3話 割引
ナルラ岳はチュルディラよりも北に位置していた。確か、最後の壁とか言われている山だ。この山を越えた先に魔王の城があるらしいが、詳しくは知らない。にしても、最後の「壁」か。ゴーレムで登るのは難しいような山だろう。
「麓までなら、乗せてやる」
「へっ、あ、ありがとうございます! 本当に助かります!」とぺこぺこと何度も頭を下げた青年は、ここから入るんですか、と荷台の閂を引き抜こうとした。
「待て」と私は止め、彼に左手の掌を見せた。タダで乗せてやるとは言っていない。「小銀貨、16枚だ」
金額を聞いて、青年が口をぽかんと開けたのも無理もない。実際には数週間で到着するため、距離だけで計算すれば小銀貨10枚ほどで十分なのだが、私はそれ以上の金を請求したのだ。
ぼったくりなどではない。今私は小麦を運ぶために運転しているのであって、交通機関ではない。そこに特例として仕方なく乗客を乗せてあげるのだ。そもそもチュルディラより北へ行くつもりはなかったし、加えて魔王の城に近づくということは、それなりの手間と危険が伴う。それを頭に入れて考えれば、小銀貨16枚は妥当と言えるだろう。
青年は「あ、あー、はい」と苦笑を浮かべ、リュックから巾着を取り出して、中を不安げに覗いた。それから私の顔色を窺うようにこちらを見て、申し訳なさそうに上目を遣った。
「あのー、少し、足りないんですけど」
金が払えないならさよならだ。「可哀想にな。頑張ってその足で歩いてくれ」
パンを小さくちぎってひとつ口に入れ、運転席によじ登った。ここで、割引にします、などと言って舐められるのは御免だ。
「ま、待ってください! お願いします!」と、膝をついて手を握り合わせる青年。
「慈悲を乞うな、見苦しい」手綱をキッと引き、クレイを歩かせる。お前の都合なぞ、知ったことか。
「な、なんでもします! なんでもしますから!」
聞き逃さなかった。私は再びクレイを止め、またしてもパンを手に持ったまま降りた。「半額にしてやる」
「いいんですか! あ、あっ、ありがとうございます」
礼を言った青年は、いかんせん落ち着かない様子で小銀貨8枚を取り出して、「お、ねがいします」と差し出した。それを受け取り、私は一枚残らずポケットに流し込んだ。
荷台の後ろに回り、青年を手招く。パンを口に咥え、左手で扉を押さえ、右手で慎重に閂を引き抜き、ゆっくりと左手を放した。幸い小麦の入った麻袋が雪崩れることはなかったようだ。
荷台に入り、適当に人間が座れるスペースを確保する。荷台から降りて、「乗れ」と手で指示する。
青年が乗り、荷物を下ろして座るのを確認すると、扉を閉めて閂をした。中から開けられないが、問題ないだろう。
運転席に座り、パンを持ち直し、ふう、と息をつく。チュルディラまで数日かかるが、今夜の宿は見つかるだろうか。
面倒事が増えた私は、とにかくクレイを歩かせるため、手綱を引いた。