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幸福を噛みしめる

作者: 佐藤海月丸

 日曜日は何だかうれしい。そう思うのはきっと私だけじゃないと思う。怒涛の一週間が終わり、二回目の休日。土曜日は一週間の疲れを癒すのに一日寝てしまう事が多い。だからこそもう一日の休日は精一杯楽しもうと思うのだ。


 パンが食べたいな。午前七時に自然と目が覚めた私の朝一番の思考がそれだった。バターが香ばしいパンが食べたい。ウインナーが乗ったものとか、ナッツが練りこまれたものとか。何でもいいから、とにかくパンが食べたかった。

 浮足立ちながら身支度を整える。別に予定が決まっているわけではないのだから、鼻歌混じりに着替えも化粧も自分のペースでこなしていく。毎日やっている事なのに、常に気持ちが沈んでいる平日の朝とは大違いなのが不思議だった。


 ある程度出かける準備を終えたところでふと思い出す。そういえば近所にパン屋はあっただろうか。ご飯派の私は普段あまりパンを買う事が無い。会社の昼休みだって、お弁当を作っていくか近くのコンビニでおにぎりを買うだけ。だから近所にパン屋なんてあったかなんてよく覚えていないのだ。ところでいつだったか「ツナマヨおにぎりがよく似合う顔だね」と同僚に言われたのは未だに納得がいっていないけれど。

 ベッドの脇に置いてあったスマホを付け、グーグルマップを開く。一瞬真っ黒な画面に反射した私の顔がいつも以上によく出来ていて気分が良くなる。指をなぞらせ調べていくと、どうやら十五分程歩いた所にあるらしい。それもつい最近できたばかりのお店のようだ。これは行かねばなるまい。そう決心し、すぐに家を出た。


 街中を歩き、様々な音に囲まれる中で私は日曜日を実感する。子供や犬の声がどこかから聞こえ、小鳥のさえずりが心地いい。いつもは頭が痛くなる電車の音でさえ、今は日曜日を形成するBGMだった。

 パン屋にはすぐに着いた。ドアを開けると同時、ベルの音が頭上から聞こえる。店内には何かの音楽が流れていたが、音楽に疎い私にはそれがジャズなんだかクラシックなんだかよく分からなかった。適当にリズムに乗りながらパンを見ていく。カレーパン、クロワッサン、あんパン。あれもいい、これもいいと目移りした。気になったもの全部食べてしまいたい気持ちになる。とはいえそんなに多く食べられる自信もない。深夜テンションと日曜日のテンションには気を付けなければならない事を、私は過去の失敗から学んでいるのだ。

 普段パンを食べない為好きなパンがあるはずもなく、またどのパンが美味しいのかもよく分からない。勿論全部おいしいのだろうけど、自分の好みに合うのかは分からなかった。さてどれにしようかと悩んでいると、店員さんが目に入った。どうやら今焼きあがったパンを持ってきたらしい。その時ふと、店員さんに聞けばよいのではないかと考えが浮かんだ。普段人見知りばかりして会社でも怒られてはいるが、今の私は無敵な気がする。何といったって、今日は日曜日なのだから。

 店員さんがこちらに来たタイミングを見て「すみません」と声をかける。店員さんがこちらを向いた。よし、いけるぞ。


「ああの、おしゅすめのパンてありますか」


 やってしまった。めちゃくちゃ噛んだ。何なら少しどもっていたような気もする。店員さんがふふっと笑うのと同時に、顔が熱くなる。何が「今日は日曜日なのだから」だ。何も学んでいないじゃないか。顔を真っ赤にする不審者を気にする様子もなく、店員さんは「こちらはどうでしょう?」と教えてくれる。


「今焼けたばかりのパンなんです。クルミとベリーが練りこまれていて、とてもおいしいですよ。当店イチオシのパンです」


 今焼けたばかりだというそれは、確かに他のパンに比べて一段とおいしそうに見えた。イチゴを始めとしてベリーは私の大好物だ。もはやこれを選ばない理由は無かった。


「じゃあこれと……あとこれにしようかな」

「ツナオニオンブレッドですね。何だかお客様にお似合いですよ」


 それではお会計に行きましょうか。そう背を向けた店員さんを見ながらいつかの同僚を思い出す。どうやら私はツナが似合う女らしい。

 会計を済ませ、店を出る。家に帰ってから食べてもよかったが、何だか外で食べたい気分だった。そういえばここに来る途中に公園があったっけ。そう思いだした私は、パンの入った紙袋を胸に抱えた。


 公園には親子連れがたくさんいた。なかなか大きい公園らしく、ピクニックのようにお弁当を食べている人たちもいた。ここでも日曜日を実感する。よく晴れた空の下で元気に遊ぶ子供らと、それを一歩引いて見守っている親たち。何とも穏やかで心地よい喧騒だった。

 とはいえこれだけ人がいればベンチは空いていないだろうか。一瞬不安がよぎったが、幸いにも一つだけ空いていたようだった。ベンチに腰掛け紙袋を開けると、小麦の香りが一気に広がった。なんて幸せな香りなのだろう。思わず目をつむり悦に入る。

 存分に香りを堪能してから、まずはクルミとベリーのパンを食べてみる。うん、とてもおいしい。クルミの食感とベリーの甘酸っぱさがとても良い。「幸せを噛みしめる」とはこういうことを言うんだなと実感した。


 あっという間に一つ目を食べ終え、二つ目のパンを手に取る。私によく似合うというツナを味わいながら、これからどうしようかと考える。幸せな朝を迎えた私にとって今日は既に最高の日曜日だった。もう何をしても私にとって良いように回るような気がする。とりあえず散歩でもしてのんびり考えようか。私は最後の一口を噛みしめ、公園を後にした。

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