貴祥11歳 杷月
お父様の執務室で南条からの報告書を途中まで読んで、報告書を放り出して口を押えた。
気持ち悪い。対がいるのに違う女性をそれもその女性との子供まで家に入れるだなんて気持ち悪い。なんとか耐えようと思うが、内容を思い出し忌避感が襲ってくる。
「貴祥様もう少し我慢してください」
南条に抱えられるようにして、洗面所に駆け込み食べたものをすべて吐き出してしまった。
執務室に戻り、少し落ち着いた頃お父様が声を掛けてきた。
「大丈夫か?先に葵の状況を説明してから見せるべきだったな。本家では妾を持つことはないし、葵という対がいたお前には忌避感が強すぎたな」
「大丈夫です。聞きます」
忌避感が消えたわけではないが、葵のことならばすべて知っておきたい。
「まず、藤波と妻の織江とは対ではない。真家の結婚でも対と結婚しない場合もある」
「まさか。そんなはずは……」
「対が同性であった場合は対と結婚できない。それは分かるな?」
「対が同性ですか?考えたことがありませんでした。同性では結婚できません」
「そうだ。だからそれを理解してもらった上で結婚する場合がある。もちろん対といて結婚しなかった場合もあるが、真家では継承していくことも大切だと考える。そのためにお互い対も大切にしながら、結婚相手も大切にするものだ」
「それならなぜ?」
「織江には元々主人がいたが、事故で亡くなってしまった。その為織江はなんとか葵を出産したが、日々ぼんやりと過ごすようになっていた。そんな時気が付けば藤波と結婚していることが分かったんだ。
その時から今までずっと織江はぼんやりとしたまま生活している。そんな織江に愛想をつかし他の女に逃げ子供まで出来、生活費に困って家に入れたらしい」
「葵は大丈夫なんですか?」
葵の両親のことは気にならないわけではないが、今は葵のことの方が大事だ。
「幼いころから仲が悪いのが当たり前であったし、葵は義父の藤波から大切にされていないので、父親を奪われたような感覚はなさそうだ。
それに葵はたぶん対を感じていない。許嫁となれたのも綾と仲良くできたからでしかないと思っていない。だからお前のように強く忌避感を覚えていないようだ。幸いなことにと言っていい状況なのかは分からないがな」
「そんな!」
僕がこんなにも感じているのに、葵は分からないだなんて。もしかして玲が以前うまく受け取れないと言っていたことかもしれない。
「葵は家庭環境が悪い為、最悪をいつも考えるんだろうな。お前とのことが嬉しいだけに、もし勘違いなら?違っていったなら?その時はどれほど悲しいか分からない。もしそうなったときに自分が自分でいられなくなるから、そんなはずはないと、綾と友人からだからだと思い込んで感じないように蓋をしてしまっているように思う」
「それなら僕は葵に違うのだとすぐに言います!」
お父様が言ったことが悲しくて、言ってから玲が葵に言ってはいけないと言われたことを思い出した。
「貴祥様。葵様をこじ開けようとしてはいけません。葵様は藤波を出られません。そんなときこじ開けようと乱暴にすれば壊れてしまいますよ。婚約まで時間があります。ゆっくりとしみ込むように葵様に分かっていただかなければいけません」
「しみ込むように……」
玲が言いたかったことはこういうことかもしれない。言ってしまえば対と言うものだから許嫁となったので、私が好きだからじゃないとか思って僕を拒否してしまうのかも。
そうなっては嫌だ。僕は葵がいいのに。葵が扉を閉めてしまわないように、そっと覗いてみて大丈夫だと思って出て来られるように、優しくここは安全な場所だと言ってあげないといけない。
「そうです。難しいですが、まずは綾様がご招待した際毎回お会いして、会えて嬉しいと伝えましょう。そうして話もされ、葵様にも貴祥様と会えて嬉しいとか楽しいとか思ってもらい好かれましょう。もう少し大きくなれば葵様がいいのだと伝えていくのです」
「毎回会って話す。それなら葵が好きそうな話を考えよう。本を貸すのはどうだろう?」
「詳しくは状況を見て相談しながら決めていきましょう。今は葵様の環境をどう整えますか?」
そうだ。どうやったら葵に大丈夫だと思ってもらえるかでいっぱいで忘れていた。
藤波のことで気持ち悪くてよく読んでいなかったけれど、葵の状況が悪くなったとあった。報告書をもう一度よく読んで考える。
「食事は所作の練習だと料理をそうだな北条家からではまずいのか。……東条家からと差し入れることはできる?」
「問題ありません。届けるものに東条家からの使いだと言わせればすむ話です。どれほど届けますか?」
「……そうだな……週に2度ほど。週末には東条家に行くから均等に届くように」
「かしこまりました。洋服はどうされますか?」
「確か北条家と南条家と合同で使用人たちに洋服などの販売会をしていただろ。その時に千佳に買わせよう。その時なら藤波に居る時に合う洋服も販売しているだろう。費用は食事も含め僕の小遣いから出して構わない」
「待て。お前の判断は良いと思うが、費用は北条家から出す。葵のことはお前の許嫁ということと、玲のことを一任されているお前の練習にもなると判断させているが、最終的なことは北条家からだとしておかないと、東条家も藤波も子供は引っ込んでいろと言いだすだろう。きちんと北条家の判断だと分からすためにも、北条家から出すのが筋だ」
まだどうやっても子供な自分に腹が立つ。
「分かりました」
「お前はよくやっている。これからも頑張りなさい。千佳への説明は任せる」
「ありがとうございます」
僕は部屋を後にし、千佳と話せる時間を取れるよう南条に頼んだ。
葵が舞の稽古に行っている時間に千佳を呼びだした。
「販売会ではいつ頃見に来ているんだ?」
「お昼過ぎ、おやつの時間ぐらいです」
それでは遅い。確か以前崎守に聞いた話だと、真家の者に直接仕えている者・勤続年数の長い者の順で早い時間に行けるはずだ。やはり朝の方が良いものがあり、順番はかなり大事だとも聞いた。
佳那は玲付きなので朝早く行けるが、ほかの者がゆっくり楽しむのに比べ玲の体調次第ではゆっくり見られないので、どんな使用人も佳那がみるときは先を譲るらしい。
「千佳朝早くに見に行くように。葵の分は店主にそう告げれば支払いは北条家に回るようにしておくので気にせず見ること。中古の物など買うなよ。南条問題ないな」
「千佳を朝行かせることに問題はありません。ただ朝一は難しいかと。そうですね朝一の者が一通り見た後ぐらいでしたら大丈夫です」
「ではそれで。千佳その時自分のものを見てもいいぞ。費用は流石に出してはやれないが」
「本当ですか!」
真面目に聞いていたはずの千佳の大喜びに驚く。普段の冷静な態度との差が激しすぎる。
昼に行くのとではそんなに違うのだろうか?さっぱり分からない。
千佳は事情を説明してくれた。
「申し訳ありません。やっぱり朝に見られるのでは品数が違うんです。それに品が良くてお手頃なものもすぐに無くなってしまうものですから。だからすごく嬉しくて……」
「そうなのか。まあ、千佳にとってもいいのならよかった。じゃあ葵のを頼んだぞ」
「畏まりました」
初めて見たかもしれない千佳の笑顔で、葵の洋服の件は安心して任せられると思えた。




