7話 羞恥
「へっ、ヘネリアさん⁉︎」
後ろから聞こえた。青年の声だ。なぜ来た。覗きに来るなと言ったはずだ。
最悪だ。スライムにやられるなよ、などと言っていた自分の、スライムにやられる姿が客に見られる。呼吸が速くなり、顔が熱く感じる。
どうしたんですか、大丈夫ですか、と私の顔を覗き込む青年と目が合う。袖を咥えてろくに喋ることもできず、顔を覆い隠すこともできない私は、恥ずかしさが増す一方だった。
「……うあいう、うあいうあ…」
服の袖を噛んだ口で、必死に伝えようとした。さながら赤ん坊のようだったが、目の動きもあり、なんとか青年に伝わった。
彼は、ハァハァと荒い息をする私の両手に気づくと、私の目をじっと見つめて、真面目な表情で言った。「息を、止めてください」
何故なのか、理由が分からなかったが、言われた通りに呼吸を止めた。あれ、どこに入れたかな、確かこのポケットだったかな、と、青年が何かを取り出そうとする。
「あっ、あったー! ここに入ってたんだー」とポケットからナイフを取り出す。
わかった、わかったから早くしてくれ。こっちは息を止められているんだ。
青年が躊躇いなく左手をスライムに突っ込んだ。そして、そいつの隆起している部分を指で挟んだ。
「動かないでくださいね」
ナイフを指の間に立ててから、少し高く構える。私の手ごと貫いてしまうのではないかと、不安で心拍数がどんどん速くなる。
ぷちゅっ。
彼の一瞬の動作に思わず目を瞑り、「んっ」と変な声を漏らしてしまった。
ぬるぬるしたものに締めつけられていた両手が、ふわっと解放される。目を開くと、透明だったスライムの核が、ナイフで突かれて白く変色していた。
苦しい。呼吸をしてもいいだろうか。もう、限界かもしれない。
「もう息をしても大丈夫ですよ」
苦しみから解き放たれ、大きく息を吸う。
視界がくらりと揺れる。数歩よろめき、落葉の上にくしゃりと座り込んでしまった。
「大丈夫ですか? 立てますか?」と青年が私に手を差し伸べる。今朝私のクレイに乗ろうと必死になっていたようには思えない態度だ。
青年の手を握ろうと手をのばして、やっぱり引っ込めた。粘液がべっとりとついた手で触る訳にはいかないし、今すぐに立つ必要もない。私はしばらく座って呼吸を整えた。
「覗きに来るなと、あ……」言いかけてやめようとした。
「ごめんなさい、悪気はなかったんです」と青年が顔の前で両手を合わせる。
違う、そうじゃない。そんなことはどうでもいい。先に言うべきことがあるだろう。人になにかしてもらったときに、言うべきことが。
口に出そうとした言葉が、喉奥に詰まる。
負けたような気持ちだ。半額で乗せてやっている私の方が立場は上の筈なのに、助けられるなんて。私の嫌いな冒険者に、助けられるなんて。でも、それに関係なく、人として言わなくてはいけない言葉がある。
「……ごめんなさい、怒ってますよね…」
「別に、いや、その……ありがとう」
「あ、ああ、はい! 怪我はないですか?」
こくり、と私は頷いた。言葉に表せない悔しさが、私の顔を赤く染めた。