葵12歳 桃月-1
いつものように準備したつもりが、不安のせいだろう何をしても時間が掛かり遅くなってしまった。
「葵遅いぞ。お茶会に遅れてしまうだろう」
「すみません」
彰吾さんにも怒られてしまい、急いで馬車に乗り込む。
走らせたりはしないがいつもより早く歩かせる。
北条家に着くと変わらず貴祥様がいらっしゃった。
「少し遅れるなんて葵にしては珍しい。先に話そうかと思ったけど、お茶会の後で話があるから」
「お話ですか?」
私に向けられる貴祥様の笑顔がいつもと変わらな過ぎてどちらなのか分からない。
今までと変わらないのか、それとも最上に通うような女を妻にしなかった安堵からくるものなのか。
少しでも聞けないかと聞き返したけど駄目だった。
「そう。少し長くなるから後でね。綾が待ちくたびれているといけないから」
「分かりました。では後で」
少し長くなる?それはお別れを伝えた後私が嫌がって長引くから?千佳がいられなくなるからその説明のため?
なんとか表情に出さないようにしたけれど、綾の部屋に行くまでに悪いほうにしか考えられず、部屋に入る前にもう一度落ち着かせる必要があった。
唯さんに迎えてもらい、いつものように始まったお茶会だけど、もうこれが最後で玲様にも綾にも会えないのだと思ったら涙が出てきた。
最後だから楽しく終わらせないといけないと思うのに、溢れてくる涙は止められない。
「葵どうしたの?何か辛いことがあったの?どうしよう」
綾が泣き始めた私に気が付いて傍に駆け寄ってくれる。綾にはまだ貴祥様も話していないのかもしれない。
「わ、私、最上に入学、することになった、んです。もう、こうやって、玲様達とお話しできないかと思ったら辛くて、貴祥様とも許嫁で、いられない」
「そんなはずないわ!唯お兄様を呼んできて」
綾はやはり知らなかったようで唯さんにお願いして、私を慰めてくれるけれどそんなわけにはいかないと思う。
私は首をぶんぶんと横に振って否定した。
「駄目です!最上に通うような女性は貴祥様に釣り合いません。玲様や綾にも恥ずかしい思いをさせてしまいます!そんなの嫌です」
もう貴祥様から言われるよりも自分からお断りしよう。
「恥ずかしいなんて思わないわ!」
綾はそう言ってくれるけど、玲様は何もおっしゃってくれない。きっと次回から玲様とは会わせられないと招待してもらえない。
今までどんなにつらくても玲様・綾・貴祥様に会えたことで耐えられたのにそれが無くなってしまい、1人であの家に居ないといけないと思うとどうしたらいいのか分からない。
「いけない!葵様こっちを見て」
急に聞こえた男性の声に顔を上げると、私の傍で屈まれて馨さんが玲様に向けるような微笑みで私を見ていた。
その美しさに思わず息をするのを忘れる。
「葵様ゆっくり息を吐いて。そう。そうしたらゆっくりと息を吸って。そう。ゆっくり深呼吸して」
馨さんに言われた通りにしていると呼吸が楽になってきた。
「葵どうしたの!?馨はなにをしている!」
貴祥様の声がした途端、馨さんは立ち上がり貴祥様を止めた。
「葵様が不安から過呼吸になりそうでしたので。貴祥様落ち着いてください」
「葵は大丈夫なのか?」
「それはお任せします」
馨さんは貴祥様の問いに答えることもなく、私を見ることもなく玲様の元へ移動した。
玲様の傍に屈みこみ、落ち着かせるためにでも私には一切触れなかったのに、玲様の頬を手で包み顔を覗き込まれた。
「玲大丈夫。驚いたね。来たばかりだけれど、もう部屋に戻ったほうがよさそう」
玲様は馨さんの顔をじっと見た後こくんと頷かれた。
玲様は椅子から降りられ私の傍に来られた。
「葵ごめんなさい。さっきは驚いて何も言えなくなって。また葵に会いたいからお茶会に来てね、約束よ」
小さな手で私の手に重ねながら私の顔を見て言ってくださった。
「来てもいいのですか?」
「待っているから」
嬉しくて目を潤ませていると、玲様の後ろから声が掛かった。
「葵様、また会いましょう。貴祥様は後で話があります。申し訳ありませんがこれで失礼します」
馨さんが貴祥様をキッとにらんだ後、玲様の傍にしゃがみこみ先ほどより素敵な笑みを浮かべた。
「玲。もう疲れているだろ、部屋に戻ろう」
馨様が腕を広げると、玲様はゆっくり瞬きをされた後馨様の首に手を回した。
馨さんが玲様を横抱きにして立ち上がる。
部屋にいる人間は玲様が体調を悪化させ退席するのを何度も見ている人間ばかりだ。
玲様はまだ体調を崩してしまってはいない。そして、馨様はこんな風に見せつけるようなことは普通されない。
先ほど私にしてくれたことは、玲様が不安になってしまわないためにしたことだと玲様に分かってもらうために、そして私たちにそのことを分からせるために抱き上げ部屋まで戻るのだということにすぐに気が付いた。
馨さんは佳那さんが開けておいたドアから出て行かれ、佳那さんがお辞儀をしてドアを閉めると沈黙が広がった。




