6話 雑魚
私としたことが、スライムごときに川に落とされるとは。私は急いで水から頭を出したが、口に水が入り、かなり咽せた。
顔に飛びつかれたら、窒息してそこで最期だ。手錠のように拘束された両手をなるべく顔から遠ざけて、一歩ずつ慎重に、川から岸に上がった。水筒を握った手には、冷たくて無色透明の水の塊のようなものが、ぎゅっとしがみついていた。
服が濡れて重くなり、紅色の癖毛から水が滴り、履いていたブーツが、歩く度にぐちょぐちょと音を立てる。
「……クソが」
何度か腕を振り回してみたが、手首から離れない。雑魚と呼ばれている魔物に梃子摺る屈辱感が、私の怒りとなる。これではまるで私の方が雑魚じゃないか。
お気に入りの銀色の水筒に、粘液が糸を引くのを見て、目を瞑ってふーっと息をついた。冷静であろうとしたが、耐えられなくなった。
私を怒らせたようだな。許さない。こうなったら、遠心力で投げ飛ばしてやる。私は助走を十分につけて、腕を大きく、思い切り振った。私の出せる、最大限の力で。
「……あっ」
粘液で手が滑り、水筒が飛んでいった。遠くの茂みを超えた更に向こうへと、飛んでいった。地面に落ち、金属の凹む音が、林に響き渡る。手元に目を落とすと、私を嘲笑うように、スライムがうにうにと動いていた。
「この野郎……!」
頭の中で、なにかがプツンと切れる。私は感情に任せて、スライムのついた腕を川岸の岩に叩きつけた。
くたばれだとか、しねだとかいった汚い言葉を大声で吐いて、何度も叩きつけた。
腕を止め、岩に手を置く。
落ち着け。こんなことをしていたら、腕を痛めるだけだ。スライムは核を潰さなくては殺せないと、学生時代に習っただろう。
しかし、どうやって。青年に助けを求めるか?
先程青年に言った言葉を思い出す。自分が放った冗談が、全部自分に跳ね返ってくる。ここで青年が来て、私の醜態を見たら、どう思うか。私はどれほどに恥をかくだろうか。
冒険者なんかに助けられてたまるか。自分ひとりでもなんとかできる。なにか方法はある筈だ。
鞄にナイフが入っている。鞄を置いた所まで歩いて、ブーツを脱いで、足でナイフを握って、スライムの核を一突き。不可能なことではない。私ならできる。今手を置いている岩の裏側に鞄がある。さて、取りに行くか。
「……え?」
手が岩から離れない。こいつ、私の両手を岩に固定しやがった。
どうしようか。
手首についたそれが、ぬるぬると蠢き、右腕の肘まで這い上がろうとする。確かスライムの体液は、服や植物を溶かすとか。
お願いだからやめてくれ。服には付かないでくれ。着替えは持っていないんだ。慌てて袖を噛んで引く。
私はこいつが腕をゆっくり登ってくるのを、見ていることしかできないのか。なにか、できることはないのか。
どうすれば助かる。考えろ、考えろ。