貴臣34歳 柊月
早めに仕事が終わり、皋もまだいたので酒を飲もうと誘った。
「朱羽は息災にしているのか?葵のこと頼んでいるのだろう」
「えぇ、今は葵のことを恥ずかしくないよう教えると張り切っています。それに玲様が産まれて、舞がお好きな宮比神様が傍にいらっしゃると知って、玲様に早く舞を舞って欲しいと願っていますよ。できることなら玲様のお子や妻となる人に舞を教えたいと華菱を目指し頑張っているようです」
「華菱か。確か今は華杜だったな。朱羽はいち早く華咲から華杜となれたのだろう。ただこれからは競争は激しくなるだろう。皆同じように思うから」
「そうなの。朱羽は先に葵に稽古をつけていたから皆より一歩先に行けているようなのだけど、少しの失敗で葵の先生も外されるだろうから、うかうかできないと必死なの。おかげで私は放っておかれているのよ」
眉をㇵの字にして悲しむ。
「それは寂しいな。最終的には玲が決めるだろうが、それまで先は長い」
「そうね。もう少ししたら余裕も出てくると思うからしばらくの辛抱ね。朱羽は玲様が産まれるのであれば、あなたとの関係を続けさせておけばよかったなんて言うのよ。そうしたらより一層華菱に近かったのにって」
苦笑いをして皋はぼやく。
「俺も武流に言われた。神子様が産まれるのであれば、千年の時が来るのを知っていたのになぜ続けるように言わなかったのかと。好んでではないが嫌ではなかったのに、私の子であればどれほど仕えたかったかと」
あの時は荒れて説得するのに苦労した。
「ふふ、久我さんなら言いそうですね。貴臣様のこととても思っていますから。貴祥のこともとても大切にしていますし。朱羽は私の子ではないけれど綾のことも葵のことも大切にしてくれているのよ。だから余計に玲様がと考えてしまうのだと思うの。
それに私も考えましたもの。貴臣様ならいいと、貴祥が産まれことで母ともなれたし、特に好んでいないことをしなくてもと止めたけれど、あのまま夫婦生活をしていれば我が子として産まれたかもと」
「俺も考えた。皐だから抱けると、皋となら子が欲しいと思えたから結婚したから貴祥が産まれたことで止めてしまったが、続けていればもしかしたらと。でも、しばらくしてからこれでよかったのだとも思った。お互いできるだけで好んでいなかったし、続けていて自分に生まれなかった時南条を恨んでしまいそうだ」
「それはそうですね」
「それに見ていてとても南条のように育てられないと思った。宮比神様が自分の子の中に居るのだぞ。警備の問題と言ったが南条の家でも全く問題ないんだ。それなのにそれが真家のためならばとここに住まわすことを許したし、できるだけ普通の子として育てたいと敬称も付けず本当に普通の親子として接している。
あれは俺にはできん。なんとか名は南条が呼び捨てているので呼び捨てているが。結局どう接すればいいのか悩んでいるうちに距離が出来てしまった。南条はみな物理的な距離が出来てもちゃんと家族だ」
「えぇ、綾は自分が母親をしなければと最初から分かっていたので、母として接し綾も母として接してくれますが、玲様は少しも距離が縮まりませんでした。樹はたまにしか会えないのに母なんです」
「晄もまだ先のこととはいえ、玲が男の子を産めば南条家の次期当主としたいと南条が言っていたことを聞いて自分もそれを望むと。自分に子が産まれなくてもいいし、もし産まれたなら孫同士が対であればいいと思うなんて言うんだ。普通なら自分の子を次期当主としたいと思うだろう」
「まだ結婚もしていませんから実感がないだけかもしれませんが」
「きっと結婚しても変わらないと思う。そんな南条家だからこそ玲が産まれたのだろうし、東条や西条からなぜ北条じゃないのかと疑問が上がらないのだろう」
「陰で言われたりもしていないようですね。朱羽も久我さんからも聞いたことがありませんから」
「最近やっと貴祥が産まれただけで幸せなことだと。玲と同じ時を過ごせることはどれほど誉なことかと思えるようになった。皐お前が久我の幼馴染で、お前と知り合えたこと、そして貴祥が産まれたことを嬉しく思っている。これから契り直しで苦労も多いと思う。これからも北条家当主の妻として頼む」
私は皋の手を握り頼む。
「分かっております。貴祥を当主として、綾を舞姫として育てること。これからの変化に対応していくことは私の大切な役目です。朱羽を含め私のことを大切に思ってくださる貴臣様のためにも役目を果たすつもりです」
飲んでいた酒を飲み干して、皋を残し部屋を後にする。
皋はこれから本宅傍の朱羽のいる別棟に、俺は別棟の執務棟傍にある久我の別棟へと。
皐が武流の幼馴染で、あの時出会わなければ結婚できたのか分からない。当主として跡継ぎが必要なのは分かっていたけれど、出会う女性たちはとても抱けそうになかった。
貴祥が産まれたこと、それだけでも自分にとっては奇跡のようなことだった。それ以上は望むまい。
武流はまだ悔しそうにしているが、その分貴祥に仕えてくれと言えば済む程度のことだ。これからどう変化していくのか楽しみ半分恐ろしさ半分。玲のことを一任された貴祥を支えてやりながら、北条家当主として恥ずかしい事だけはすまい。
皐と少し話すと言っていたので、何を話したのか聞かれるだろう。幼馴染の2人は今でも俺が嫉妬するほど仲がいい。俺から聞かなくても2人で話しているだろうに。
別棟につきドアを開けようとした途端、武流が出迎えた。
「警備も付けず来られるだなんて」
「敷地内だぞ。警備などいらん」
実際には警備がいないのではなく、いつもより離れて付いてきている。
「皐と何を話したのですか?」
「武流も知っていることだろ」
「貴臣から聞きたい」
まだ、ドアが開いているのに武流の声に甘さが加わる。
「しょうがないな。ちゃんと旨い酒はあるのか?」
「それはもちろん」
俺の強がりもドアが閉まるまでのこと。普段とは立場が逆転してしまう瞬間が嫌いじゃない。それは当主を忘れ自分に戻れる瞬間だから。
「さぁ何を話した貴臣」
ドアを閉めた途端武流の声色も変わる。普段では想像できないほど色気を持つ。
「ここでは嫌だ。奥でなら」
「いいよ」
酒が入ったグラスを渡され、歩きながら口にする。
腰に手を回され、耳元で「皐に愛でも囁いた?」と聞く武流に今日も早々に陥落してしまいそうだ。いや、今日こそ少しは耐えてみせる。




