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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第5章:「ヴィルヘルム」

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第96話:「キャンディ:1」

第96話:「キャンディ:1」


 ヴィルヘルムのその行動を見た瞬間、ルーシェはビクッと身体を震わせ、それから、きつく両目を閉じてヴィルヘルムから顔をそむけた。


 外からは、ポケットになにが入っているのかはわからない。

 だからルーシェは、そこから出てくるのはきっと、ナイフかなにかで、自分はこれから酷い目にわされるのだと思ったのだ。


 怖くて、とても目を開けていられなかった。


「怖がらないで。大丈夫。ここには、貴方を傷つけるような物も、人間もいませんよ」


 だが、咄嗟とっささえぎることのできなかった聴覚を通して、ヴィルヘルムの優しそうな声がルーシェに届く。


 そして、2人の間には沈黙が生まれる。

 ルーシェは相変わらず恐ろしくて声もあげられない状態で、ヴィルヘルムは、そんなルーシェを立ち直らせる言葉が見つからないのか、あるいは、ルーシェの気持ちが落ち着くのを気長に待つつもりなのか。

 2人ともなにも言葉を発しない時間が過ぎていく。


 時間が過ぎていくと、さすがにルーシェも少しだけ冷静になってきた。

 もちろん、まだ怖くてしかたがなかったが、もしかしたら本当にヴィルヘルムはなにもしないのではないだろうかと思えてきて、ルーシェはゆっくりと、慎重に、閉じていたまぶたを開いた。


 すると、目の前には、ルーシェと視線をなるべく合わせるためにしゃがみこんだヴィルヘルムの姿があった。

 そして彼は、ルーシェに向かって手の平を差し出している。


 ヴィルヘルムの手には、ルーシェが見たことのないものが5つ、乗っていた。


「なに……? これ……? 」


 ルーシェは、何度かまばたきをくり返しながら、半ば呆然としながらそのヴィルヘルムの手の上にあるものを眺める。

 最初はまばたきによってルーシェの目から涙がこぼれていったが、徐々に涙がこぼれなくなっていく。


 ヴィルヘルムの手の中にあったのは、丸い形をしたものが、美しく染色された包み紙で包まれたものだった。


 ルーシェは、エドゥアルドから青いリボンをプレゼントしてもらった日のことを思い出していた。

 あの時訪れたお店には、色とりどり、たくさんの色に染められたリボンが置いてあって、生まれて初めてリボンを選ぶということをしたルーシェは、何度も迷って、なかなか決められなかったほどだった。


 その、なにか丸いものを包んでいる紙は、リボンとは材質も質感も違っていたが、それでも鮮やかな、きれいな色で染められており、ルーシェにとってはリボンと同じくらい、きれいに思えたのだ。


「これは、キャンディというものです。食べ物ですよ」


 じっと手の平を見つめているルーシェの様子から、ルーシェがそれをなになのかを知らないのだと察したヴィルヘルムはそう言うと、5つあるキャンディのうちの1つを手に取り、片手で器用に包み紙を解いてみせる。


「バターキャンディです。わたくしは、これが大好きなんです」


 包み紙の中から出てきたのは、茶色い塊だった。

 ルーシェはこれまでそんなものを見たことはなかったし、包み紙と違って地味な色合いだったが、こちらはこちらで、なんだか透明感があって光沢もあり、表面はなめらかに整っていて、派手さはないけどきれいなものだとルーシェは思った。


 その茶色い塊を、ヴィルヘルムはひょい、と自身の口へと放り込む。


「うぅん、美味しい。甘くて、濃厚です」


 そしてヴィルヘルムは、バターキャンディを自身の口の中で転がし、表情をほころばせる。

 それはとても、演技には見えない表情だった。


「これを、あなたに差し上げます。……だから、ほら、泣き止んでください。ね? 」


 ヴィルヘルムはそう言うと、優しそうな視線でルーシェを見つめ、残った4つのキャンディをルーシェへと差し出してくる。


 どうやら、本当に食べ物であるらしい。

 ルーシェはそう理解できたし、ヴィルヘルムが本当に美味しそうに食べているので興味も出てきたのだが、キャンディに手をのばせずにいた。


 ヴィルヘルムは優しそうな様子を見せているが、これはすべてルーシェをだますための罠で、ルーシェがキャンディを手に取った瞬間……、という想像が、ルーシェの頭の中に生まれてきてしまったからだ。

 ルーシェがキャンディに手をのばすと、なにをされる、という具体的な想像はまったく思い浮かんでは来なかったが、スラム街でつちかった警戒心が、ルーシェにキャンディに手を出すことを思いとどまらせていた。


 そんなルーシェの、興味はあるけど、踏ん切りがつかない、という態度を敏感に察したのか、ヴィルヘルムは4つ残っていたキャンディの1つを手に取って包み紙を取り払い、ルーシェの口元に差し出してくる。


「はい、あーん」


 ヴィルヘルムはそう言うが、ルーシェは素直に口を開いたりはしなかった。

 なんだか、段々と(実はこの人、いい人なのでは……? )説がルーシェの中で大きくなり始めてはいたのだが、初対面の相手だし、ルーシェがスラム街で生き延びるために身に着けてきた警戒心は強固なもので、簡単には崩れない。


 だが、そんなルーシェの口の中に、ヴィルヘルムはキャンディを押し込んだ。


「むぐっ!? むむむっ!? 」


 それがれっきとした食べ物ではあるとはいえ、無理やり、それも初対面の男の人に口の中に押し込まれるという暴挙に、ルーシェは羞恥しゅうちと怒りを覚える。


 だが、キャンディがルーシェの口の中で、その舌に触れた瞬間。

 怖いのも、警戒心も、羞恥心も、怒りも、きれいさっぱり吹き飛んでしまった。


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