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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第5章:「ヴィルヘルム」

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第89話:「酒場:1」

第89話:「酒場:1」


 ごろつきたちを従えたフェヒターが向かったのは、ポリティークシュタットの城下にある酒場だった。


 かつて、公国全体を統治するのに都合の良い場所を選んで意図的に建設された都市であるポリティークシュタットは、公爵の城館であるヴァイスシュネーが立つ丘をもっとも標高の高い地点とし、その周囲をぐるりと城壁と堀で囲むという構造を持つ。

 公国の中の交通の要衝で、三方に向かって街道がのびており、北に行けばシュペルリング・ヴィラや港湾都市ノルトハーフェン、東に行けばノルトハーフェン公爵家と同じ被選帝侯であるオストヴィーゼ公爵家の治めるオストヴィーゼ公爵、南にいけば帝国各地へと至る。


 ヴァイスシュネーのたもとには、ノルトハーフェン公国に仕える貴族たちの居館が建ち並び、その周囲に広がる城下町は限られた土地を有効活用するためにみな数階建てで、城壁の内側だけで5万人以上の人々が暮らしている。

 しかし、時代がすすみ、農業生産力の向上による公国全体での人口増加、そして産業化の進展による労働者の都市部への集中などによってポリティークシュタットの総人口は現在、20万人以上もあり、その市街地の大部分は城壁と堀の外に拡大している。


 その酒場も、城門を超えた先にある。

 旅人などのための宿屋を兼ねた店で、1階は酒場兼レストラン、2階と3階は宿泊客用の部屋となっているが、夜にはいかがわしい商売もやっていて、地下にその関係の施設がひっそりと建てられている。


 建物は、主要な街道から裏側に入り込んだ、入り組んだ構造をした通り沿いにあり、石レンガで作られた壁の表面にはツタ植物がい、青系統の色の瓦屋根を持つ、見た目は少しシャレたものだった。

 地下ではいかがわしい商売もしているものの、昼間にそこを訪れる客と2階と3階の部屋に泊まる客のほとんどは一般の商人や旅人たちで、夜の顔と昼の顔はけっこうはっきりと区別がつけられている。


 その酒場につくと、フェヒターは配下のごろつきたちに小金を握らせ、適当にレストランで軽食や酒を飲ませるのと同時に周囲の見張りを任せ、それからレストランの奥へと向かった。


 そこには、地下へと続く階段がある。

 昼の時間でもどこか怪しい雰囲気を漂わせているその場所は、昼の間はフェヒターの様に、密かに誰かと会ったりするために使われていて、フェヒターを訪ねてきたという人物もこの階段を降りた先で待っているはずだった。


 フェヒターが、金を握らせて口止めをしてある酒場のオーナーに目配せをすると、オーナーは小さくうなずき、関係のない他の客が地下に入っていくことのない様に見張りに立っていた用心棒にあごをしゃくる。

 すると、用心棒は無言のまま、フェヒターへ視線を向けることなく道をゆずり、フェヒターはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、地下へと続く階段を下って行った。


 酒場のオーナーも用心棒も、ここへフェヒターが来ているのを見なかったし、なにも知らない。

 2人の素っ気ない態度は、秘密を守るという意思表示だ。


 階段を降りた先は薄暗かったが、事前に蝋燭に火が灯されていたためになんとか見える。

 レンガがむき出しの壁に、石張りの床。

 少し湿っているような、かび臭いような空気に、染みついたタバコの煙の臭いが色濃く漂っている。


 フェヒターはいつも、酒場の地下の左右に5個ずつある部屋の右側、奥から2つ目の部屋を、待ち合わせ場所に使っている。

 その部屋の壁や扉は厚く、音が外にほとんどれないような構造になっており、酒場の地下は密談をするのにうってつけの場所となっていた。


 ノックをすることなく、無遠慮にフェヒターが扉を開くと、部屋の中からはワインの香りが漂って来た。

 そこでフェヒターを待っていた人物がそこですでに酒を楽しんでいるのだろう。


 酒場に置かれている酒はどんなものでも好きに飲んでいいと、フェヒターがそう許可を出している。

 自分を気前の良い大きな人物と見せるためにしていることだったが、フェヒターを待っていた人物は大いにその演出を楽しんでいる様子だった。


「待たせたな」


 フェヒターはワインの入ったゴブレットを片手に、地下室の廊下の質素なイメージとはうって変わって、座り心地のよさそうな高価なソファに腰かけていた客に、やや尊大にそう言った。


「いえ、フェヒター準男爵。大いに、楽しませていただいておりますよ」


 すでにワインのボトルを1本あけ、顔を赤くしていた客は、そのフェヒターの尊大な態度を気に留めた様子もなく、そう言ってフェヒターに新しいゴブレットを差し出した。


 それは中年の男性で、銀髪のカツラを被ったふとっちょ。

 エドゥアルドの警護を任された歩兵中隊の隊長である、ペーター・ツー・フレッサー大尉だった。


 フェヒターは「フン」と鼻を鳴らしながら偉そうな態度でペーターからゴブレットを受け取ると、ペーターの座っているソファの対面に、テーブル越しに置かれたソファへと腰かけると、ペーターに向かって空のゴブレットを突き出した。

 すると、ペーターはすでに口の開いていたワインボトルを手にし、フェヒターのゴブレットへとそそいだ。


 フェヒターはペーターにしゃくをさせると、ソファに深く腰かけながら悠々と足を組み、そそがれたワインをゴブレットの中でゆっくりと転がした。

 そして、ワインの香りを楽しむようなそぶりを見せた後、フェヒターはワインに口をつけ、自身の酒への強さを誇示するように、一息で飲み干して見せる。


 ペーターは赤ら顔でフェヒターの所作を観察していたが、フェヒターがゴブレットを突き出すと、なにも言わずにボトルからワインをそそぐ。

 するとフェヒターはそのワインも一息で飲み干し、タンッ、と音をたてながらテーブルの上へとゴブレットを置いた。


「……フェヒター準男爵。して、今日、自分をここにお呼びになったのは、どのようなご用件で? 」


 乱暴に口元をそででぬぐうフェヒターに、ペーターはテーブルの上に置かれたフェヒターのゴブレットにワインを注ぎながらそう言った。

 彼は酔っぱらって赤ら顔ではあったが、その目ははっきりとした意志を感じさせ、ペーターがきちんと話の出来る状態である、分別のある飲み方をしていたことがうかがえる。


「フン。……わかっているだろう? 」


 フェヒターはペーターの質問を鼻で笑うと、ゴブレットを手に取り、3杯目のワインをまた一息で飲み干した。


「おお、おお、なんとも、見事な飲みっぷり」


 本心から感心しているのか、あるいはただの世辞なのか。

 ペーターがボトルを片手に持ったままそう称賛すると、しかし、フェヒターは突然、空になったゴブレットを床に叩きつけた。


 そして、酔いが回り始めた顔をペーターへと向け、怒気のこもった視線で睨みつけると、指をさして怒鳴り散らした。


「なぜ、あの小僧めを始末しなかったのだ!? 」


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