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6話 魔法の触媒


 目的地のお店は、雑多な魔法用品を販売している大きな建物の一階。ビレムと共に中に入る。カリスト君は外で待機。


 お店の中は広々としていて、それなりの数の客が陳列棚の合間をゆったりとした速度で歩みながら一つ一つの商品へと気を向けていた。カウンター前の床にはふかふかそうな白い毛むくじゃらの絨毯が敷かれていて、大きな一匹の猫がそこに座っている。毛が長く青い瞳を持つ、ラベンダー色の猫で、一見普通に見えるけどサイズが少しおかしい。子供の背丈ほどの体長なのに、サーバルキャットみたいな一目でわかる独特な顔立ちはしていない。幻獣の一種かな。


 客たちが商品を手に取って何かの確認していることを見るに、別に触れても問題みたいだ。それなりに客の興味を引く商品で溢れている気はしている。例えば魔力を込めるだけで動くコマで、ルールはチェッカーみたいなボードゲームとか。寄宿学校でも使って良く対戦して遊んでいるので知っている。


 魔力を一度込めたら音を出し始める蓄音機もある。これも棚いっぱいに種類別に並んでいて、オルゴールみたいなものもあれば、中に柔軟さ素材を入れ、音を読み取ってそれを削り、削った部分に沿って音を流すと録音した音が再生される丸っこい形の録音再生機とかもあった。前の私が住んでいた家にもそれがあって、色んな音楽を聴いたものだ。


 隣の棚を見ると、コップ一杯くらいの水を入れて、沸騰の魔法で動かす様々な形の小さなブラス製の蒸気機関が並んでいた。様々な機械に繋げて組み立てれば、色んなことが出来そうである。


 その横にある棚には色んな形の照明器具が並んでいて、真ん中に見える丸い部分に魔力を通すと光る。試しにチューリップみたいな形の照明器具にそれをやってみるとお花に当たる部分がピンク色に光った。肩の幅が広く背の高い男性客の一人が私を真似て隣にある照明器具を光らせて、私がまた隣の照明器具を光らせて、それですべての照明器具が色とりどりに光ると、彼は私を見て肩をすくめて見せる。私がニコッと笑うと、彼は変顔をした。ぷっと噴き出すとビレムが怪訝そうな顔でこちらを見て、手を一回振ったらすべての照明器具がオフになった。その客はビレムを見てぎょっとしてからそそくさと隣の棚へとフェイドアウトした。


 ビレムを見ると私に軽く肩をすくめて見せる。私は視線を逸らした。


 逸らした視線の先にある壁際にはガラスで守られている陳列棚には用途のわからない、様々な形のオブジェが並んでいた。どういう用途で使われるのかなんてわからないのが殆どだけど、わかりやすいのだと、義手や義眼、錬金術に使う増幅器、小さな錬金台。錬金術で使うものは学校でも一応簡単なものなら並んでいて、夏に体を冷やす薬とか、聴力を回復する薬とか、暗闇にも物が見える薬とか、淡い香りのする香水とか。おしゃれが好きな子は錬金術を頑張って学んで、ガラスの小瓶に入れていつもつけていたことを覚えている。


 用途のわからないものは本当に何に使うのかまるで想像が付かない。例えばこの金属でできた細い蜘蛛みたいな形をしている、手のひらサイズの魔道具とか。見た目が奇妙だったため、じっと見ているとビレムが横からそれを覗いて言われる。


 「それが気に入ったのか?手の甲に付けるのだ。肌に食い込み、流れる血を魔力に変換して威力を増幅するものだ。普段から魔力を鍛えることのしない人間が非常時に使うものだが。使ってみたいのか?結構痛いぞ。」

 「血で魔力を増幅することって可能なんですか?」

 ビレムは顎を人差し指でさすってから答える。

 「自分の血液じゃないと出来ないがな。普段から血を抜いては集めて結晶に加工し、それをいくつも持って危険な場所に出向く人間もいるにはいる。非常用の触媒というわけだ。儂からしたら、普段から魔法を使うことをしなかった怠け者のための物だがな。」

 「手厳しい言葉、痛み入ります。」


 そう言ったのはカウンターの向こう側に座っていたけど、いつの間にか近づいてきたんだろう、三十代半ばほどの袖がぶかぶかな黒いローブを着ている胡散臭さそうな印象の男性だった。ローブは目の上まですっぽり覆っていて、目の色も見えない。多分店主。長い黒い前髪が顔の半分を隠していて、薄い笑みを顔に張り付けている。見た目の印象とは違い、良くとおる優し気な声をしていて、性格も商売に向いているように思えた。彼は私を見て、ビレムを見て、また私を見てからビレムへと最終的に視線を落ち着かせる。


 「怠け者にはそれくらいの痛みが適切な薬というわけだ。」

 「誰でも毎日魔法を使って魔力を増やせる環境にいるわけではありませんから。それにしても、お久しぶりにございます。ようこそお越しくださいました、ヴァンダイン様。今日は何をお探しに?そちらのお嬢様は?」


 店主は私の方を礼儀正しく手で指して聞く。


 「新たに弟子が出来た。必要なものを見繕ってやってくれるか。値段は問わない。」

 「それはそれは。バルデン様以来じゃありませんか。弟子は二度と取らないという話を前になさったことを、未だにはっきりと覚えております。」

 店主は値段を問わないという言葉に特に反応することなく、そんな個人的な話を聞き出す。やはり胡散臭い。なんでこのお店を選んだんだろう?


 「ああ、そうだ。まさか儂が性懲りもなく四人目の弟子を二十年ぶりに取ることになるとはな。人生の先は想定するだけ無駄というものだ。何がどうなるかわかったものじゃない。」

 「その通りにございます。運命は狙わずとも交差するもの。“記憶は時間に縛られず、瞬間は永遠なり”。さて、お嬢様。あちらで直接お嬢様に合わせたものを作れる場所がありますので、そこで相談に乗りましょう。ヴァンダイン様はいらっしゃらなくてもよろしいので?」

 “記憶は時間に縛られず、瞬間は永遠なり”、これはエルドレッサに伝わることわざの一つで、ある戯曲での語られたセリフである。確か全文はこうだったはず。


 “世界は覚えるであろう。我々のやってきたことは、刻まれるであろう。別れを惜しむことがあろうか。記憶は時間に縛られず、瞬間は永遠なり。”

 「儂がいたら邪魔になるだろう。お前さんの腕は信頼している。」

 ビレムは笑顔で肩をすくめた。

 「ありがたき幸せ。」

 「そう畏まらなくていい。それより、彼女の要望には出来るだけ答えるようにしてくれるか?彼女にとっては初めての魔法の触媒となる。最高の物を用意してくれ。値段は問わない。」

 そんなこと言ってもいいんだろうか。値段は問わないなんて。

 「ご期待に沿えるよう、尽力いたしましょう。ヴァンダイン様から何か別のご要望がありましたら、お聞きしたく存じますが。」

 「そうだな、アヴェリーナ、極めて目立ったものや、長すぎる杖などは触媒にしない方がいい。」

 そう私の顔を見て言うビレム。

 「なぜでしょう?」

 ビレムが言ったようなものを触媒にするつもりはないけど、一応聞いてみる。

 「単純にかさばるからだよ。授業で使うものだからな。一つくらいは身に着けられるものにして、もう一つは好きにすればいい。」

 そもそも魔法の触媒とは何ぞやという疑問は一旦置いておくべきなのだろう。店主に聞いたら答えてくれそうな気はする。

 「わかりました。」

 私の返事を聞いたビレムは頷いてから店の外へ行った。

 「あの、お師匠様はどちらに?」

 「必要なものを揃わないとな。本は君が見たところでわからないだろう?」

 何だろう、魔導士の弟子になるとこうやって至れり尽くせりなんだろうか。

 

 「では、お嬢様。こちらへ。」

 そう店主に言われたので頷いてついていく。カウンターの隣にある赤いカーテンの向こう側へと。魔力測定や適性判別などのことをされるのではという不安が半分、自分で商品を選べるという期待が半分。ちなみに魔力測定なんてことはされたこともなければそう言うのがあるのかどうかもわからない。ファンタジー小説のようなことを考えてはいるけど、実際はどうなんだろう。


 それで中に入ったのは工房だった。様々な器具が置かれている。器具は使い込まれている感じはしたけど汚れは見当たらず、綺麗に整頓もされている。


 「さて、お嬢様。自己紹介が遅れました。レナルド・ヴァンセル・ドノヴァンと申します。お好きなように呼んでください。」

 そうレナルドは恭しく私に頭を下げながらそう言って、私をふかふかな椅子に座ることを手で示し、彼は作業台の前に立って、向かい合った。

 「では、レナルド様と。私はアヴェリーナ・ランベルティーと申します。私のことも名前で呼んでください。同じ苗字の人って多いですから。それと、平民ですので、畏まる必要はありません。」

 苗字がちょっと発音しづらいので名前で呼ぶことに。

 「そうだったんですか。ですが当店の方針にございます。魔導士見習いはいつか魔導士様になるでしょう。その時になってもぜひ我々のお店をごひいき頂きたく。」

 「そう言うのは言わなくてもいいものなのにゃ。」

 カーテンの下からぴょこりと顔を出した猫がそう言う。可愛らしい少女の声で。やはり使い魔だったか。

 「アヴェリーナ様はとてもお若いでいらっしゃる。これから何十年も魔導士として様々なものを購入するでしょう。そんな大事なお客様にお店の宣伝をするのも、店主としての役目です。違いますか?それと、彼女はウィッチェル。私の助手です。」

 すると彼女は一瞬で人に、灰色の髪を持つ私と同じく年齢くらいの、頭に猫耳が生えた少女の姿へと変身して私の方へと歩いて来る。オレンジ色の縦に長い瞳孔を持つ大きな切れ長の目とシャープな顔立ちが愛くるしい。彼女は灰色のタンクトップと短パン姿で、細くて健康的な体型をしていた。使い魔が人に変身も出来るなんて知らなかった。学校の魔法学の授業で習っていたことを思い出していると私の顔を様々な角度から観察した。私はされるがままだ。何か思う事でもあるのだろうか。

 「この子、かなりの魔法の才能があるにゃ。体に変な術式も刻まれてないのにゃ。あのヴァンダインが弟子にするのも納得にゃ。」

 あのヴァンダインって、ビレムはどのような人間なのか、結構気になってはいる。性格は経験則である程度把握できるとしても、彼がどのような人生を歩んできたのかに関しては何もわからない状態。それでも弟子になると決めたのは、記憶が戻った瞬間一番近くにいて、私から代価を提供出来たから。ただ彼に対してある程度の信頼はある。まともな判断力がある人間で、利益だけを求める俗物ではないのをわかっているからだ。そう言う人間じゃなかったら、彼に嘘をつくことを選んだはず。

 ただ彼も私から魔法の才能というのを感じたのかも知れない、ウィッチェルの言葉が正しいのならだけど。そもそもそれが何なのかさっぱりわからない状態ではあるけれど。

 「様を付けてください、ウィッチェル。」

 「精霊からしたら人間の階級なんてどうでもいいものなのにゃ。」

 使い魔じゃなく精霊なんだ。魔法学の時間で学んだ精霊というのは、この世界と別の次元からの来訪者で、使い魔は主人が幻獣に血と魔力を与えて契約をして使わすもの。独自の感受性を持っていて、関係を結ぶのはとても難しいと読んだ覚えがあるけど、実際はどうなんだろう。

 それよりちょっと気になることが一つ。

 「あの、お店の方は誰も見ていなくてもいいんですか?」

 「ご心配なく。商品を以ってドアを超えると当人がお金を自動で転送する魔法が店全体に組み込まれているので、無人でも問題ありません。今はアヴェリーナ様が一番大事なお客様でございます。」

 多分、新米の魔導士に必要なものの金額は想像を絶するものなのだ。だから私の方へと。それにしても無人のコンビニみたいなシステムになってるなんて、この世界の文明レベルって結構高いものなのかもしれない。歴史も人類のそれよりずっと長いし。最初の国が出来てから何十万年以上過ぎていると、歴史書では書かれてある。

 科学技術の発展がなくとも、それくらいの年月を魔法という技術と共に発展していたのなら、高度な魔法文明になるのもおかしくないという事なのかな。それともこのお店ならではのものだったりして。

 「これから魔導士になる人間がこういうのを聞くのはちょっとおかしいかも知れませんが、お師匠様からは何も聞いておりません。何が必要になるんですか?」

 「魔法を使うためには触媒が必要になります。一つの触媒でも魔法を駆使するのは問題ありませんが、二つの触媒を使いのが一般的ですね。一つは身に着けて、もう一つは手に持ちます。広く使われる組み合わせは手袋と杖となります。もっと詳しい説明がお聞きたいんでしたらウィッチェルに聞いてみてください。理論的な説明は彼女の方がうまく出来ますので。」

 「わかりました。ウィッチェルさん?何も持ってない状態でも日常的に簡単な魔法は使っているんですけど、触媒が二つも必要になる理由ってなんですか。」

 「魔法の原理は知っているのにゃ?」

 ウィッチェルが椅子に逆向きで座りながら言う。背もたれに腕を載せて、私とニコニコしながら視線を合わせている。もしかして気に入られたんだろうか。思い当たることは一つもないんだけど。

 「はい、魔法陣を思い出しながら魔力を込めると発動しますよね。」

 「まだ師匠に教えてもらってないのにゃ?魔導士が使う魔法はそんなものじゃないにゃ。」

 ウィッチェルが続きを話そうとすると、レナルドはウィッチェルを手で制した。

 「ウィッチェル、少し待ってください。おかしいですね。ヴァンダイン様が初歩的なミスを犯したわけではないと思いますが。ウィッチェル、あなたはどう思いますか?」

 するとウィッチェルはどういうわけがニヤリと笑みを浮かべた。

 「ヴァンダインはウィッチェルたちを利用するつもりにゃ。まだ何も知らない弟子に、ただで魔法の仕組みを教えるよう、命令しているのにゃ。」

 「それは少し被害妄想な気がしますが。」

 ウィッチェルは得意げな顔をレナルドに向けた。

 「ウィッチェルたちを下に見ているのとは違うにゃ。暗にそれくらいの金額を請求してもいいと言っているようなものにゃ。わからないかにゃ?家一つが建てられるくらいの値段のする最高級の触媒を造っても問題ないという事にゃ。だからウィッチェルたちからの講座もついでに受けさせるのにゃ。」

 触媒の値段がそこまで高いとは思わなかった。せいぜい車一台くらいかと。売ったら寄宿学校に戻ることも出来そうである。もちろん売るつもりはない。どこで売ればいいのかもわからないし、売って夜逃げしたところで、捕まるのも目に見えるし、そもそも弟子になりたいと言い出したのは私で、魔導士になるのは夢だったし。ビレム自身が気にしてないなら、私も気にしないでおこう。実際にそう聞いたわけじゃないけど、ウィッチェルの話は理にかなっていたから、多分それであってる気がする。

 「一理ありますね。ではウィッチェル、お客様に説明をお願いできますか?」

 ウィッチェルはそれを聞いて面倒そうに肩をすくめた。

 「お主が説明するにゃ。」

 やれやれと首を振るも、ちゃんと説明をするつもりなのか、私を向いて人差し指をピンと立てるレナルド。

 「では、簡単な説明を。魔法陣を使うのは一般人が普通に使う魔法で、それには触媒を必要としません。触媒は幾分か魔力を増幅する機能がありますが、一般人が使う普通の魔法はそこまでの魔力を必要としません。しかし魔導士が使う魔法は術式を自分で組み立てる必要があります。それを毎回毎回組み立てるのは簡単ではない。なので、術式を毎回自分で組み立てなくてもいいよう、魔法が使える補助具の力を借りるんですよ。それが触媒です。」

 そう言われても、魔法を術式で使うという言葉の意味かがわからないので首を傾げていると、ウィッチェルが補足説明をしてくれた。

 「簡単な魔法は術式を想起して使えるのにゃ。でも複雑な魔法はそうはいかないのにゃ。一つ一つの魔法を繋げてみると、より多くの現象を作り出せるのにゃ。」

 つまり、一般的に使ってる魔法陣を使う魔法は実は術式を使う魔法で、それを複数に重ねて繋げられたら、複雑な事象を引き起こせる。多分これであってる気がする。それ以上に何かがある気もするけど。

 「えっと、触媒があると、複数の術式を連結して、複雑なことが出来るようになる。これであってます?」

 ウィッチェルはうんうんと頷いた。

 「集中しても組み立てるのに時間がかかるのにゃ。触媒には三つの機能があるのにゃ。」指を三本立てるウィッチェル。「一つは知らない術式を登録して魔力を通すだけで発動させることも出来るにゃ。もう一つはエンチャントを補助することにゃ。けれどにゃ、この二つはあくまで付属的な機能に過ぎないのにゃ。一番大事な機能は術式の計算を肩代わりしてくれることにゃ。触媒なしで複雑な術式を組もうとしたら、人間の頭はこんがらがっちゃうにゃ。」

 ウィッチェルの言葉に私はなるほどと頷く。

 「じゃあ、複雑な術式は触媒なしでは使えないんですか?」

 「使えるにゃ。けどそうなるまで相当な訓練が必要になるにゃ。そうやって慣れてしまっても、触媒があるとなしでは威力や規模に差が出るにゃ。比べ物にならない程ににゃ。だから魔導士にとっての触媒は、この丸い形からして男にとっての…」

 「ウィッチェル?」

 ウィッチェルが続きを話す前にレナルドがそう声に圧力を載せて遮った。大体言いたいことは伝わったので、別に聞かなくてもわかるけど。ウィッチェルはそっぽを向いて耳がぴょこぴょこしている。それをつい視線で追ってしまった。

 「なんで二つの触媒を持つのが一般的なんですか?」

 今度はレナルドに向けて質問をしてみる。

 「計算の肩代わりと言いますが、実際に触媒が計算してくれるわけではありません。触媒は魔力を通す道を調整し、それを固定する役割をしてくれます。そうやって調整された道を通すことで、術式を思い浮かばなくても魔法は発現します。これを見ればわかるかと。」

 レナルドはそう言って、ビー玉サイズほどの透明な玉を作業台の隣にあるキャビネットの中から取り出し、私の手に載せた。

 「この玉に魔力を込めてみてください。」

 言われた通りに魔力を込める。毎日やってるのでこれくらいは簡単だ。すると玉の中に入り込んだ魔力がどのように回っているのかがわかる。


 中に細かい回路が組まれてあって、それを通りながら幾何学模様を描いている。フィードバックが戻ってきて、この幾何学模様にもパターンがあり、そのパターンを任意で変えられるのがわかる。そしてこのパターンは術式を補助出来るものだ。


 「これは、組んだ術式に合わせて中にある魔力パターンを変えられるように出来ていますね。パターンを変えると術式も変わる、術式が変わるとパターンが反応する。術式の演算を進める度にパターンが反応する。これは逆に言うと、パターンが進むのを記憶するだけで複雑な演算を進ませるということにもなる。これであってますか?二つの触媒が一般的な理由は、その進むパターンを二つに増やせるからですか?三つ以上にならないのは、単に多くなりすぎると煩わしいから?」

 「なるほど、さすがヴァンダイン様のお弟子さんと言ったところでしょうか。」

 感心したようにレナルドがそう呟くと、ウィッチェルがまた私たちの会話にまた入り込んだ。

 「その魔力パターンが変化する流れを、触媒の中に染み込むように調整するのが、ウィッチェルたちの仕事にゃ。触媒は“自発的”に魔法の術式を取り込み、そのパターンを生成して、使用者に覚えやすくする機能が付いているにゃ。術式そのものではなく、触媒が蓄積した魔力のパターンを再現するだけでいいにゃ。触媒の形があまり重要じゃないのはそのためにゃ。中に玉さえ入っていればいいのにゃ。杖でも、ワンドでも、手袋でもいいにゃ。面白味がないがにゃ。杖にするのかにゃ?長いし、忘れることがないにゃ。持っているだけで魔導士と自己主張も出来ちゃうにゃ。杖を二本も持つとかは有り得ないけど、そうしてみるにゃ?」

 杖を二本両手に持って魔法を使う姿を想像してみる。交差させて使ったり、片手で二本を持って使ったり、スキーストックみたいに地面につけて使ったり。可笑しくてクスクスと笑うと、ウィッチェルが私の顔を覗き込む。

 「本当に二つとも杖にするのにゃ?」

 「お師匠様は杖を持ってないんですよね。」

 私の指摘にレナルドが答える。

 「ヴァンダイン様は指輪と手袋を使っています。ですがヴァンダイン様は魔導士としての格が違う。指輪に嵌められるほどの小さな触媒であっても問題ないのは、ヴァンダイン様の技量あってのことです。ですが、アヴェリーナ様にはもっと大きな触媒が必要となるでしょう。」

 「サイズからしてどれくらいになればいいんですか?」

 「見習い魔導士は赤子の拳ほどの大きさを持つ触媒を使うのが普通であると、我々の業界では言われています。」

 その業界と言うのは魔道具職人とか、そう言うのを言ってるんだろうか。

 「それより小さいのはだめですか?」

 「そうですね、アヴェリーナ様ならそれよりは幾分か小さくても問題ないようにお見受けしますが、ウィッチェル、あなたから見た彼女は、どれくらいの大きさな触媒を使っても大丈夫だと思いますか?」

 「人の目玉くらいの大きさで十分にゃ。彼女にはそれほどの才能があるのにゃ。」

 「あの、さっきから私に才能があると言っていますけど、私の何を見てそう思ったんですか?」

 「魔導士に一番大事なのはなんだと思うにゃ?」

 そう質問に質問で返されるけど、魔法のことは本当に基本的なことしか知らない。

 「集中力とか?」

 「慣れれば集中は自然と出来るものなのにゃ。もっと別のことにゃ。」

 「自制心?」

 「ちょっと違うにゃ。答えがわからないにゃ?ウィッチェルが教えてあげるにゃ?」

 「いいえ、一つだけ、思い当たることがあります。」

 「言ってみるにゃ。」

 「動じない平常心、ではないでしょうか。」

 「半分正解にゃ。精霊を見て動じなかったにゃ。心が動くと術式に乱れが出るのにゃ。人はにゃ、己が持つ願いに振り回されるものにゃ。お主にはそう言う願いに振り回されない、静かな湖のようだにゃ。動じない心は簡単に手に入れられるものじゃないにゃ。普通は集中し続けて、それ以外は目に入らなくなるにゃ。それが一般的な魔導士にゃ。けどそれだけでは広い視野なんて持てないのにゃ。広い視野を持たないと、周りで何が起こるかわからないにゃ。だから魔導士は精神を鍛えるものにゃ。なのにお主はそれを最初からそれを持っているにゃ。精神性が違うってことにゃ。物事の流れを把握しているのにゃ。それが自分に害になるかどうかを冷静に見極める目があるのにゃ。思い当たることがあるんじゃないかにゃ?」

 そう言われて悪い気はしない。ただ、少し買いかぶりな気もする。私は、この世界のことにそこまで詳しいわけではない。だから自分の目で色んな物事を見て、それらがどのように成り立っているのかを確かめないといけない。それ以外にも色んなものを欲しがっている。願いに振り回された結果、魔導士の弟子になることが出来たと言うのに、ウィッチェルは見当外れな気がしてならない。

 「それって私の目を見ただけでわかるものなんですか?」

 「精霊だからにゃ。」

 なるほど、これが精霊が持つ独自の感受性というわけだ。いや、何もわからないけど。彼女が嘘をついて騙しているようには見えなかったから。客をよいしょしたところで私がずっと高い物を買うというわけでもないんだし。

 「あの、もう一質問していいですか?」

 「何でも聞くのにゃ。」

 「語尾ににゃを付けるのは何でですか?」

 「そうしないと面白くないからにゃ。気持ちの問題にゃ。」

 ちゃんと答えてくれた。

 「失礼かも知れませんけど、気持ちの問題というのは、そう言う気持ちだからってことですよね。そう言う気持ちってどういう気持ちなんでしょう。ごめんなさい、失礼な質問でしたら無視してくださっても…」

 ウィッチェルではなくレナルドがそれに答えてくれる。

 「精霊は永遠を生きる存在です。アヴェリーナ様は永遠を退屈せずに過ごすためにはどうすればいいと思いますか?」

 「些細なところを変える、とかでしょうか。」

 レナルドは笑顔で頷いた。ウィッチェルを見ると肩をすくめている。どうやらその説明であっていたようである。まさに気持ちの問題だったわけだ。


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