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恋とか愛とか結婚とか  作者: 更西東花
第一章
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久我31歳 梅月

 俺は貴祥様に本を渡した後貴臣様の執務室へと取って返した。


「貴祥様に渡してきました」


 忙しく動かしていたペンを置いてこちらを見る。


「貴祥は大丈夫そうか?」


「えぇ、楽しそうにほほ笑んでいらっしゃいました。崎守から聞いたところ葵様は最初忘れていらっしゃいましたが、徐々にお2人のことを思い出されたそうです」


「そうか!それなら良かった。今回上手くいかなければ貴臣はどうなってしまうのかと心配したんだ」


 その心配はよく分かる。


「あまりこちらに来ない私ですら貴祥様が眠れず体調を崩しているところを見かけるほどでしたからね。本人は周りの者に気づかれているとは思ってないようでしたが、綾様でさえ気が付くほどですから心配して当然です」


 朝お見掛けすれば馬車に乗る時に踏み板を踏み外し落ちかけるし、執務室でうたた寝してしまっているのを何度も見かけた。


 真路から体調不良でお休みになられているので病院で見てもらった方がいいとも言われたが、原因は分かっているのでそっとしておいた。


 今日上手くいったようだから、ここ数日で溜まってしまっている勉強もすぐに取り戻されるだろう。


「彰吾はいるのか?」


「一緒にお茶会に出たいと騒いだのを断ったようですが、早々に葵様を迎えに来られるでしょう」


 野心の強い彰吾が執務棟に居るのさえ好ましくないのに、貴臣様達が安心できる居住棟に足を踏み入れて欲しくはない。


「早くに迎えに来たらここに呼んでくれ。貴祥の許嫁として正式に書面にしたい」


「かしこまりました」


 俺は家僕に彰吾がくればここに連れてくるように伝え貴臣様の仕事に戻る。


 心配事が一つ消えた貴臣様はどんどん仕事を片付けてくれる。ずっとこのまま仕事を片付けてくれると助かるが、多分数日のことだろう。


 黙々と仕事を片付けているとノックの音がして家僕が彰吾を連れてきた。


「お呼びと伺いました」


 彰吾は仕事をしている貴臣様に近づこうとするが、執務机から離れた席を勧める。


 一瞬眉間にしわが寄るが、何事も無かったように勧められた席に座る。


 貴臣様の家僕の富澤とみざわがすかさず珈琲を出す。


「綾と葵のお茶会も無事に再開したことだし、葵を正式に貴祥の許嫁としたい。以前から話してあったので問題ないだろう。この書面に署名してくれ」


「大変ありがたいお話です。これでよろしいでしょうか」


 彰吾はさらさらと所定の場所に署名する。


「あぁ問題ない。せっかく幼い時に許嫁となったのだ。千佳も付けているが北条家の妻となる葵の教育のことは東条家でもきちんとして欲しい。葵は年の割に小柄だ。きちんと年相応に食べさせているのか?」


 彰吾は舌打ちしそうになるのを堪え作り笑いで答える。


「葵はどうも成長が遅いようです。これから気を付けます。もちろん舞は習わせるつもりです。葵にも伝えていますし、先生も探している所です」


「それは当然のことだろう。舞の先生はこちらで指定する。すでに先生には打診しており受けてもらえることになっている」


「指定されるのですか?」


 今の時点で探しているのでは遅すぎるし、指定されるのを嫌がる様子は華杜でも下の階級で少しでも安く済ませるつもりだったとしか思えない。


「舞姫の代理もする北条家の妻となる人間が習うのだ。それなりの人間に教わるのは当然だろう。不服なら差額はこちらで持つ。あと礼儀作法も勉強の方も先生をちゃんとつけるように」


「礼儀作法も勉強も千桜にさせるつもりです。葵は女ですからそこまでの成績も必要が無いでしょう。千桜が教えるので十分だと思います」


 千桜は本家では最低限の成績しか取れていなかったし、彰啓の世話で忙しい時期でどうやって葵に教えるつもりだったんだ。どうやっても子に手を取られて葵に構っている暇など無いだろうに。


「千桜は彰啓に手がかかる時期だろう。どうやって葵に教えるつもりなんだ?」


 成長してくれば次期当主として鍛えなければと思うのか、貴祥様の教育に興味を示すようになったが、赤ん坊の時にはそこまで育児をしていない貴臣様でもすぐに分かることなのになぜ分かろうとはしない。女がどれほど苦労しているかも、男のように争いがあるのかさえも気にしたことが無いのだろう。


「子はすぐに大きくなりますし、子育ての間に教える時間ぐらいあるでしょう。侍女もいるのですから」


 彰吾には葵様の教育を期待するのを止めよう。貴臣様も同じ思いなようだ。


「礼儀作法も勉強もこちらから先生を付け、先生たちから葵の進捗状況を聞くので追い返したりせずきちんと授業を受けさせるように。安心しろ費用はこちらで持つ」


「それは助かりますがよろしいのですか?」


 ほらな。女の教育など全く関心が無いのだ。北条家が必要だと言っていることを、必要だと思わないからと無関心でいられることに感心さえする。


対が存在する真家でいくら幼いとはいえ、貴祥様が葵様を手放すはずがない。今の時点で北条家に嫁するのが確定しているといってもいい。少しでも東条家の評価を上げるために葵の教育をすると思えないところが恐ろしい。1人の女が国を滅ぼしたことも、救ったことさえあるのにここまでとは。


 東条家は前々からそんな感じではあったが、特に女を飾りにしか思っていなかった祖父の影響がいまだに続いているようだ。見た目だけ最高の女を娶ったと自慢し、女たちから蔑ろにされていた祖母。夫となる祖父も子の父親も女がどれほど恐ろしいのか考えたこともないのだろう。祖母も男にちやほやされれば満足していたのだからそれもしょうがないのかもしれない。


 俺が睨みつけているのに気が付いた彰吾はいい訳をし始めた。


「いえ、舞のお稽古のは東条家ですべて出すつもりですよ。でも勉強の方などは千桜が教えるつもりでしたので……」


「葵は東条を名乗っているのだから織江が夫を亡くした時に子は引き取るつもりがあったのだろう。貴臣様は自分の子のようにとは言わないがせめて東条家として恥ずかしくないように育てろと言っているだけだが」


「真家では女も高等部にまで進みますが、本家として最低限の成績さえあれば十分だと思っています。それ以上に北条様が求めるのでしたらどうぞとしか言いようがありません」


 南条様に頼んで彰吾のことを周囲に広げてもらおう。そうしないと葵様が素晴らしい女性に育った時自分の手柄にしそうだ。


 しかしなぜこれほど強気でいられるのだろう。幼いからまだ心変わりをする可能性があると思って費用を掛けたくないのか。


それとも北条家などたいしたことは無いと、東条家の利益をそこに見出さず自分の子だけに金を掛けたいのか。いや、両方ともそう思っているから葵様に少しでもお金を掛けたくないのだろう。


「分かった葵の教育のすべてをこちらでする。当然舞の費用もこちらで持つ。お前は時間に葵にきちんと習わせてくれればそれでいい。葵がそろそろお茶会が終わってこちらに来るだろう。もう迎えに行け」


 貴臣様も彰吾と話しているのが嫌になったのだろう。迎えを口実に出て行くように言う。


「葵が泣いてもいけませんのでこれで失礼します。葵のことよろしくお願いします」


 彰吾はこれ以上いろいろ言われたくないとばかりにそそくさと部屋を後にする。


「久我、南条に葵の教育のすべてを北条家ですることになったと報告を。あと東条家は潰すと面倒だと言っていたが、ギリギリ本家に留める程度に追い詰めろと」


「畏まりました」


 東条家のことは南条に丸投げしよう。そういうことは南条の方が得意としている。


 北条家で教育するとなれば一切の手加減をするつもりはない。美しいのは当然でそれ以上のことをしてもらう。


 葵様は今でも可愛らしい女の子で成長すればさぞかし美しい女性となるだろうと思う。でも、その美しさだけでは本家ではやっていけない。


美しさなら本家の嫁となることが多い分家でさえある程度以上の女性しかいない。それが本家となれば今の本家の方々を見ても美男美女ばかりで、あとは好みの差でしかなく、その中で美しさを誇ったところで何にもなりはしない。持っていて当然でそれ以外で何があるかを求められるのだから。


 成績でなくても誰にも負けない知識があるものがあったり、聞き上手で相談しやすいであるとか、広い人脈でもいいなにかだ。


 最低でも女しか集まらない場所で当然できるだろうことを頼んでいるのに甘えた声で「そんな難しいことは出来ない」と言ったり、同性の対がいる方に「女とばかりいるから男性に好かれないのよ」とか愚かなことを言ったりしない人間だ。


 貴祥様が対と言った女の子がこれからどんな女性と成長するのが楽しみだ。きっと俺が驚くような女性になるに違いない。


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