貴祥15歳 柾月
綾がリル語を習うようになったら、葵にも習っておいてもらいたいと思っていた。
僕と結婚すれば葵自身が会うことになるだろうし、綾は舞姫として成人すればリテリア国の方と話す機会ができる。
その時に直接綾に話しかけさせないために通訳は付けるだろうけど、知らない者より友人の葵が出来たほうがいい。
綾は話題が豊富で明るく話すので人は寄ってくる。
その為学院では友人が多いと思われているだろうが、実際は気難しく本当にそばに人を寄せ付けない。
綾から他の人間をお茶会に呼びたいと聞いたことが無いのがよい証拠だろう。
葵が習いたいと言い出すのはもう少し後だと思っていた。
綾がこれほど早く葵に弱音を吐くとは思わなかったし、辛いと聞いても変えず彰吾さんの許可だけだなんて葵はどれほど頑張るつもりなんだろう。
「習えるようになったら綾に教えられるぐらい頑張ります」
「葵また頑張ると言っている。リル語を習いたいのはいいけど、先に習い始めた綾に教えられるほど頑張る必要はないよ」
綾には後できつく叱っておこう。なぜ後から教わるものが教えられると思うんだ。普通逆だろう。
葵が頭が良く先々では教えられたとしても、綾に教えるのは葵の仕事ではない。
僕の声に驚いてお尻を浮かせて倒れそうになる葵を支える。葵は柔らかくふにゃふにゃしていて危なっかしい。女性と稽古することが無いので余計感じるのかもしれないが、壊れ物のように感じてしまう。変なところを触らないように気を付けながら両手で支え座らせる。
彰吾さんにお願いしても習えないだろう。先生の費用は北条家で出せるように、綾が習い始めるよう言われた時に父には話を通してある。
先生も基本だけでなく教えられる女性を探して父親には話をしてあるので、後は本人に伝えればいつでも始められる。
「どこまで出来るか分かりませんが、綾とリテリア国の方との間に立てるよう頑張ります」
「そんなに力まなくても大丈夫。綾がリテリア国の方と会うのは当分先のことだし、できる限りでいいから。
葵が無理をして倒れる方がいやだからね。そうは言っても葵は頑張るだろうから僕も葵に抜かれないように勉強しないと」
「私が貴祥様を抜けるなんてあり得ません」
気を抜くと葵はすぐに僕を抜いてしまうだろう。先生に頼んで先にどんどん進めないといけない。
父にも話しておく必要があるし、お茶会の邪魔をしてはいけないので部屋を後にする。
その足で父の執務室へ向かう。
「父上少し時間よろしいですか?」
「あぁ、少し待ってくれれば大丈夫だ。南条ちょうどいいから休憩にしよう」
「ではお茶の用意をさせましょう」
南条は先に仕事のきりが付いていたのか家僕にお茶を頼み、父の仕事の書類の整理をしてお茶ができるぐらいの場所を確保していく。
僕は横の椅子に座り富澤が紅茶を入れてくれ、父の仕事が終わるのを待つ。
今はまだ簡単な物しか見せてもらえないけれど、高等部に入れば書類のすべてに目を通し流れを覚えていかなければいけなくなる。今から少しでも多くの仕事を任せてもらえるよう頑張らなければいけない。
学院の勉強もリル語も当主としての仕事も覚えなければいけないことが山ほどあるが必ずやりきるつもりだ。
父の仕事をじっと見つめていると、先に父がペンを置き珈琲を飲み始めた。南条も一緒に休憩をとるのだろう。南条の席で珈琲を口にし始めた。
「で、何のようだ」
「先日お話していました葵のリル語の家庭教師の件ですが、今日綾が葵に話し習いたいと言っていますので話を進めたいのです。彰吾さんは費用を出さない気がしますが、北条家から出すので問題ありませんか?」
「ない。彰吾には私から話しておくし、先生の方は使いをだそう。細々としたことは葵の侍女と話をさせればいいだろう。葵は努力家だ、貴祥頑張らないと抜かれるぞ」
「分かっています。日常会話までしか出来ていませんので、先生に頼んで速度を速めてもらうつもりです。
あとある程度リル語ができるようになれば他の言葉を覚えたいと思っています。先生などいらっしゃるでしょうか?」
「お前がリル語ができるようになるまでには探しておこう。しかしそこまで必要になるか?」
「葵はリル語を深く勉強する気がします。僕はそこまでの深みよりも多様性を持たせたいと思います」
「なるほど。方向を変えて優位に立ち続けたいか」
父はにやりと笑った。
「はい、仕事で必要な言葉を覚えたいですが、不必要なことまでは覚えたくありません。でもそれでは葵に負けてしまいますので、他の言語でしたら尊敬してもらえると思いました」
「貴祥様言語に関してはそれでいいと思いますが、惚れた女性には弱みを見せるのも大切ですよ。
完璧な人間だと思われると尊敬はされますが近寄りがたくなります。そこで情けない所や弱い所も見せて、女性も守ってあげたいと思わせると距離は近づきますよ」
南条の言葉に驚く。
「完璧を目指してはいけないのか?」
「仕事相手でしたら問題ありませんが、結婚されると日常になります。人は完璧にはなれませんから貴祥様が疲れてしまいますし、葵様も完璧を目指さないといけなくなり窮屈に感じるでしょう。
ですから完璧でなくていいのだと両方が思う必要があります。相手の前で弱みを見せられなかったり、泣けないのは辛いですよ」
「南条は妻の前で泣けるのか?」
男は女の前で泣かないものだと思った。
「もちろん泣けますよ。子供の前では泣けなくても、特に晄には弱い所を見せられなくても妻には見せられます。逆に妻の前では泣けないことももちろんあります。
そんなときはやけ酒に付き合ってくれる友人を頼ります。私も年を取り晄にはそのうち抜かれ情けない姿を見せることになるでしょうが今はまだ見せられません。もちろん貴祥様にもですよ」
「格好いい姿を見せて好きになってもらおうと思ったのにそれだけでは駄目なんだな」
「そうですね。対は共に歩いて行く者です。それは楽しい時も辛い時も嬉しい時も悲しい時もです。
人には沢山の一面があり1人にすべてを見せられる人間はいないでしょう。でも多くの顔を見せることができるのが共に歩く者ではないでしょうか」
「少し考えてみる」
「はい。葵様のリル語の先生の方はこちらで処理しますので安心して勉強に励んでください」
少し短い気もするが父の休憩を終わらせたいのだろう。これで話は終わりなようだ。
「仕事の邪魔をして申し訳ありません。僕もリル語を勉強しなければいけませんのでこれで失礼します」
「あぁ、頑張りなさい」
父はすごく残念そうにしながら机に積み上げられた書類に手を伸ばした。
当主として完璧にこなしていると思っていただけに、父も嫌なことがあるのだなぁと思うと安心した。
あぁ、こういうことが南条が言いたかったことなのかもしれない。
そう分かったところでやはり情けない姿を見せるのは勇気がいる。情けなくてがっかりされたくはないし、そうとってもらえなくても意味がない。南条は何気に難しいことを言うので油断できない。




