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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第5章:「ヴィルヘルム」

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第92話:「家庭教師:1」

第92話:「家庭教師:1」


「家庭教師、だと? 」

「はい。左様でございます」


 エドゥアルドが参加して実施された演習から、数日後。

 ノルトハーフェン公国の摂政、エーアリヒ準伯爵の使者として再びシュペルリング・ヴィラを訪れていたコンラートは、エーアリヒからの言伝を聞くなりあからさまに不快そうな表情を見せたエドゥアルドの前で、涼しそうな顔でうなずいていた。


 2人は、以前と同じように応接用のソファに座り、コーヒーセットと簡単なお茶菓子の置かれたテーブルを挟んで、向かい合った状態で話し合っている。

 冷え込みの厳しい日で、応接室の暖炉には火がつけられ、パチパチとまきが爆ぜる音を立てながら、暖かな炎が燃えていて、部屋の中は上着がいらないほどに暖かい。


「殿下は以前、今は亡き先代様のお選びになった家庭教師の下で勉学に励んでおられましたが、その者は先代様と共に亡くなられ、以来、殿下はおそばにまともな教育者を置いておりませぬ。これは、将来、ノルトハーフェン公国を率いられる殿下にとって、良きこととは思えぬと、我が主は申しておりまする」


 いかにもかしこまっているような態度で、ぬけぬけと口上を述べるコンラートの姿を、エドゥアルドは疑いの気持ちを隠そうともしない視線で見つめていた。


 [また、どの面下げて……]というのが、エドゥアルドの第一印象だ。


 暗殺者を斬り捨てざるを得なかったせいで、エドゥアルドはまたもや陰謀の決定的な証拠を得ることができなかったが、その背後にフェヒターが、そしてエーアリヒがいることは、エドゥアルドにとって明らかなことだった。

 一度ならずも二度までも、エドゥアルドの命を狙うようなマネをしておいて、今さらエドゥアルドの周囲に得体も知れない人物を近づけようなどと、あまりにも虫が良すぎる話だった。


「断る。……今さら、別の教師からなにかを学ぼうとは思わぬ」


 だから、エドゥアルドははっきりと、エーアリヒからの[新しい家庭教師をつけたい]という要請を突っぱねた。


(そうだ、そうだ! )


 ビシッと断りの言葉を告げたエドゥアルドのことを、コンラートに出すためのコーヒーを持って来て、そのままなにか用を言いつけられれば対応できるようにその場に残っていたルーシェは、内心で拍手喝采していた。


 このコンラートはエーアリヒと共に怪しげな密会を行っていた人物で、ルーシェははっきりと[敵]認定を行っている。

 そんな人間が言ってくることなのだから、ルーシェからすれば断るのが当然で、そうした方が絶対にいいに決まっているとしか思えない。


 それに、エドゥアルドの毅然きぜんとした態度を見ると、ルーシェはなんだか胸の内がキュッとして、なぜだか嬉しいような気持になるのだ。


 コンラートは、平然としていた。

 なんの躊躇ちゅうちょもなくエーアリヒからの要請を断られたのに、少しも焦っていない様子だった。


 ただ、コンラートは、エドゥアルドの言葉にすぐには反応を見せなかった。

 黙って平然とした態度のまま、ルーシェが持って来たコーヒーカップを手に取り、そこにつがれた湯気の立つコーヒーを、じっくりと味わうように飲む。


 ルーシェは、内心で(舌を火傷してしまえばいいんです! )と呪ったが、コンラートは残念ながらピクリとも表情を動かさず、ノーダメージであるようだった。


 それも、当然だ。

 なぜなら、ルーシェは熱湯でいれたコーヒーをコンラートに出してやろうと思い、実際に熱湯を準備までしたものの、直前になって[エドゥアルドも口にするかもしれない]という可能性に思い至り、慌てて自分でフーフーと吹き冷まして適温にしてからいれたコーヒーを出しているからだ。


「いけませんなぁ、殿下。そんなことでは、まったく、いけませんな」


 やがてカップをソーサーに戻したコンラートは、[やれやれ、まったく、しかたのない若造だ]と呆れた様子を隠そうともせず、首を左右に振りながら言った。


「公爵であるこの僕が、今さら新しい家庭教師など不要だと、そう言っているのだ」


 そんなコンラートのことを、エドゥアルドは不快そうに、じろりと睨みつけながら言う。


「いったい、なにが問題だというのだ? ……貴殿は、エーアリヒ準伯爵の信任も厚く、また僕にはない経験をお持ちだ。ぜひ、その見識を聞きたいところだが」

「それでは、僭越せんえつながら」


 エドゥアルドから「言いたいことがあるなら、言ってみろ」と言われると、コンラートは一瞬不敵な視線をエドゥアルドに送った後、コホンと咳払いをしてから、うやうやしい態度を作りながら言う。


「殿下は、よくご研鑽けんさんされているものと、わたくしも我が主も存じあげております。

しかしながら、それは殿下お一人でなされていること。


 我が主が常々申しておることでございますが、「どんなに優秀な人物であっても、ただ1人だけで大事をなすことはできぬ」とのことでございます。

 これは、特に一国を動かすとなると、ただ1人の人間だけでは手が足りぬということもございますが、なにより大きいのは、1人だけで考えていると見識が偏り、大局を見誤るからでございます。


 故に、いにしえの名君と呼ばれる方々は、自ら人材を求め、様々な主義主張、性格の者を召し抱え、その者らを用いて自らの不見識を補い、大局を誤らずに統治したのでございます。

 すなわち、人材を求め、自在に使いこなし、自らの欠点を補い、長所をますますのばすのが、名君たる者の器量でございます。


 しかるに、殿下は、まだお若く、経験も足りぬことを自覚しておいでになりながら、おん自らそのご見識を広めることを拒否していらっしゃる。


 わたくしのような下賎げせんな使用人が申し上げてよいことではないかもしれませぬが、殿下のお言葉に甘えさせていただいて申し上げますと、危惧きぐせざるを得ないことであると、わたくしは考えまする」


(なにを、わかったふうに。偉そうに! )


 ルーシェは、コンラートからは自分の方が見えていないのをいいことに、思い切り舌を出していた。


 ルーシェは、エドゥアルドがいつも、本当に必死に努力している姿を間近で見ているのだ。


 エドゥアルドは毎日森の中で武芸の鍛錬に励み、最近では演習で未熟さを思い知った銃剣術の鍛錬も行っている。

 それだけではなく、演習から後も、兵士たちに混じって訓練を行っているのだ。


 加えて、エドゥアルドはいつも、本を読んでいる。

 文字があまり読めないルーシェにはまるで内容がわからなかったが、どの本も分厚く、エドゥアルドが熱心に、真剣に知識を身につけようとしていることははっきりとルーシェにも伝わってくる。


 だから、コンラートが、なんだかそれっぽいことを言っていようと、そんな要求は突っぱねてしまえばいい。


「……わかった」


 だが、エドゥアルドはルーシェの期待に反して、あっさりとうなずいてしまい、ルーシェは思わず「えっ!? 」と声をらして、慌てて自身の口元を手で覆い隠さねばならなかった。


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