紫禁城襲撃計画をスタイリッシュな銃捌きで迎撃した皇太子の伝説
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
紫禁城に纏わる伝説は枚挙に暇がないが、それも無理からぬだろう。
今では我が中華王朝の王城となった紫禁城だが、その前身である清やそのまた以前の明にまで遡れば四百年以上の歴史があるのだから。
中でも隆宗門の扁額に刺さった矢の謂れは、朕の心に一際鮮烈に焼き付いておる。
何故なら、それは我が愛新覚羅王家の御先祖様の華々しい御活躍の逸話でもあるからだ。
思えば隆宗門の矢を初めて意識したのは、朕が母上である愛新覚羅紅蘭陛下の後を継いで二代女王として即位する以前の事だった。
「太傅よ、隆宗門の扁額の矢は何故そのままなのじゃ?」
上書房での勉学をこなした幼き日の朕は、教育係の太傅に問い掛けたのじゃ。
「それは『癸酉の変』の一件を風化させまいという御先祖様の御配慮に御座います、愛新覚羅翠蘭第一王女殿下。」
聡明な太傅である完顔夕華の答えは、実に端的で明瞭だった。
「白蓮教徒による紫禁城への襲撃か…確かに苦い記憶であろう。王城に侵入されたばかりか、ああして禁門に矢まで射られたのじゃから。」
「仰る通りで御座います、翠蘭殿下。しかし癸酉の変は、殿下の御先祖様の華々しき武勇の物語でもあるのです。清朝八代皇帝の道光帝が、まだ綿寧皇太子でいらした頃の…」
暗くなりつつある空気を変えるべく、太傅が語ってくれた昔話。
それは我が一族の誇りを改めて確認出来る、栄光に満ちた伝説であったのだ。
清朝転覆を企む白蓮教徒の一派により隆宗門が破られた時、我が先祖は毅然と立ち向かったという。
その対応力の高さは見事だった。
直前まで上書房で読書中だったとは思えぬ程にな。
「早う、予に銃を!」
「はっ、綿寧殿下!」
即座に鳥銃を捧げたは良いが、この宦官の過ちは重大だった。
動揺のあまり、実弾を込め忘れたのだからな。
「弾がない…否、ある!」
だが、我が先祖は冷静だった。
衣服の銀ボタンを弾代わりに、難なく賊を射殺したのだ。
「賊を恐れるな、予に続け!」
鳥撃ちで培った巧みな銃捌きと、満州族ならではの卓越した戦闘技術。
それらが功を奏し、王城防衛に見事成功したのだ。
白蓮教徒の反乱は、元を正せば当時の社会矛盾への民衆の不満が要因だ。
それを繰り返さぬよう、我々は癸酉の変を教訓に善政を敷かねばならぬ。
だが不意の襲撃にも狼狽えず応戦した綿寧殿下の武勇は、実に誇らしい限りだ。
それに恥じぬ生き方を、朕もしなければな。
綿寧殿下の子孫として、そして何より中華王朝の二代女王として。