貴祥10歳 桃月-2
「私が表に出るのはそれほど玲を消耗させてしまうの。だからあまり時間が無くて。玲は私の力を溢れさせても体調を崩すから、私も気を付けているけど玲のこと悲しませたりしないで。
嬉しい事や楽しいことは、そこまででもないけどまだはっきり分からないの。できるだけ普通に過ごして欲しいと私たちも思っているのよ。綾は葵のことは好き?」
なぜ凛様がこんなに震えながら自分を抱きしめているかも目の前で話し合われていることも分からないという顔をしていた綾は急に呼ばれて瞬きを沢山するけど、咄嗟のことで答えられないようだ。
僕にもなぜここで葵のことが出てきたのかさっぱり分からない。
「綾も葵もこれから会う友人も玲の大切な友人になると思うの。できたら綾には葵とも友人とも仲良くして欲しいのだけど駄目?」
女神様が直々に綾に葵と遊ぶように言われるとは思わなかったし、玲の友人になるだなんて急な展開について行けてないが、葵がまた来てくれるようになることはすごく嬉しい。
綾は今度は言われたことが分かったのか答えることが出来た。
「葵のことは好きだから仲良く出来ます。今まで遊ばなかったのはお兄様が取られるかと思っちゃっただけなの。本当はずっと遊びたかったの。……知らない女の子は分からないけど仲良くできると思います」
今言わなければもう葵と遊べないかもと思ったのか、恥ずかしそうに胸の内をさらけ出した。
これで葵が綾に会いに来るのが決まったから、葵に僕も会えるようになる!
「嬉しい。玲が目が覚めたら葵と会いに来てね。玲は葵にあったことが無いから綾がちゃんと玲に葵を紹介してね」
「もちろん会いに行きます!」
「楽しみにしているわね。時間も無くなったことだしもう行かないと。忘れていたわ……玲は先見ができるの。私たちが見ることを玲がのぞき見して教えることができるだけなの。だからあまり期待しては駄目よ」
「どういうことか詳しく教えて頂いてもよろしいですか?」
期待するなと言われても、その場にいた誰もが興味が沸いたことを父様が代表するように聞いた。
「残念だけどこれ以上は教えられないの。何が見えるようになるかはどれほど玲が成長できるかで変わってくるから」
「それは玲が普通に成長出来て、行動範囲が増えるほど良いのでしょうか?」
南条が尋ねたが女神様は目を瞑り何もおっしゃらない。先ほどまで普通に話していたのに今は南条に凭れぐったりとして、南条がしっかり抱きしめていないと落ちてしまいそうだ。
「玲?」
南条が片手で玲を抱え軽く体を叩いても返事をすることもなく起きそうにもない。
「貴臣これで失礼する。高城馬車の用意を」
「南条待て。玲様に女神様がいるのなら北条家で過ごしてもらいたい。警備の面にしても北条家の方がいいだろう」
2人が見合い言い合いだすのかと思ったら、南条がそれを嫌がった。
「それはすぐには決められないので、先に玲を寝かせたい」
「分かったとりあえず玲様を寝かせよう。明日以降にでも玲様のことを、北条家に住まわせることも含めて話し合いたい」
「玲だ。貴臣玲に様をつけるな。例え女神様がいらっしゃっても玲を普通の子のように育てたい。玲が落ち着き次第話し合おう。晄帰るぞ」
今日の南条には本当に驚かされる。いつもなら丁寧に話すのに、父様を呼び捨てて父様と対等に話し晄とさっさと帰ってしまった。
父様は部屋の外にいた2人に帰るように言い、ぐずぐす言っているのもお構いなしに追い返してしまう。
いまだに真っ青な顔をしている凛様にお母様が声を掛ける。
「大丈夫。女神様はそれまでにしていたことを披露すればよいとおっしゃられていたじゃない」
「お母様私お受けしてはいけなかったの?」
綾が泣きそうな顔で凛様に尋ねると、凛様は綾をぎゅっと抱きしめた。
「いえ受けてよかったのよ。でも事の重大性に綾が気が付いた時、あなたが重圧につぶれてしまわないか心配なだけ」
「お母様よく分からないわ」
「そうね。綾はただ舞のお稽古を頑張ればいいだけよ」
「舞のお稽古は楽しいから好きよ。どんどん上手くなってお母様のような舞姫になるの!」
「そう。綾は舞が好きなのね。これからは私も時間がある時は綾のお稽古見てあげるから私を追い越す舞姫になってね」
「素敵な舞姫になるわ!」
「それは楽しみだな。綾も貴祥も遅くなったが学院に行きなさい」
大人同士の話をしたいのだろう。僕たちも追い出そうとする。
「僕は今日は休みます。今聞いておかなければ教えてくださらないでしょう?」
「……そうだな。今日は学院に行っても勉強にならないだろう。でも玲様、いや玲のことは決まったことは教えるので今日は家で勉強しなさい。とりあえずは着替えて食堂に移動しよう。流石に朝早くから精神的に疲れた」
確かにスーツではどうしても窮屈だし、ゆっくり紅茶を飲んで一旦落ち着きたい。
皆着替え食堂に移動し、各々で紅茶や珈琲を飲んで落ち着く。
お母様や凛様がいたので綾のことを話し合ったが、分からないことが多すぎて、結論は出なかった。
例え南条がいたとしても何も変わらなかったと思う。唯一決まったことは玲の中に居た女神様は舞の神様の宮比神様だろうと言うことだけだ。
お母様や凛様はここで退席されたので、先ほど疑問に思ったことを父様に聞く。
「先ほどいつもと違って南条がお父様に対等に話されましたがなぜ怒らなかったのですか?」
「南条は俺に仕えているわけではない。北条家と南条家は表裏一体だ。普段は南条が側近として俺を立ててくれているが、実際には対等か南条の方が上なぐらいだ。
今は分からないかもしれないがお前にもそのうち分かる。南条家は頼れる存在だが、それに頼り切り南条家の言いなりに動くようでは北条家の当主としては最低だと思っておくといい」
「それは晄もですか?」
晄はずっと一緒に育ってきたといっていいほど付き合いが深い。知っていることも多く、何を聞いても答えてくれるので本当に頼りにしている。
「晄もだ。晄と別にきちんと情報を得て、両方から得た情報をもとにお前が判断しなければいけない」
「晄だけでも十分に情報を得られると思いますが」
「当然だろう。南条家ほど情報収集できる者たちを俺は知らない。それでもその情報があっているのか、南条家に都合がいい事だけ報告していないかを判断するためにも、また貴祥が違う情報を取れることで情報の正確さが上がる。貴祥だから取れる情報があるようにこれから広げていきなさい」
晄が間違っていないかを判断するためにも自分でも知らなければいけないのか。
今でも晄とは学年が違うので、自分で集めているのでそれを広げていけばいいと思う。できるだけ多方に広げる必要がある。
「後で報告してやるからもう部屋で勉強しなさい。今日一日で話し合いが終わるとは思えない」
綾のことも結論が出なかったのでそう簡単に決められることは少ないのだろう。
僕は大人しく自室で勉強することにした。
後日玲が熱が下がれば北条家に移り住むこととお父様と僕は玲と呼ぶことだけが決められた。
お母様や凛様は先々で舞を教えて頂くようになるだろうこともあって女神様を敬称なしでは呼べないと強固に言ったので綾も敬称を付けて呼ぶことになった。
樹様も南条と同じように出来るだけ普通の子のように育って欲しいと願ったので、晄と同じように接して欲しいと願ったがそれに応えられる自信は僕にもお父様にもなかった。