に頂ければと。それとも金属の種類がわからないんでしたら、こちらで見本を用意いたしますが、どうします?」
さすがにそうか。鋼とかを想定していたらそうはいかないようだ。
「見せてもらってもよろしいでしょうか。」
「では、こちらになります。」
レナルドはそう言って戸棚を開けて手のひらサイズの小さな金属の板を四枚、骨の板を三枚取り出し、作業台の上に並べ私に見せる。
「左からグレンダイト、エイリウム、エッシュバルト、ヴィスカー、そしてこちらはグリーゲンの骨、マンティコアの骨、竜の骨です。」
グレンダイトは赤く光沢の金属、エイリウムは白く光沢はほぼない金属、エッシュバルトは黒く鈍い光沢を持ち、ヴィスカーは灰色でダマスカス鋼のような波打つ模様がある金属だった。そして骨。グリーゲンの骨は白くて硬そうな骨で、マンティコアの骨は黒い骨、竜の骨はなぜか灰色をしていた。なぜ前世の神話に出る生物が存在するのか謎だけど、そう言った幻獣は実は全体の幻獣の中でも少数だったりする。一番多いのは四つの翼と五つの目を持つガヴァリンという、二メートルくらいの大きな灰色の鳥と、エレヴァルという逆関節を持ってて、二足歩行をして、腕が四本あって、独自の魔法を使ってて、人の倍くらいの身長の魔法に長けた、知性を持ってテレパシーで話す、千年以上を生きる殆ど人と知性が変わらない種族だったりする。幻獣と呼ぶには失礼なのではという疑問はあるけど、人間との交流がまるでないため一応幻獣扱い。何千年か前にエレヴァルを使い魔にした伝説的な魔導士があったから未だに幻獣扱いされている可能性まである。
そしてグリーゲンは海岸沿いに住む、一階建ての家程の大きさを巨大な鳥のことだと思う。学校の図書室に幻獣の図鑑があって、何回も読んでいたからこれらのことをわかっていたりする。授業ではそこまで詳しくは学ばない。そもそも一般人が幻獣と遭遇する機会なんて自分から探して見に行かない限り人生に一度あるかどうかだし。
「性質にはどのような違いがあるんですか?」
そうレナルドに質問をすると彼は間髪入れずに答えた。
「グレンダイトは頑丈で鋭さを求めるには最適で、他の金属とぶつかると大きな火花が散ります。それを目くらましに使う場合もあり、私からもおすすめです。エイリウムは 軽く加工しやすいですが炎に弱く、溶けやすいです。ですがこの中では一番軽いので扱いやすいかと。エッシュバルトは頑丈ではありますがとにかく重いです。手にしてみてください。」
言われた通りに手にするとずっしりとした重さがあった。薄さ数ミリくらいの小さな板が、一キログラムはしているのではと思うほどの重さ。
「本当に重いですね。ヴィスカーは?」
「ヴィスカーは最も頑丈で重さも程よく、熱にも強い。この中で一番高価で貴重な金属です。加工が難しいので、専門の鍛冶師に依頼する必要がありますね。完成するまで時間がかかるでしょう。」
「貴族様の鎧とかに使えそうですね。」
「貴族はエンチャントした礼服を着るのが一般的です。映えますからね。ヴィスカーの鎧を使うのはこの大陸屈指の、最強の傭兵集団とも呼ばれる人たちです。中に色々仕込んで、戦場では敗北を知らないと有名ですが、一つの国が一つの戦場で雇えるのは常に一人で、人前で鎧を脱ぐことは許されないなどと変わった規則を持っていることでも有名です。ただこの辺りでは活動してないので見ることもないでしょう。」
この辺りにいないなら考えなくてもいいか。
「さて、次は骨の説明をいたします。グリーゲンの骨は、頑丈で加工しやすく、とても軽い。ただ刃こぼれをした場合は、その部分を専用の素材でそのたびに補強する必要があります。マンティコアの骨はそれなりに重さがありますが、切れ味が落ちることがありません。それは死んでいてなお生きていると呼ばれる程です。これは一度形にしまったら魔力を流すだけで本来の形に戻る性質があるからなのですが、主人の魔力を吸収し続け、それになれると他人の魔力を受け付けなくなるようにもなります。なので中古品として売るのは難しいでしょう。竜の骨はエンチャントがしやすく、どのようなエンチャントであっても付与した人間の力量を最大まで生かします。この中では一番高価なものとなります。」
「マンティコアの骨とエッシュバルト、どちらが重いんですか?」
「エッシュバルトです。」
「二つのうちどちらがより珍しがられるでしょう?」
「エッシュバルトです。」
「では、マンティコアの骨で。」
私の言葉に興味深そうに頷くレナルド。ウィッチェルも笑顔を浮かべている。
「なるほど、ペンダントはどういたしましょうか。素材にはエイリウムを使うとして、ご要望のデザインがありましたら、こちらでもよりやりやすくなりますので。」
「どのようなデザインでも構いませんか?」
「もちろんです。」
「では、庶民が付けるような簡素な、そうですね、お花のような形にして、お花の真ん中の部分に触媒を、素朴なブローチのように入れて加工することは、出来るでしょうか。一見するだけでは魔法の触媒には見えないように。」
「暗殺者でも目指しているのにゃ?」
ウィッチェルのそのコメントが可笑しかったから、クスクスと笑ってしまう。
「笑うところだったのにゃ?」
「いいえ、ごめんなさい。自分が魔導士であるというのを見せびらかしたいわけではないだけなんです。」
「本当に面白い人間なのにゃ。」
「ウィッチェルさんも、面白い精霊さんだと思いますよ。」
「ん?そんなことをウィッチェルに言った人はお主が初めてにゃ。益々気に入ったにゃ。」
そんな気に入られても、別に私から彼女に与えることは一つもないんだけど。それとも。
「もしよろしければ、私とお友達になってくれませんか?この町に来てから一年も経ちますけど、仕事仲間以外に友達がいなくて。」
「にゃにゃ?人間なのに精霊と友達になりたいのにゃ?下心もないのにゃ。さすがのウィッチェルも予想外にゃ。」
「人間が精霊と友達になってはいけないという法律があるわけでもないのでしょう?」
「それもそうにゃ。これからよろしくにゃ。一つお願いがあるにゃ。ウィッチェルは三百年以上生きているけど、精霊の中ではまだまだ小娘にゃ。だから敬語はいらないにゃ。」
「わかった、ウィッチェル。ごめんなさい、レナルドさん。仕事の邪魔になってて。」
「お客様からそう言うことはお気になさらなくていいんですよ。」
それからのこと、短剣の長さとか、その剣の形状とか、グリップの形とか、細かいことを決めてから制作に入った。そしてウィッチェルからはペンダントと短剣のエンチャントに対しての内容を聞かれた。特に要望があったわけではなかったため、彼女のおすすめ通りにしてもらった。頑丈さを強化し、壊れても自動である程度は修復できるようにし、短剣の方は鋭さを強化し、軽く魔力を込めると力場を発生させ、振るっただけで飛んでくる物体や熱気、冷気までもを飛ばす機能を付与してもらった。そしてペンダントの方には足元に簡易的な力場を発生させ、飛び乗ってジャンプする機能が付いた。
「これはある意味魔剣にゃ。高くつくのにゃ。今夜はごちそうが食べそうだにゃ。」
ウィッチェルのその言葉に気になることがあったので聞いてみる。
「これくらいのエンチャントをした触媒武器は、どれくらいの価格で、どれくらいの人たちが使っていることになるの?」
「王都で小さな家くらいは建てるかもにゃ。性能は、見ればわかるにゃ。ただにゃ、これくらいのエンチャントをするとごっそり魔力が持っていかれるのにゃ。今ならウィッチェルを元の世界へ戻せるかもにゃ。」
「そんなことはしないよ。」
「わかってるにゃ。冗談にゃ。友達はこういうジョークを投げ合うものにゃ。」
それは少し偏った感じのする考え方だけど、嫌いじゃない。
「では、そうね。今なら私がまだ触媒も持ってないし、お師匠様からの魔法の訓練も受けていない。私を倒せるのは今のうちだよ。」
「お、やるのにゃ?じゃあくすぐってやるにゃ。くすぐり攻撃で倒してやるのにゃ。」
そしてめちゃくちゃくすぐられ、床を転げまわった。反撃しようとしたけど、すばしっこくて全く手が届かなかった。こんなことをしても作業台とは距離が離れていたので、ぶつかることはなかったんだけど、レナルドが私たちを生暖かい目というより、少し呆れた目で見ていて、少しだけいたたまれない気持ちになってしまった。
起き上がってから大人しく座って、作業の邪魔にならないよう、何も言わずに作業風景を見つめたり、そもそも何をしているのかがわからないので、窓の外を眺めたりしている間に時間は過ぎていく。
レナルドは、てっきり素材を削ったり打ったりするのかと思いきや、薄緑色に光る、スイカほどの大きさを持つ球体の中へと材料を入れて、パンネルを操作していた。二十分ほど経つとペンダントと短剣が完成。魔導士が使う触媒には名前を付けるの慣例らしく、それらに名前を付けた。ペンダントはブルーム・タリスマン。短剣はスピリット・ファング。
そして床から起き上がったウィッチェルも素早く作業に取り掛かって、青く光る玉を二つ完成させ、それぞれ短剣とペンダントの穴に嵌めて、先に決めておいたエンチャントを込める。仕事をしている彼女顔はとても真剣で、離れてい見ているのにも関わらず膨大な魔力を肌から感じ取れるほど。
それで完成したので工房の外へ出てお店の方へ戻ると、まだ客がちらほら。ビレムの姿は見えない。さすがに時間がかかったから、お店で待っているわけではなかったんだろう。ここに到着したのが午前十一時くらいで、今は午後の一時。結構時間がかかってしまった。ちなみにこの世界の時間は前世のそれとなぜか殆ど変わっていない。
お店のカウンターの近くにある椅子に座って、猫の姿に戻ったウィッチェルの背中を撫でながらこの町のことを聞いたりと軽く雑談をしていたら、三十分ほど経ったころにビレムがお店の扉を開いて顔をのぞかせて私に言葉を投げる。
「もう出来ただろう。いくぞ。」
腰に短剣、胸にはペンダント。まだ日常的に使われる魔法以外は使えないと言うのに、一人前の魔導士になった気さえしてくる。
「はい、お師匠様。」
「代金のことは商業ギルドに任せてある。領収書と請求はそっちへと送れ。」
「かしこまりました。」
レナルドは笑顔でビレムにそう答え、私の方へは手を振った。ビレムの後ろには笑みを浮かべているカリスト君が立っている。ウィッチェルも私の方へと猫の手を振った。
お店の外へ出て来た時と同じく車の運転席へ乗ると、後ろの席の上に十冊以上の分厚い本が綺麗な紐にくくられているのが見えた。トランクもあるのんだけど、ビレムがしっかりとそれらの本の隣に座ってつかんでる。カリスト君は同じく助手席に座って蒸気機関に熱を通している。
「読むものが思ったより多すぎて怖気づいたのではあるまいな?」
私は首を振る。毎日読めば一年あれば読み切ると思う。
「それより、本当に大丈夫なんですか?触媒に魔導書まで、買ってもらって。」
「師匠は弟子の面倒を見るものだ。君も弟子が出来たら同じことをしてあげればいい。そうやって続くものだ。」
趣のある言葉だった。私が真剣に頷いていると、ビレムから質問が飛んできた。
「それで、どんな触媒を買ったんだ?ほれ、見せてみろ。」
言われて腰に差している短剣と、ペンダントを見せた。
「もしかしたと思ったら、短剣なのか?」
刃渡りは大人の男性の二の腕ほどの長さで、柄の部分は私の掌より少しだけ長い。
「もしや、君は暗殺者にでもなりたいのか?」
冗談めかしに言うビレムの言葉に、カリスト君までびっくりとした顔でこっちを見ている。
「ただの趣味です。」
そう言うと、ビレムは軽く肩をすくめた。
「君がそう言うならそう言うことにしておこうか。」
案外あっさりと受け入れられたことに、少し拍子抜けする。
「感謝いたします、お師匠様。」
私はにっこりと笑って答えた。ビレムも柔らかな笑みを浮かべた。