葵5歳 梅月-4
あの日はそうだ彰吾さんが家に来てお母様と何か言い合いをしていた。
「生活費を出してやっているのだから葵を連れてきなさい」
「葵をどうするつもりですか?葵をどこかにやるつもりなら生活費などいりません!」
「北条家の娘の話し相手を探していると聞いたんだ。葵は年が近いから会わせたい。葵を好事家に売ったりしないからさっさと葵を連れてきなさい」
「本当に北条家に連れて行くだけなんですね?」
「あぁ、綾様北条家の娘の話し相手になれれば北条家との繋がりも深くなるし、何かいい情報を聞いてくるかもしれない。それだけだ」
「分かりました。葵にも友人が出来ることは悪くないですから葵を連れてきます」
お母様に隠れているように言われたけれど、こっそり部屋から出て聞いていたが、話していることは全然わからなかった。それでもお母様と離されてどこかに連れて行かれてしまうことだけは分かって、私を抱き上げ連れて行く男の人が怖かった。
連れて行かれたところにもたくさんの男の人と女の人がいて、お母様と離れて誰かに連れ去られるのかと思ったら、同じぐらいの子たちと話していてよかったのでほっとした。
子供同士で話すことは楽しかったし、美味しい物も食べたし沢山の綺麗なものを見られた。
顔を上げて貴祥様や綾を見る。
2人共私を見て何か言わないか待っているようだった。
「あの、もしかしてお2人に会うのは初めてじゃないのですか?そういえば彰吾さんも忘れているって言っていましたし……」
その言葉を待っていたかのように2人は立ち上がり私の方に駆け寄る。
「思い出してくれたの、嬉しい。私がわがまま言って会えなかったけど、本当はずっとこうやって会って話がしたかったの」
綾は私を抱きしめてぴょんぴょん飛ぶようにして喜ぶ。
貴祥様は私の頭をなでなでして「思い出してくれたのか。ずっと会えるのを楽しみにしていたんだ」と、そして私の頭を一度ぎゅっと抱きしめ離れた。
お2人のことを忘れてしまうだなんて!小さかったとはいえなんていうことを。
「ごめんなさい忘れてしまっていて」
「葵は小さかったのだからしょうがないよ。こうやって思い出してくれただけで十分」
貴祥様が笑顔で言ってくださって、綾も涙をにじませながら頷いている。
こんなに喜んでもらえるなら、本当にお2人のことを思い出せてよかった。
それからはもう一度同じ席に座り直し自己紹介をし直した。
私は東条葵だが彰吾さんの妹の子で別に住んでいることをお話しした。
これからも彰吾さんは送り迎えをしそうな雰囲気だったので、お父様と呼ばず彰吾さんと呼んでいることはすぐに知られてしまうだろうからだ。
でも、藤波で着る物も食べる物もギリギリなことは話さなかった。綺麗な着物やお洋服を着て過ごされている2人に嫌われたくない。
貴祥様はもう真路へ通われていて10歳、綾は来年から真路に通う6歳。貴祥様は東条家次期当主、綾は次期舞姫。
「私は舞のお稽古を始めたので楽しいけど忙しくなっていくの」
「私も彰吾さんに舞を習うように言われました。今度先生に会わせてくださるって」
「同じ先生から教えてもらえるといいわね」
綾と同じ先生なら同じ時に教えてもらえることができるかもしれない。嬉しくなったのに貴祥様の言葉ですぐにそれが出来ないことが分かった。
「綾は舞姫だから華菱が教えているはずだ。葵はたぶん華杜が教えるから先生は違うと思うよ」
「お兄様どう違うのですか?」
「簡単に言うと華菱は先生の先生というところかな。教えるのは先生方や舞姫、後は北条家の婚約者や妻だけ。華杜は真家の者に舞を教えてくれる。末家や庶民には華咲が教えることになる。華杜や華咲にも階級があって階級の良いものが華杜なら本家の者を教えることができる」
「先生にもいろいろあるのね」
同じ先生がよかった。それなら先に始めた綾の方が上手いのは決まっているけれど、目指すところが分かって頑張れる気がしたのに。
明らかにがっかりして真面目にしないように見えたのだろう、貴祥様が真面目な顔をして私を見る。
「葵は東条を名乗っているから豊穣祭の時綾の前に舞台で舞を舞うことになるよ。葵のすぐ後に綾が舞うからあまりにも見劣りするようなら葵が恥ずかしい思いをするよ。綾は次期舞姫だ。舞を綺麗に舞って当然だと思われている。綾もそれに答えて頑張るだろう。葵も頑張らないと後でいろいろ言われるよ。それに僕は葵が舞を綾のように美しく舞うところを見たいな」
私が舞台で舞う?そんなこと彰吾さんは一言も言わなかった。
「葵知らなかったの?まぁ舞台で舞うのは10歳になってからになるからまだ先だから教えてもらえていないのかもしれないわね。真家の者は末家でも舞を習い豊穣祭の時に舞台に上がって舞えるのを楽しみにしているのですって。綺麗に舞えなければ舞台に上がれないから末家でも真面目に習うそうなの。お兄様が言う通りならよい先生について教えてもらって分家や末家に負けるようでは恥ずかしいから頑張らないとね」
綾がそう言って頑張るように言われたのだろう。言われたままを私に言ったのだろうけど、確かに良い先生につけるのにそれよりも下手なら恥ずかしいかも。
「教えてくださってありがとうございます。私頑張ります」
「毎回は無理でも年に1度ぐらい葵と一緒にお稽古できないか先生に聞いてみるわ。それぐらいなら東条家だし許してもらえるかも」
「綾いい案だ。それは僕からも先生方にお願いしてみよう」
貴祥様がその案にすぐに乗りお願いするとは思わなかった。
「綾とお稽古できるのはすごく嬉しいですけど、貴祥様にご迷惑をお掛けしてしまうのは申し訳ないです」
先ほどと顔は変わらないのになんだかまた怖いんですけど。
「葵僕は葵が綾ほどでなくても綺麗に舞って欲しいと思っているんだ。その為に先生にお願いすることは迷惑な訳がない」
「はい、よろしくお願いします」
私はすぐにお願いした。それ以外にどう言えばいいのか分からなかった。貴祥様がにこっと微笑んだので合っていたとホッとした。
「綾も葵も舞台で綺麗に舞う姿を楽しみにしているね。葵が思い出したことだし、昔話と沢山話したいことがあるだろう。僕は先ほどの場所で本を読んでいるから時間まで沢山話したらいいよ」
貴祥様は先ほどの場所に移動して読書を再開された。
「葵ほかに思い出したことは?このレース凄く気に入ったのに要らないと言い張ったのは思い出した?」
薄い空色の小花のレースは可愛らしく、あの時もよほど気に入ったのか一番に思い出した。
「これは今日来てくれて思い出してくれたお礼に差し上げます。今日のお着物に合わないけど、葵の髪につけたらとても似合うと思うわ。唯つけてあげて」
「はい。葵様失礼します」
綾と唯さんは私に断る暇も与えず髪にレースを着けてくれた。
「こちらで見てみてください」
髪につけくれたあと唯さんが鏡を私の前に持ってきてくれる。
鏡を覗き込んだ私は肩までしかないふわっとした髪に薄い空色のレースが綺麗に見えて、綾のことも忘れ見入ってしまった。
「うん、やっぱり今日のお着物には合っていないけど、葵にはよく似合っているわ」
桃色なら合ったかもしれないけど、明るい赤なのでなんだか違う。でも顔だけ見たら似合っていると自分でも思う。
駄目だ。もう自分の物にしたくてしょうがない。綾にやっぱり返して欲しいと言われたらもちろん返すけど、思い出して泣いてしまうかもしれない。
「これだけ似合ったらもう葵の物ね。今度それに合うお着物かお洋服を着て見せてね」
にこにことしている綾を見て、本当にこのレースをくださるのだと分かった。
「はい、今度お会いできるときに合わせます。ありがとうございます」
綾はこのレースには同じような色か、同じように薄い色なら合うと教えてくれて、毎回ではないけどよく髪につけて綾に会いに行った。年齢的に難しくなった時には綺麗に洗い、宝物箱に入れてたまに開けて見て。綾との繋がりをそこに見て慰められた。




