晄16歳 柏月
納得いかない思いを抱えたまま過ごしていると、貴祥様が資料を読みながら「晄今高等部にも特待生が要るみたいだな。節目の時で優秀な者が多いのかもな」と、馨のことですっかり忘れてしまっていたことを思い出させてくれた。
確か彼は特待生だが、こちらは実技はさっぱりだったはずだ。平民でそれもごく普通の家庭のため真路に通えなかったのを、成績優秀なのを最上がもったいないと試験を受けさせ申請したため今は真路に通っている。なぜか気になった僕は会ってみることにした。
自然と会うには真路の図書館が良いだろう。金銭的に厳しい彼はよく利用しているだろうし、僕が行ってもまったく問題ない。もしかしたら利用した際にすれ違っていたかもしれない。
空いた時間を見つけて図書館へ行ってみると、一度で彼と会うことができた。
彼は難しい顔をして本を読んでいた。
「柳田さん」
よほど夢中で読んでいたのだろう。体がびくっとなり慌ててこちらを向くものだから本を取り落とした。
「うわあぁ~」
慌ててしゃがみ本を拾い上げ立ち上がり、困惑した様子で尋ねてきた。
「あの、確かに僕は柳田ですがどなたでしょうか?何か僕に用が?」
「用があるから声を掛けたんです。僕は南条晄。少しお話しできません?ここではなんですから食堂ででも」
「南条様……分かりました。この本を借りてきてもかまいませんか?」
「えぇ借りてきてください柳田さん。時間は大丈夫ですから」
「呼び捨てでかまいません。私は本家の方にお世話になっていますので」
「分かりました」
柳田が本を借り食堂まで移動した。
人気がないほうがいいので特別室を利用する。柳田は初めて入る特別室に興味津々に見回している。
従業員が聞きに来たので柳田の分も頼んでしまう。口調も年上に対してでなく特待生に本家の者が会いに来たものへと変える。
「珈琲飲めたよね?」
急に口調を変えても怒ることもなく柳田はすんなりと受け入れてしまった。
「飲んだことが無いので分かりません。僕の分はかまいませんので」
「もう頼んだし、せっかくだから試してみるといい」
「ありがとうございます。で、用と言うのは?」
「ちょっと待って」
僕は珈琲が届くのを待ってから話し始めた。
「初めてなら少し飲んでみて、砂糖やミルクを入れるといい。僕は入れないから。柳田が忙しかったのならすまない。特に用と言うわけではなく、特待生だと聞いて興味が沸いて会いに来ただけなんだ」
「南条様がわざわざですか?素行調査の一環でしょうか?」
「素行調査は終わっているけど、まだ院に通っているしそう思ってもらってもいいよ」
「僕はこれからも院に通ってもかまいませんか?」
僕が南条と知って不安だったのだろう。柳田は不安げに聞いてきた。
「成績も今のところの素行も問題ないし通えるよ」
「良かったぁ。院は勧められて通い始めたんですが面白くなっていたんです。できれば卒業したかったので」
「それはぜひ頑張って欲しい。良い成績なら本家で勤められる可能性もあるしな」
優秀な者が育ち本家で勤めてくれることはいいことだ。特待生として認めたかいがある。
「……本家にはできれば勤めたいです」
分家よりも本家の方が当然給料にしても、使用人に対してもいい。分家よりも本家で勤められるのなら望むのは当然のことだ。
「なら俺が素行調査で会いに来て、少しでもいいように書いて手助けしてやろう」
俺が書いたところで本人が優秀でなければ本家では務められないだろうが。
「南条様直々に素行調査で僕に会いに来られるのですか?」
その言い方だと俺が来て欲しくないように聞こえる。わざわざ見に来たのに嫌われてカチンときた。
「嫌か?なら何もしない」
「いえ、南条様がいらしてほしいです」
すぐに違うと言われほっとする。なぜほっとしたのかは分からないが気分はいい。
「そう、だろう。それに気に入ったならまた珈琲もおごってやる」
「気に入りました。最初苦くてびっくりしましたが、砂糖やミルクを入れると美味しかったです。でもおごってもらうわけにはいきません」
年下におごってもらうのはいい気分ではないだろうが俺が落ち着かない。
「いいよ。自分が飲んでいる時にお前も飲まないと落ち着かないだけだから。……今は慣れないからしょうがないけど、勤めて数年経つことにはなにも入れず飲めるようになった方が格好いいと思うぞ」
柳田にはなにも入れず飲んでもらった方が似合う気がした。
「そうなんですか?もし飲める機会があるなら頑張ります」
「南条と呼ばれると父を呼んでいるようだ。俺のことは晄と呼べ」
「かしこまりました晄様」
初めて飲んだ珈琲を楽しそうに飲む柳田は本を読んでいた時と違って幼く見えた。
美味しいと飲むのでつい、マドレーヌまで追加で頼んでしまった。
「すみません。ありがとうございます。こんなおいしい物初めてです」
無邪気にそう言われてしまうと、自分も小腹が空いていたのに皿を柳田の方に押しやる。
「俺はよく食べるから食べるといい」
「えっ、でも……」
「今お腹いっぱいでも持ち帰って食べられるだろ」
もう一度ぐいっと皿を押すと、柳田は諦めたように一旦受け取った。
「ありがとうございます。……でも施しならいりません」
「うん?施しなんかじゃない。うまそうに食べているから餌付けしたくなっただけだ。いらないなら返してくれ。小腹が減ったんだ」
「なんですか餌付けって。施しより酷くないですか?ふはは。餌付けなら貰います。おいしいから」
「不思議な奴だな餌付けを喜ぶだなんて。返してくれると思ったからお腹が余計に空いた!」
俺はもう一度マドレーヌを柳田の分も頼み、そちらは持ち帰れるように包んでもらう。
届いた包まれたマドレーヌを柳田に渡す。
「ほら、家族に持ち帰るも良し、自分一人で食べるも良し好きにしろ」
「ありがとうございます。家族で食べます」
にこにこと嬉しそうに笑う柳田がちょっとかわいい。
「好きにしろ。食べ終わったのならもう帰るぞ」
「はい、また楽しみにお待ちしています」
「次は餌も珈琲も無し!」
「はい、それでも楽しみにしています」
「つぅ……」
ふんとそっぽを向いてさっさと特別室を後にする。
「待ってください!支払いは!?」
「後でまとめて家に請求書が届く。もう遅くなるぞ早く帰るんだな」
「待ってください。僕一人でこんなところ恐れ多くて居られません」
「早く来い!置いていくぞ!」
結局門までくだらないことを話しながら一緒に行ってしまった。なんだか不思議な奴。




