馨12歳 椿月-1
孤児院に入れられて数日でしかないけどこれほど朝から大騒ぎしていることは無かった。
ここに来てからずっと親切にしてくれる浩紀に何事か聞いてみる。
「朝から皆大騒ぎしているけど、なにがあるの?」
「馨は初めてか。ここの孤児院は真家の方が成績優秀者だったり、なにか得意なことがあってそれが真家の役に立つことなら、それに合わせてよい就職先につけるよう紹介してくれるんだ」
「へぇ、真家の方がそんなことまでしているの?」
浩紀はまるで自分が褒められたかのように嬉しそうに自慢した。
「ほかの孤児院じゃそんなことしてないらしいよ。ここを見ている真家の方は孤児でも優秀なら引き立ててくれるんだ。
真家の家僕や侍女、警備の者とかになれたり、職人とかも大きなお店に就けるのはこの孤児院ぐらいじゃないかな。他の孤児院は就けても庶民の大きな家だったり、職人も小さな店だったりするって」
「素晴らしい人なんだね」
「そうだろ!年に何度か真家の方が来て、なにができるのかを見て廻るんだ。それで認めてもらえれば紹介してもらえるから毎回皆真剣になるんだ。それに今回真家でもずっと上の方の方もいらっしゃるらしい。
先生がこんなに慌てているのを初めて見た。もしかしてすごい所に勤められるかもしれないって、皆今回目の色を変えて自分を売り込もうとしているから、俺も頑張らないと」
それが本当なら皆が真剣になるのも分かる。でも、本当に真家に勤められているのか、勤められていても冷遇されていないのかも確認もできていないうちは近づかない方がいいかもしれない。
僕は残念なことに自分の見た目が整っていることを知っているし、見た目が良いものが最悪の場合どういう扱いを受けるのかを、本好きだった両親が持っていた小説から学んでしまっていたし、実際親族が買い手を探していると話しているのを聞いた。
浩紀から聞いた話ではとてもよくしてくださっているようだが本当なのか分からない。それに、皆が目の色を変えるほどなら、下手に頑張って目立つのは良くない。
「浩紀僕は今回止めておくよ。入ったばかりだし、機会は今回だけじゃないんだろ?」
「そうか?そうだよな。入ったばかりでもし目をかけられたらこれから居心地が悪そうだしな。機会はこれから何度もあるから大丈夫だ!」
あからさまにほっとした浩紀がみんなの元に駆けていく。
皆が少しでも認めてもらえるように、どうすればいいか話し合っているのを横目に、両親も好きでよく読んでいた小説を持って部屋を出る。
成果を見るためなら行かないだろう、この天気でこの時間なら最高の日当たりの普段小さな子たちがいる教室に移動した。ここは玄関も窓から見えるので、真家のずっと上の方が来られた時姿を見ることができるだろう。
案の定そこには誰もおらず、窓際で読書を楽しむことにした。
遠くで聞こえていた話声も聞こえなくなるほど夢中で読んでいた時話しかけられた。
本から顔を上げると、小さなお人形のようにかわいらしい女の子となぜか逃げもせず女の子の腕で抱かれる真っ白な猫がいた。
「ここで一緒に本を読んでもかまわない?」
「お好きな席でどうぞ」
ここには女の子にちょうどいい大きさの椅子が沢山ある。
一目で見て高級だろう洋服を着た女の子は、傍にあった彼女にはまだ少し難しいだろう本を持ち、僕の傍の椅子に腰かけ読み始めた。
真っ白な猫は女の子が手を離しても女の子の側を離れず、彼女が椅子に座ると傍で丸まってお昼寝を始めたように見えた。
普通に本を読んでいるだけなのに絵になる彼女と猫をしばらく見ていたけれど、見つめられると迷惑かと思い自分も読書に戻った。
ただただ2人がめくるページの音だけが響き、日当たりの良さも相まってその静かな時がとても心地よかった。
どれほどそうしていたのか分からないが、女性の声でその心地よい時間も終わってしまった。
「玲様!ここにいらっしゃったんですか。心配しましたよ」
部屋を覗き込む女性に女の子は窘めた。
「佳那読書中よ。もっと小さな声で話さないとご迷惑だわ」
部屋の入口と窓辺で交わされる会話はとても小さな声とは言えず、彼女に迎えが来たことが分かった。彼女の侍女らいい女性は彼女の元に近づきながらなぜか泣きそうだし、女の子は関係なく猫を抱き上げていた。もう一度猫を抱き上げた彼女はかわいらしすぎてまじまじと見てしまった。
見られていることに気が付いた女の子はこちらを見てにこっと笑った。
それは可愛いの一言で片づけられないほどなのに、他に例えることが難しいほどかわいらしく愛らしかった。
「私は玲。あなたのお名前は?」
「玲様!」
侍女らしき女性が止めるのも間に合わず、女の子が僕の傍まで来て名乗った。
「馨。橘薫」
「馨ずっと私の傍に居て」
「もちろん、喜んで玲」
僕は椅子から立ち上がり、玲の傍に膝を付き玲と目を合わせて答えた。
本当なら玲の手を取り答えたかったが、猫を抱いている手を取るわけにはいかない。
「玲様!そんなことを言ってはいけません!」
侍女は玲を自分の体で僕から見えないように隠し、僕を睨みつけながら玲を叱った。
「いや、ぜったい馨には傍に居て欲しいの」
侍女は驚き振り返って玲の顔をまじまじと見た。
「どうしても彼女にいてほしいのですか?」
それはそうだろう。たとえ女性と勘違いをしていたとしても孤児院に居る人間を、大切なお嬢さまの傍に居させたいと思う者はいないだろう。
よく考えると女の子はきっと浩紀が言っていたずっと上の真家の方がお嬢さまだろう。これほどかわいらしく、上質な洋服を着て侍女までいる小さな女の子を僕は身近で知らない。
彼女の望みがどれほどのことか、どれぐらい叶えてもらえるものか分からないが、彼女の傍を離れたくないと思ってしまった。浩紀に聞いた時、確認できるまで会うべきではないと思ったのに、彼女の父親が傍に居ることを許してくれないかと強く思った。
「玲こんなところにいたのか」
警備の者だろう人間たちと彼女の父親だろう男性が部屋に入って来た。
「お父様!馨にずっと傍に居て欲しいの。居てもらってもいいでしょ?」
佳那から離れ、つい手が緩んだのだろう猫が腕から落ちてしまっても気にすることなく父親に駆け寄り、ぼふっと父親にぶつかりながら玲はお願いした。
父親はその場に屈み玲と目を合わせて聞き返した。
「彼女に傍に居て欲しいのかい?」
「そう、ずっと傍に居て欲しい」
「わかった。でもすぐには無理だよ。それでもいいかい?」
「もちろん。でも早く来てくれると嬉しいの」
「そうか、わかった玲の頼みだ早めに叶えるとしよう。今日はもう先に帰りなさい。きっと疲れただろうし、お父様は彼女と話をしないといけないから」
「ありがとうお父様。じゃあもう馨に会えたから帰ります」
「佳那早く帰って休ませて、きっと寝込んでしまうだろうから」
「畏まりました」
「さあ玲様帰りましょう」
「またね馨」
侍女に連れられ玲は玄関へと歩き始め、その後ろを猫がちゃんとついて行く。
たまに玲が猫を見て嬉しそうに笑うのがかわいらしくて、男性がいなければその場にしゃがみこみたくなるのをぐっと堪えていた。




