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1話 プロローグ

 十三歳になって間もないころだった。私は自分の方から親に頼んで売られることになった。ヴロベールという町にある、お貴族様の屋敷。メイドとして雇われる形ではあるけど、前金を貰って、賃金は出ない住み込みの生活。

 私の家はそれまで王都ハルシュテルにて五十年の短いのか長いのかよくわからない歴史を持つ商会を経営していた。そのせいでそれなりに高い水準での生活が出来て、私を含め家族の皆はそれなりの贅沢を楽しんでいた。屋上にある小さな庭園と、庭園と繋がったバルコニーから街の景色を眺める。街の喧騒からは遠ざかっているのに、視界には遠くまでちゃんと映っていた。

 滑らかな傾斜の上に一直線に建てられた建物たち。建築様式はある程度は統一されているけど、個性は残している。所々に目立つ独特な構造を持つ建物はアクセントを加えいている。緑も豊かで、魔力を込めると光る葉っぱを持つ街路樹が並ぶ道は夜景を美しく彩っていた。

 うすぼんやりと周りを照らす白い街路灯、オレンジ色の光を放つ窓。透明な屋根が反射する光。

 小さい建物でも四階以上で、高いだけじゃなく広い。

 だから一つの建物にたくさんの窓が付いてる。私たち家族は忙しくとも、月に一回は必ずそんな夜景を見ながらバルコニーの上でディナーを楽しんだ。

 入り組んでいるけどちゃんと秩序のある町。そんな町から離れるなんて、私にとっても私の周りの人間にとってもそれなりに大きな決断だったんだと思う。

 全ての始まりは私のお爺ちゃん、商会の経営者である父方の祖父の病だった。

 病院へ行って治癒術師から診断を受けた結果、癌であることが判明。肺に大きな腫瘍が出来てて、切開して摘出する施術を受けた。それを一回、二回、三回。何回も何回も。もはや治すことは不可能。もうやってられないと、祖父は治療を受けないことを選んだ。

 お爺ちゃんは何てことのないように言った。“こいつは自分を死なせるために躍起になっている。可愛らしいじゃないか。”

 お爺ちゃん、腫瘍に人格とかないから。

 それからのこと、お爺ちゃんは思い残すことがないようにと、湯水のようにそれまで溜まっていたお金を使った。それでも家計が苦しくないように、線引きはしていたみたいだけど。誰も彼を止めようとしなかった。毎日豪華なものばかり食べていたせいで、私たち家族の食事も前よりずと豪華なものになっていた。高いお酒もたくさん飲んだ。パーティもたくさん開いた。魔導士まで呼んで、郊外にある公園で打ち上げ花火までした。劇場を貸し切りにしようともしたけど、それは他の客に悪いと私の母に説得されて断念。

 そしてお爺ちゃんは、最期の手術から三か月後に亡くなった。死期が近くなったお爺ちゃんは、ベッドに寝こんで、精神も保つことも出来なかった。そうやって人の終わりを目の当たりにしても、私の心はまるで動物の寝静まった森のようで、月明かりだけが生い茂る枝を潜り抜けて暗い土の上をぼんやりと照らしていた。お爺ちゃんにはそれなりに可愛がられている。それなのに何も思うことが出来ない。そんな自分がいびつに思えてならなかった。

 葬式の時は母が泣いている父を慰めるのをぼんやりと見ていた。ここで問題。私の父は、それなりに頭は回っている方だ。新聞を読んで、物事を理解して、先読みするのが得意だった。成功したのは一度や二度じゃない。それがどうしたものか。自分の父が亡くなったせいだろうか。母の同意も得ず、商会が貯めていたお金の半分ほどを使ったという。

 後戻りできないほどの金額だった。商会には二十人の従業員がいて、仕入れに当然それなりの金額が動いて、生活費がかかって、私たちの養育費も馬鹿にならない。中でも姉と私が通う学校の学費は一般庶民の収入に匹敵していた。二人合わせてではなく、一人当たりそれくらいの学費がかかる。

 だから祖父のことをただ無責任だとは言えないかも知れない。いくら将来のためだと言えど、たかが一代で築き上げた財産に頼って、そのような贅沢な生活を選ぶなんて。私たちが通っていた他の金持ちの子供たちは、それこそ何十代前から着々と誠実に富を繋げてきた家の出身なのも珍しくなかった。それを鼻にかけることもせず穏やかに人と融和し、貴族と見まごうほどの気品を兼ね備えていた。それに比べ、我が家の浅はかさは如何なるものかと。


 私たち家族が祖父の破天荒な浪費を傍観するしかなかったのも、代を重ねて繋げた家の伝統がなかったから。それに、家族全員でそうやって連日続く非日常を楽しんでもいたのだ。特に毎日のご馳走や、劇場巡りは一家の大事な思い出となった。祖父はそうやって自分の存在を私たち家族へとしっかりと、思い出という形でし刻みつけた。

 商会を立ち上げてここまで引っ張ってきたのも祖父の夢と努力あってのもの。祖父は今までずっと忙しかったんだから、死ぬ前にそれくらいの楽しみはいいのではないかと。ブレーキをかけられない暴走。

 しかしそのすべてが過ぎて、残された人たちはどうにかやり繰りしないといけないわけで。打開策として、父は一つの品を大量に仕入れた。珊瑚の結晶という、死んだ珊瑚の上に咲く、白い枝で出来た、たくさんの突起が付いた小さな木のようなもの。物を大量にエンチャントする時に使われる素材で、浅瀬の海から取れる。海は一般人が立ち入るには危険なため、それなりに値段の高い物だった。

 それから数か月後のこと。そうやって仕入れた珊瑚の結晶の価格が大暴落してしまった。原因はカニ。カニたちの習性が急に何の前触れもなく変わったのだ。まるで誰かがそう意図的に仕組んだかのように。カニたちは珊瑚の結晶を背負って陸に上がって、求愛の踊りをするようになったんだと。父が珊瑚の結晶を仕入れたのは、近ごろ戦争が起きると踏んでいたから。戦争が起きると軍需品の需要も上がる。エンチャントした物品もそれの一つ。しかし戦争は起きず、カニは踊った。父は踊るカニを撮った新聞の記事を憎々し気ににらんでいた。悔しいからと、カニを大量に買ってきた父。たくさんのカニを大きな鍋でまとめて蒸して、溶かしたバターに付けて食べた。絶え間なく食べてしまった。誰も何も話さない。最初は足の両端をハサミで切って、中身を長い専用のカニ肉を取る長い道具を使っていた。それがいつの間にか嚙み潰して、すっと吸うように変わった。皆夢中になっていた。初めて食べたわけでもないのに、止められない恐ろしいカニの魔力。

 今まで祖父が使いきれず残した資産の三分の二程が蒸発したらしいので、言わばそれくらいの価値のカニだったとも言える。世界で一番高価なカニ。カニに負けて失敗したことのある人間と、その人の家族だけが夢中で味わえる何事にも代えられない貴重なカニ。

 お腹がすくとなんでも美味しくなるように、私たち家族の状況が思い出の味を足してくれたのである。

 しかしそんなカニを食べてからは現実と向き合わないといけない。世界で一番高いカニを食べてからには、そのカニの値段分の仕事をしなければならない。

 そして私の親は悩んだ。残り半分を担保に融資をするか、それとも商会を畳むか。散々悩んで話し合った結果、畳むことに。従業員たちの退職金を支払って、他にも仕入れたものは全部処分して、中心部から離れた通りに小さな喫茶店を開いた。大通りに面してはないけど、赤字にまではなってないけど、ぎりぎりの生活をするように。

 本で読んだ話だけど、海に住んでいる甲殻類はいずれ殆どみんなカニになるらしい。皆カニになると、皆の性格が変わってしまうこともあり得る。海はとてつもなく広い。無限に広い。無限で青い、無限の海。そんな海の中なんだから、どれだけの数のカニが住んでいるのか、想像も出来ない。そんなカニたちが気まぐれにそうなってもおかしくはない。なんて、ちょっと馬鹿げてる話だけど、それが私たちの現実だった。

 そんな面妖な現実を、私は部屋にあるベッドの逆立ちをした状態で、夜になると毎日行われる親の口論を聞きながら不思議がっていた。

 私にとっては夏休み。週末だけじゃなく、毎日家で生活をしている。朝から昼までは喫茶店の手伝い、午後からは犬の散歩を代理にするバイト。女王様が猫が好きなため、ハルシュテルの人たちはほぼ猫派で、王都には猫がとにかく多い。それでも犬を飼っている人はそれなりにいる。忙しい人のためにお散歩をする仕事は、商業ギルドでの斡旋(あっせん)を受けた。親からのお小遣いをもう貰えなくなったから。小説を買うにもお金が必要で、劇場へ行くにもお金が必要だった。


 姉のアグニアは卒業するためのテスト勉強に忙しく、寄宿学校の寮に残っていた。兄たちはもう二人とも家から出て仕事を見つけ、一緒には住んでない。だから今家にいるのは私と親の三人。喫茶店は朝早く開いて、夕食の時間まで続く。父と母は商会の経営をしていたころよりずっと生き生きとしていた。笑顔も増えて、私との会話時間も増えて。やはりお金持ちとして生活するのに、我が家は何もかも足りていなかったわけだ。

 蓄積された年月もない状態で、祖父の才能だけを頼りに大きく育った商会。カニを変化へ導いた世界は私たち家族にもそうやって、私たちの家族も導いてくれた。そんな壮大なスケールで世界は動いているのに、このように小さなことにまで気を配っている。

 狭いながら人間味を感じる家は、前の家より互いの距離がずっと近かった。前みたいに何階もあるわけじゃないから。今の家は二階。二階に私の部屋があって、階段のすぐ隣。そして私の部屋からはリビングのソファーに座ってる二人の声はちゃんと聞こえていた。部屋のドアも半分ほど開けていたから。一体毎日何をそうやって二人で話しているのかと。最初は読書に耽っていてそこまで気にもならなかったんだけど、読書をせず部屋で運動をしていた日にそれが変わった。二人の会話は嫌でも耳に入る。すると意外と興味深かった。大人の二人が物事を語り合うのは、小説や演劇と違った新鮮さがあったのだ。自分の親の会話を娯楽扱いする私の神経は随分と図太いのかも知れない。

 そしてその日も毎日のような会話が続いていた。

 「アグニアはどうするの?後少しで卒業なのよ?」

 母の声は少しの苛立ちと焦りがこもっていた。二人は姉を学費の殆どかからない公立学校に転校させるか、それとも私を公立学校へ転校させるかを話していた。父は姉の方を転校させようと言って、母もそれに消極的に同意を示したけど、まだ完全には納得していないと言ったところ。

 「リーナはまだ子供だからさ、環境の変化をより不安を感じるはずだよ。」

 父はそう淡々と主張を補完した。そしてリーナは私の名前ではない。私の名前はアヴェリーナ。だけど近しい人は皆私をリーナと呼ぶ。最初からリーナにすれば良かったのではないかと、前に親に聞いてみた。すると母はこう答えた。アヴェリーナはお花の名前で、リーナはどこにでもある庶民の名前であると。白くて細い花弁がたくさん重なっている、お花で、母の一番好きなお花らしい。にしては図鑑でしか見たことがない。花言葉は夢見る乙女。しかし当の母親さえも私のことをリーナと呼んでいるのはいかに。もう慣れたけど。意味なんてそこまで重要じゃない。機能さえすればそれでいい。

 父は私が不安を感じると言ったけど、私はこのようにそんな繊細な性格はしていない。それを言うべきなんだろうか。私は逆立ちをしたまま、話の続きに耳を傾けた。

 「二人のうちに誰かを選ばないといけない、わかってはいるんだけど。当事者なしで進ませていいものなの?」

 「誰かが決めないといけない。それに、アグニアから聞いたところで結果は変わらないと思う。自分の方が妹のために何かをするべきと思っているはず。彼女からは何回も聞いている。」

 母は軽くため息をついた。

 「姉妹同士で仲がいいと見ていいのかどうか。」

 「それと、今更だけど、公立学校へ通うだけではリーナちゃんの三年分の学費は賄えない。だからアグニアは公立学校へ行かせるのではなく、貴族の家へメイドとして出す。」

 父の言葉に母はしばし言葉の意味を噛みしめ、それから怒気を含めて父に確認した。

 「今、何て言ったの?アグニアをメイドとして出すんですって?」

 「公立学校へ行かせたところで、私たちの今の収入ではエーヴェル女学院の学費は賄えない。リーナを卒業させるには、アグニアを貴族の家でメイドとして働かせるしかない。」

 すると母は声を荒げた。

 「卒業を一年しか残してない子供をメイドに出す?正気で言ってるの?」

 「僕は正気だよ。ちゃんと調べてある。君も聞いたことがあるだろう?引退した宮廷魔導士の話。伯爵で、大金持ちで、性格も人柄もいい。」

 母は少し考えていたんだろうか、少ししてから返事をした。

 「確か、そのお方って、ヴロベールに住んでいるんだよね。」

 「ああ、ヴロベール。いい街だよ。アグニアもきっと気に入るはず。」

 父の声は明瞭だけどトーンが一定で、なるべく母を刺激しようとしていた。

 「あのね、アヴァイン。卒業を間地かにしている私たちの娘を、妹のためだからと犠牲にするのは、親としてどうなの?」

 アヴァインは父の名前で、子供の前では滅多にそう呼ばない。


 「リヴェット、僕も自分がしくじってこんなことになったことはちゃんと自覚している。君にも申し訳ないと思っている。君が望むなら離婚だって辞さない。だが君は僕のことを愛している。僕も君のことを愛している。僕たちの気持ちがこうやって僕たちをまだ結びついているからこそ僕たちは現実的にならなければならない。親としてどうなのか、確かにどうかしている。だけどもう起きたものは仕方がない。誰かが何かを決めないといけない時は必ず来る。今がその時で、僕たちが決めるべきだ。親だからこそ後で自分の人生がなぜこんなことになってしまったのかと、怒りを抱いた時にその対象になってあげられる。」

 父はそう一つ一つ整理した。しかし母からは乾いた笑いが漏れた。

 「あなたって、いつもそうやってのらりくらりと、変な理屈を造ってその場を乗り越えようとしてて。アヴァインは私が感情的になっていると思ってる?だから説得しなきゃって、そんなこと考えてる?」

 「君は人としての正しさが何かを考えている。それはとても素敵なことで、そんな君と結婚している僕は幸せだ。この幸せが色褪せないうちに決めよう。」

 少しの間沈黙と、口づけの音。

 「リーナちゃん、多分聞いてるんじゃないかな。」

 そう母の言葉を聞いたはずなのに、口づけの音は続いていた。

 「親の仲がいいと、子供の情緒も育ちやすいらしい。」

 私は逆立ちをしていた足をベッドの上に卸して、目を瞑った。数分後に話し声がまた聞こえ始める。多分二人はただ抱き合って、互いの鼓動を近くで感じていたんだと思う。静かに、何も考えずに。

 「若いころ、二人でヴロベールに旅行に行ったこと、まだちゃんと覚えているだろう?」

 「もちろん、覚えているわよ。」

 母の声は静かに響いていた。

 「ハルシュテルよりずっと小さくても、町並みはハルシュテルに負けず劣らず美しかった。」

 ハルシュテルの町並みは幻想的で美しい。夢を見ていても、それが夢か現実か時折わからないくらいに。

 「実際に住んでみたわけじゃないんだし、本当はどんな顔を持つかわかったものじゃない。」

 「ハルシュテルも同じさ。この町にも危険な奴らもいるし、危険な場所もある。毎日決闘が起きて二人のうちに一人は死ぬ。たまには二人同時に死ぬ。年に一回は観客席で見るだろう?」

 私も法律で成人になると、年に一回、決闘場に行って第三者として証人になり知らない人たちの決闘を見届ける義務がある。人生で最後まで続くしこりを残してしまうくらいなら、決闘して相手を殺害するか、潔く死にましょう。そう、学校でも学んだ。だから裏からこそこそと悪いことを言ったり、仲間外れにしたり、集団で一人をいじめる文化がない。お互いの怨恨が出来てしまったら決闘に発展するから。そうならないように逆に気を付けるようになる。

 裁判所に決闘を申し込んで、当事者たちに尋問を行い、理由が判明すると決闘の条件は成立する。

 決闘場のチケットは販売もされているので、子供でも見に行ける。一度も行ったことはないけど、多分見たところでそれほど心は揺らがない気がする。

 私の心はまるで生まれた時から何かを欠如していたかのように、どれだけ酷いことを目にしても、それに衝撃を受けることはなかった。笑顔を意図的に作る練習をして、人前で笑うふりをして、するとしわが増えるような気がしても、そうしないわけにはいかない。

 「リーナちゃんは傷つかないと思う?自分のために姉を働かせるなんて、私なら多分、自分を許せなくなると思うわ。」

 母の声は少し沈んでいた。父の胸の上でそう静かに呟いたんだろう。私の耳はそんな小さい声も細かく聞き取れた。

 「僕もカニなんぞに負けた自分のことが許せない。」

 その言葉に二人してクスクスと笑った。

 「本当、カニに負ける男なんて、この広い世界中を探しても一人しかいないと思うわ。」

 「そんな男と結婚したのも君だけだよ。」

 そう乳繰り合いをしている親のことをなんてことのないように聞いた。それが耐えられなかったわけではないけど、何か話さなきゃいけないと思った。部屋の外に出て階段を降りると、二人の話し声が途絶えた。父は母の肩の上に腕を回していた。そして二人の視線が私の方へ向いた。

 そして私は言ったのだ。

 「学校辞めたい。」

 二人はきょとんとした顔をした。

 「急にどうしたの?」

 首を傾げて聞いて来る母に私は淡々と答えた。

 「お姉ちゃんを卒業させて。貴族の家には私が行くから。」

 父は母に回していた腕を戻してから手を組んで前かがみになった。

 「詳しく話してくれ。リーナちゃん、学校で何か嫌な事でもあったのか?」

 「特に何も。学校以外の環境に一度もいたことがないから。どんなものか気になる。」

 父は眉間にしわを寄せる。

 「衝動的で計画性がない。自分の人生をそうやって決めるのは良くないことだよ。」

 父の言葉に私は片方の肩をすくめる。

 「計画しなくても起きることは起きるよね。それにね、姉に甘える妹にはなりたくない。お姉ちゃんは私より周りの環境に敏感なの。私はそうでもない。」

 「あのね、リーナちゃん。リーナちゃんの歳で自分のことを客観的に見るのは難しいことなのよ?勘違いして突っ走ってから、後になって後悔しても遅い場合なんてどれだけ多いか、身に覚えがないわけじゃないわよね?」

 母の言葉には確かな説得力があった。

 「うん、だから後悔したくない。お姉ちゃんは私に優しくしてくれるばかりで、私からはお姉ちゃんに何かをしてあげたことは全然少なかった。釣り合わないの。そうでしょう?」

 誕生日プレゼントくらい。それに比べ、姉は私を大事にしてくれた。外出する時も私のために毎回お菓子とか買ってきて、二人で食べて、小さな子供の頃は忙しい親の代わりに私に絵本を読んであげた。そんな姉のために今まで私は特に何かをしようと思わなかった。当然のごとく受け入れている日常は、実は数えきれない偶然が積み重なって出来ていると言うのに。感謝の気持ちもろくに抱かず、親愛の気持ちを表現する努力すらしていなかった。一度も失ったことがないから。じゃあ、どうすればいいか。一度自分からそれに飛び込み、失ってしまえばいい。

 それが私が出した結論だった。


 もちろん私が持つこの感覚をちゃんと説明することは難しい。納得させるには共感と理屈が必要で、私が持つ感覚はただの我がままに近い。だから自分を通すためには誤魔化さないといけない。

 「アグニアも同じ気持ちだと思うぞ。ただそこにいてくれるだけでいい。それが家族だよ。君は特に、僕たち家族の中でも末っ子で、一番可愛い。見た目の話じゃない。見た目ももちろん可愛いが、君がただ幸せに暮らしていることを見て、僕たちは幸せなんだ。責任なんて感じなくてもいい。甘えていいんだよ。アグニアはもうすぐ成人だ。成人してからは仕事をするのは当たり前だけど、君はそうではない。」

 父は優し気な眼差しでそう言った。母は心配げに私のことを見ている。

 「今は悩まず楽しんでいいのよ?ほら、犬のお散歩の仕事もしているのよ?それも立派な仕事。」

 お小遣いを稼ぐために、大きさの様々な犬たちにお散歩をさせる、思春期に入って間もない子供。道行く人たちからも微笑ましく見守られていたことを、私はちゃんと知っている。

 「ロゲールお兄ちゃんもちゃんと働いている。ヨヒムお兄ちゃんもちゃんと働いている。お姉ちゃんまで働かせて、皆働いて、私だけ働かないまま、甘やかせて育てようとしても、全部聞こえてるから。守ろうとしなくてもいいから。甘やかしても、現実から目をそむくだけになるでしょう?お姉ちゃんにもお姉ちゃんの計画があるし、たった一年で卒業出来るんだから、すぐ働いて、私はそうじゃない。三年もお姉ちゃんを売ったお金でのうのうと学校に通いたいとは思わない。だから学校辞める。」

 ロゲールお兄ちゃんは陶磁器を造る工房で働いている。大きな工房で、収入はそれなりにあるみたいだけど、さすがに私の学費を賄えるほどではない。商会を継ぐ後継者として育てられたヨヒム兄は、商会を畳む時に、ハルシュテル近郊にある羊の牧場へ就職した。マモエラという、まんま大きいのに喋る羊の幻獣が羊を飼う羊の牧場。

 この前はそこでで作って彼女も家族の皆に紹介した。勢いで冗談を言ってから、それが私たち家族に受けなかったことで落ち込む可愛らしい人だった。

 父はため息をついて、母は俯いた。長いクリーム色の髪が母の表情を隠した。

 「こうなったら仕方がない。ロゲールにお金を借りてみるか。」

 父の言葉に母は俯いていた顔を上げた。母は苦虫を嚙み潰したような顔で、自分の方へと手招きした。

 「おいで、ママが抱きしめてあげるわ。」

 「待って、ママ。そう有耶無耶にしようとしないで。子供のことだからと、すべて自分たちで決めようとしないで。私の未来だよ。私に決めさせて。」

 父は困った顔で母を見た。母は目を丸くして口を半開きにしていた。

 「どうする?」

 父の問いに母は首を振る。どういう意味で首を振ったのかと、父は問いただした。

 「今のは?」

 「あなた、リーナちゃんがあんなことを言うと思ってた?」

 「思ってなかった。てっきりまだ小さな子供なのかと。」

 二人してそう小さな声で話し合っていたけど、もちろんちゃんと全部ばっちり聞こえていた。

 結局どうなったのかというと、私の要求は通り、私が姉を卒業させるため、家を出て、ハルシュテルと少し離れた町へ行き、貴族の家でメイドとして働くことが決まった。先方に事情を説明する手紙を書いて送ったら、私を雇いたいとのこと。

 そうやって決まったので、家族の年齢を思い返してみる。ロゲール兄は25歳、ヨヒム兄は21歳、アグニアお姉ちゃんは17歳、そして私が13歳で、私の親は父が46歳で母は47歳。普通は九十歳まで生きるんだし、親は二人とも結構若々しい見た目であることもおかしくはない。父には妹がいたけど、二十年前の戦争で軍の看護師として従軍して、戦場で亡くなっている。母には弟が二人いて、二人とも生きているけど、遠く離れた町に住んでいる。だから我がランベルティー家は父と母、そして四人の子供で六人家族。

 そして子供としてのひいき目を抜いても、私の父と母は美男美女のカップルで、私たち家族は皆それなりに顔が整っていて、どこへ行っても見た目がいい分だけ目立つ。それでも、ただそれだけのこと。顔で勉強をしているわけじゃない。顔でお金を稼いでいるわけじゃない。そうやって恵まれたからと、ずっとお金持ちでいられるわけじゃない。だから私も働かいて、自分で出来ることをしないといけない。


 それから色々あった。退学の手続きとか、学校の皆に別れの挨拶とか。担任の先生に言われ夏休み中なのにまったくもって大袈裟な送別会を小さなレストランを貸し切りまでして開かれて。人は一人で生きているわけではない。周りの人たちと影響を受け合って生きている。そう言う言葉は何回も何回も、新聞のコラムから、雑誌のインタビューから、演劇のセリフから、小説で書かれた文章から読んで、聞いたものなのに、あまり実感がなかったみたいで。

 周りは自分がその場所からいなくなることにひどく落ち込んでいた。その場所にいてくれるだけでいいと、父に言われた言葉の意味が胸にすとんと落ちた。自分一人が動くだけで何もかもきっぱりと決まって、それで終わるわけじゃない。自分がどう思っていようと、今まで関わった人たちの心に影響を与えてしまう。別れは当たり前のことだと、生きていればそう言うのは避けては通れないものだとばかり思っていた私の価値観は、あくまで私が持つそれでしかなく。他の人たちはそう思わない。大事な思い出を一緒に作った一人として映る、温もりを分け合った一人として映る。

 私は最後まで一粒の涙も流さなかった。自分の代わりに泣いてくれる人たちがいたからかもしれない。それとも、私にはそうやって流せるような感受性は持ち合わせていないだけなのかと。特に姉のアグニアは散々泣いて、自分が代わりに行くと説得しようとした。だけど、もう決まったことで、親も私の見方をしてくれたため、丹念せざるを得なかった。

 そんな寂しいこと言わないで、とか。馬鹿なこと言うんじゃないの、とか。最後には私を置いて行かないで、なんてことまで言われて。

 「じゃあ、私が行く代わりに、私を置いてお姉ちゃんが行ってしまうのはいいの?」

 私がそう言うとお姉ちゃんは口をへの字に曲げた。

 死に別れとかじゃないんだから。

 生きるという事は、自分に予想できない事態と時期が来たら向き合うしかないという事でもある。その時自分でできることをして、人に恨みを抱かず、精一杯自分でできることをする。それでいい。そもそも環境の変化なんて、生きていればどのみち避けられないことでもあるから。夏休みと収穫祭の時の時期だけ家に戻ることが出来て、それ以外は全部学校で過ごす寄宿学校での生活。それが急にある日、終わってしまうなんて、別段悲劇的な事ではない。 

 出発の日まで、私はいつも通りに喫茶店の手伝いをして、代理で犬たちにお散歩をさせて、ベッドの上で逆立ちをした。なぜ逆立ちをしているのか。それは、私が私自身に聞きたい。答えなんて当然返ってこないけど。思うに、学校で行われた体操の授業に対する反動なのではないだろうか。

 学校には大きな体育館があって、マットを敷いて、激しい体操をする。繰り返してバク転、勢いをつけて空中で回転。それがカリキュラムにある。タイツに着替えて、体をほぐして、様々な体操をする。激しく体を動かす度に、同じく激しく動く景色。自分が完璧に出来ているのかと、毎回毎回、それなりにストレスに感じていた。だからただ逆立ちをしたまま、そう言うので自分が完璧かどうかなんて気にしたくない。

 運動すること自体は好きなのに決まった動作を完璧にこなしなさないと任務のように任されると、負担に思えてならない。それに対しての私なりの反発。にしては学校では逆立ちなんてそれこそ体操の授業を受ける時以外はしないと言うのに。

 学校では図書室で時間を過ごすことの方が好きだった。今でも本で読んだ様々な話や言葉が浮かんで来る。例えば私の好きな作家がこのような言葉を残している。

 “誰しもが己の持つ情動と世界の在り方が一致しないことを受け入れられるわけではない。それを無理やり一致させようとすることで初めて人は誰かを意図的に傷つけられる。”

 私が物事に対してどう感じようと、そこにある現実が変わるわけではない。それでもそれを変えたいと感情に訴えて行動に移してしまった時、やっと人は意図的に誰かを傷つけられる。逆にそうしない限り、誰かを傷つけることは不可能で、物心ついたころから自分にはそれがとても難しいことに気付いていた。

 何かに対して強い感情を持つことがどうしても出来ない。だからそう言う感情を持つ自分の姿に憧憬を抱いていて、その姿に近づくために私はできるだけ自分の前に現れては私を苦難へと導こうとした。自分から飛び込むようにしてきた。狭い寄宿学校の中でそう言った状況はごく稀で、しかもその苦難の範囲なんて大したことじゃなかったわけで。

 それがこのような形で叶うなんて。

 生きることに対して何かしらの強い感情を抱くことができなかったことは、このように私にとってのコンプレックスだった。私の周りにある様々な事柄が好きか嫌いかと言えば当然好きだけど、じゃあどれくらい好きかという話で。別になくたって大変な思いさえしなければそれでいい。逆もまたしかり。嫌いなことは当然あるけど、別に自分に明確な害がなければ放っておく。

 だから私は周りで何が起きようと、それが積極的に私の邪魔をしない限り続けて目の前のことに集中してしまうと思う。

 それが本を読むことであれ、何かを考えることであれ。

 その自分が持つ性質を、私はどうしても変えたかった。無機質で無感動な自分をそうでない自分へと。

 つまり私には私なりの下心があったわけだ。姉のためと言いながら、実際は自分のため。結果的に姉のためになってはいるけど、それはあくまで建前。私はただ、そう言う自分のことが気に入らなかった。

 それが私にとっての行動原理で、多分言わない限り安易に想像のつくものではない。これで私は秘密を一つ持ってしまった。そしてこの秘密により、私は初めて自分のなりかった自分の姿へと近づける。

 情動によって傷つけられ、情動で傷つける一人の人間になれる。まるで以前にもその感覚知っていたのに、何かをきっかけで失ったかのように私はそれを求めた。

 こういう感覚が一体どこからどうやって来るのかと一瞬だけ疑問に思うも、答えなんて出るはずがないのは誰かに諭されなくともわかる。

 世界は謎だらけで、一人でそれを究明しようたって出来っこない。

 それでも浮かんで来る疑問は心をくすぐり、消えない残滓を残してまた沈む。



 家での最後の夜は食卓にチーズケーキがあって、無言で食べた。久々のチーズケーキはとても美味しかった。そして姉はまたしくしくと泣いていた。ヨヒム兄は戻ってたけど、なぜか無表情で、母は視線をさまよわせて、父は申し訳なさそうな顔。

 平民にとって貴族の家でメイドとして雇われ働くというのはそんなに悪いことではない。むしろメイドとしての経歴が長く続いたら、メイド長にもなれて、そうなると普通の庶民よりいい生活が出来るって聞いている。私をメイドとして貴族家に売ったお金で、様々な問題が解決される。

 商会を畳み、引っ越しをしてから、環境が変わり始めたのは肌で感じていたし、これはその変化の続きでしかないと、私自身は受け入れていた。こうなる前にも未来を思い描くことは特にしていなかった。先のことは、心が動いた時に考えればいい。周りから言われたからと、それを無理やり考えようとしたって、うまくいくはずがないんだから。

 最後の夜には前の家での思い出を家族みんなで語り合った。前の家は七階の建物で、私の部屋は六階にあった。窓の向こう側には大通りの方で、バルコニーで見られた景色とは違う景色が見えた。ブラスのパイプのついた大きさとデザインが様々な車が行きかい、向かい側には商店街が広がる。道の隣にある運河と、建物の上にある色とりどりのドーム状の屋根とその屋根を繋げる透明な水路。ドームは水路と直接つながっていて、水でいっぱい。水はブラスのパイプを伝い、下へと落ちる。水は生活に欠かせない。飲み水ではなく、水を沸騰させ、家の中にある様々な蒸気機関を動かすものだから。

 それだけじゃなく、水路は虹色のうろこを持つ大きなお魚さんが主に使っている。彼らはマリュナーンという知性の高い幻獣で、いつも忙しそうに泳いでいた。水路を伝い、様々な物品を家々に運搬してくれる。主に白い防水袋に入った新鮮な野菜と果物、パンとワイン。通販のカタログを見て注文したものの中で小さいものとかも運搬してくれる。食器とか、文房具とか、画材とか、工具とか。私も何回も使っていた。

 夜になると水路は月明かりを反射していて、水面が揺れる度にゆらゆらと部屋の中を青く照らしていた。壁に影が映る時は調度、月と水路と部屋を結ぶ直線上にカワウソが水路の中を通ってい。夜にはマリュナーンたちは仕事を休んでいるから、代わりに水路を整備する仕事をするカワウソたちが流れる。

 彼らと目が合うと手を振って、そちらはぺこりと頭を下げて。まるで夢のような時間だった。引っ越し先の家の隣には川が流れていたけど、水路は良く見えなかった。水路はすべての建物を繋げて、町の中心部にある大きなる宮殿にそれを管理する施設がある。宮殿の中には女王様だけじゃなく、多くの人たちがそこで働いている。国にとっての行政の中心地。その宮殿は優美な曲線を描いて咲いた花のような形をしていて、一体何十階なんだろう。町中のどこにでも宮殿が見えるんだから。宮殿は町中の水が集まるだけじゃなく、町中に水を供給もしている。内側向けて曲線を描く五つの大きな塔があって、その塔はハルシュテルの地下に流れる大きな川から水を組み上げ、川や運河とは別の水源として機能している。川もあって運河もあるのに、水路まであるんだから、ハルシュテルは水の都とも呼ばれる。

 そうやって水で囲まれているので、朝になると魔導士たちが霧を晴らして回ってて、特に大通りには冷えた空気が通るせいで霧になることが頻繁で、それを魔導士たちがワンドを振りながら消して回るのは見ていて気持ちのいいものだった。学校でも魔法は学ぶのに、魔導士のそれとは全然規模が違う。規模だけじゃなく、魔導士は複雑な現象を引き起こせて、一般人はそれが出来ない。

 魔導士になるとどういう景色が見えて来るんだろう。お金よりそれが気になって気になって。だから夢を見た。夢見る乙女、アヴェリーナ。なんて考えたところで、それが叶うはずがないことはわかっている。魔導士になるためには学校へ行くのでも、お金を使うのでもなく、魔導士の弟子になる必要がある。魔導士の仕事は特殊なものが多く、普通の仕事を任せてもその効率の良さから、例外なくお金持ちになるらしい。というのは、割と皆知っている常識。それ以上のことはわからない。なぜ魔導士は特別なのか、どうやったら魔導士の弟子に成れるのか。朝に待ち伏せして、霧を晴らしに来たら話しかけて、弟子入り志願でもするべきか。

 そのままあの家で住んでいたら、そうしたかもしれない。寄宿学校を卒業したところで、拍が付くだけで、自分で仕事を探さないといけないのはどっち道変わらない。なら魔導士になればいいじゃないかと。そう将来のことを先生に相談してみたら、先生はそれを非現実的と言って、別の仕事を進められた。顔もいいし、歌もうまいから役者になればいい、なんて言われて。それが貴族の家のメイドになるなんて、想像だにしなかった結果に先生はどう思ったんだろう。彼女は苦笑いを浮かべていただけで、簡単な挨拶しか交わしていない。嫌いではなかったけど、夢を否定されてからは好きにもなれなかった。

 そんな日々から一転してまた一転。朝一に玄関から出て、家族に最後の挨拶をして、魔道回路で動く空気を泳ぐ魚のような形をしたバスに乗ると、十人ほどの客が先に座って、一人一人とまた客が来て座る。私は前から三番目の席で、窓側に座って誰かが来るんじゃないかと思ったけどそうでもなくて。

 一番前の席を見ると交合に蒸気機関の中にある水に簡単な熱を作り出す魔法で温める四人の機関加熱士が並んで座っている。ただじっと座って、彼らの前に設置された大きくて精巧な蒸気機関を見つめて、簡単な魔法を使って水を沸騰させる。バスが動き出すとシリンダーも動いて、彼らは時折笑みを浮かべながらじっと、ただじっと磨かれたブラスの蒸気機関から目を離さない。

 誰でも出来そうな仕事に見えるけど、ああ見えてあの人たちは蒸気機関を簡単な加熱の魔法で水を沸騰させて動かすことを楽しんでいる。蒸気機関を魔力が切れるまで眺めて、三十分ほど休んだら、また魔力が満タンになって交代。その繰り返し。魔力が多くて蒸気機関を飽きることなく眺めることが出来なければ務まらない大変な仕事なので、簡単に見えてもそうでもない。という事を、前に雑誌のインタビュー記事で読んだことがある。

 流れる窓の外の景色が飽きた時は窓から目を離し、二人の中肉中背のこれといった特徴のない中年女性と、また中肉中背のこれと言った特徴のない中年男性の機関加熱士を眺めた。蒸気機関をを眺める機関加熱士を眺める私。

 そうやって二時間半が過ぎていって、町をぐるっと囲む高い城壁を門を通して潜り抜け、整備された道路を通る。牧場、農場、果樹園、小さな村、川を挟んでいる小さくて平和そうな村、休憩所として道路側に宿泊施設が並んだ町、遠くに見える丘、森、山、魔導士たちが作った用途のわからないオブジェがずっと並んでいる野原。

 そしてまた別の城壁にある門へと入る。見たことのない町の景色に少しだけ緊張ししまう。待ち合わせ場所である広場までたどり着くと、優しそうな初老の男性と穏やかで健康そうに見える中年女性が私を迎えてくれた。二人とも私服姿だったので、てっきり雇われた案内人か何かかと勘違いをしちゃったけど、初老の男性は古参の執事で、妙齢の中年女性はメイド長だった。つまり私の上司に当たる。

 とまれ彼らと歩いてたどり着いた屋敷はそれはもう、豪華で大きかった。こんな豪邸で住み込みで働くなんて、想像だにしなかったのに。私の心の準備が出来ていなくても、そこでの日々は始まってしまったのである。


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