4話 雑談
私は勇者やら冒険者やらが嫌いだ。魔王討伐を目指すような輩は、身の丈に合わない目標を見据えながら、子どもみたいに目を輝かせて、無駄に努力を積み重ねている。私には、それが馬鹿らしく思えて仕方ない。
私はモノだけでなく、ヒトを運ぶ仕事もしばしばするのだが、乗客が冒険者の場合、それは私にとってストレスであるのだ。
冒険者の乗客は大体、自慢話をするか、寝るかの二択で時間を潰す。この青年が前者の場合、下手に脚色されたつまらない討伐譚を聞きながら私は、そうですか、すごいですね、と頷くことになるだろう。
「僕、シドロって言うんですけど」
ほら始まった。どうせこいつも語るだろう。
「お姉さんは、なんていうお名前なんですか?」
予想外だ。しかし、納得した。
そうか、私とこの青年シドロは、運転士と乗客とはいえ、数週間を共に過ごすことになるのか。お互い名前くらい知っておかなければ不便だろう。
「……ヘネリアだ」
「ヘネリアさん、ですか。よろしくお願いします」
荷台の前方の粗い縦格子から顔を出すシドロを見て、「ああ」とだけ返し、小さく頷く。
変な感じがする。脳が痒いような、言葉では上手く説明できない、知らない感情が湧く。どちらかと言えば、少しだけ不快な気分だ。
名前は覚えていないが、この青年には他の冒険者のような傲慢さや無礼さが感じられない。つまり私の先入観、それが違和感を生んでいるのではないだろうか。
もしそうだとしたら、この妙な感覚は何なんだ。礼儀正しく振る舞う人間の、何が腑に落ちないというのだ。
考え始めて何分経つだろうか。
チュルディラは山間にあるらしいが、依然として平坦な道が続いている。頭の中の霧が晴れないまま、私は手に持ったパンを所在なく齧り続け、気づけば上腕ほどに長かったパンを完食していた。
その間、全く喋らなかった青年は、寝ているのだろうか。座ったまま体を捻り、荷台を確認した。
「わぁっ」と、思わず声が漏れた。「なっ何してんだ、気持ち悪い」
両手で格子を握り、じっと私の後ろ姿を見ていた青年は、私と目が合って我に返ったようだった。
「あ……すみません、ちょっと気になって」
「何が」
「それって、どうやって運転してるんですか?」と、青年は運転席を見て尋ねてきた。
私の仕事について質問されたのは初めてだ。悪い気はしない。説明してやってもいいだろう。
「この手綱を引けば歩く。あとは放っておいても進む」
「そうなんですね」
説明が終わった。それだけなのか、と自分でも思ったが、本当にそれだけなのだ。自分のしている仕事が薄っぺらく思える。もう少し玄人らしいことも言えたろうに。
会話が途切れる。向こうが話しかけないので、気まずい沈黙に空気が澱む。
ある音に気づく。近くを流れる小川の音だ。
「少し止まる」と伝え、クレイを停めた。
「どうかしたんですか?」
「川だ。少し水を汲む。ついてきてもいい」
「はい、じゃあ僕も行きたいです」
私はクレイを降りると、荷台の閂を抜いてやった。