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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第5章:「ヴィルヘルム」

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第86話:「次の一手:1」

第86話:「次の一手:1」


「まったく……。余計なことをしてくれたものでございますな」


 ノルトハーフェン公国の首府が置かれているポリティークシュタット。

 その中枢にあり、ノルトハーフェン公爵の本来の居館となるべき城館、ヴァイスシュネーの一室で、エーアリヒ準伯爵家に仕える老執事、コンラートは、その主人であるエーアリヒのためにコーヒーを淹れながら、苦々しい口調でそう言った。


 そこは、石造りの上に漆喰しっくいを塗り重ね、白亜の城として、ノルトハーフェン公国の経済力を示すために作られたヴァイスシュネーの内部、エーアリヒがエドゥアルドに代わって政務を執り行うのに使っている一室だった。

 執務の合間の休憩や、非公式の来客などに内々に応じるための部屋で、内部はさほど広くはなく、エーアリヒと来客のためのソファとテーブル、そこでお茶を楽しんだりするための道具が納められた棚がある他は、部屋を暖めるためのレンガ造りの暖炉があるというだけの、小ぢんまりとまとまった部屋だ。


 調度品は落ち着いた雰囲気で、主人であるエーアリヒと客とが近い距離で外では話せないようなことをじっくり話せるようになっている。

 一部を丁寧に磨かれた色つきの石で飾られた暖炉には暖かな炎が燃え盛っており、部屋の中は寒い冬とは思えないほど暖かく、快適だ。


「あの者……。当面は、かの小僧めを監視せよとの命でありましたのに、功にはやりおって。あまつさえ、小僧をしとめ損なって……。我が方の身動きがとりにくくなってしまったではないか」


 コンラートはそう愚痴りながら、無言のままなにかを考えているエーアリヒの目の前のに、静かにコーヒーの入ったカップを置き、エーアリヒの好みで味つけができるようにミルクと砂糖を用意する。


「しかし、その意気は良しとするべきでしょう」


 コンラートにそう言って、エドゥアルドの殺害を狙った暗殺者のことをかばったのは、エーアリヒの対面にあるソファに腰かけた、フェヒター準男爵だった。

 執務中だったのかフォーマルだが飾りが少なく動きやすい衣服のエーアリヒと比較すると、フェヒターは今日も派手に着飾った衣装だ。


「千載一遇のチャンス、手にできるものなら手にしたい。そう思うのも無理からぬことだ」

「成功しておれば、わたくしめもそう申しておりましたでしょうがな」


 しかし、コンラートは、フェヒターの意見には同意しかねる様子だった。


 コンラートは、エーアリヒ準伯爵家に古くから仕える老執事で、エーアリヒからも強く信頼され、家の中のことはすべて取り仕切るほどに重用されている。

 ノルトハーフェン公爵位をエドゥアルドから簒奪さんだつしようと進められている陰謀においてもコンラートの役割は重要なものであり、エーアリヒの作戦や構想を実行するべく、実際に人間を手配して手駒として動かしているのは、コンラートなのだ。


 そのコンラートからすれば、フェヒターが言うように千載一遇の機会が目の前にあったのだとしても、命令から外れた行動をし、コンラートが手配してきたもろもろの準備を台無しにしたあの暗殺者は、憎い相手であるのだ。


「フェヒター準男爵」


 そこで、これまで無言だったエーアリヒが突然、口を開いた。


「なんでしょうか? 摂政殿? 」


 コンラートに自分の分のコーヒーも用意してもらったフェヒターは落ち着いた口調でそう聞き返しながら、自分のコーヒーにミルクをだけを混ぜ、それを口元へと運ぶ。

 そんなフェヒターのことをやや睨みつけるように見つめたエーアリヒは、いつもよりも少し低い声でたずねた。


「よもや、今回の一件、貴殿がなにか、こちらの目の届かないところで動いたのではなかろうな? 」

「……っ!? 」


 フェヒターはその瞬間、コーヒーカップを慌てて自身の口元から離していた。


 コーヒーが、彼が思っていたよりも熱かったからではない。

 それは、明らかにエーアリヒからの質問に動揺したからだった。


「なにをおっしゃいますか、摂政殿。……自分だって、己の立場、役割程度は心得ているつもりですよ」


 だが、フェヒターはすぐに平静をとりつくろい、再度カップに口をつけ直してコーヒーを美味そうに飲んで見せる。

 そんなフェヒターのことをエーアリヒは無言のままじっと見つめ、コンラートはあからさまに疑うような視線で見つめていた。


 フェヒターはごまかしてはいるが、先ほどの反応といい、この態度といい。

コンラートはもちろん、エーアリヒにも黙ったまま、フェヒターは独自に動いている。


「それにしても、あの小僧め……。一兵卒のまねごとをするとは、まったく、公爵にふさわしくない行いだ! 」


 疑われている。

 そう自覚したのか、フェヒターはそう言って話題を変えた。

 もちろん、話題をそらすためだけでなく、それはフェヒターの本心であっただろう。


「あのような未熟な半端者に、いつまでも公爵などという位を名乗らせていては、ノルトハーフェン公爵の尊称がけがれるというもの。一刻も早く、取り除かねばならないでしょうな! 」


 それからフェヒターはそうまくしたてるように言うと、カップのコーヒーを一気に飲み干し、トン、とやや強めにソーサーの上に戻した。


「それで? ……摂政殿。次の一手は、どうなさるおつもりか? 」


 それからフェヒターは自身のことを無言で見つめ続けているエーアリヒのことを見つめ返し、そう切り出す。


「好機を逃しはしたとはいえ、未だにあの小僧めはこちらの掌中にある。いかようにも料理できるはずでしょう。なんなら、今すぐにでもあの小僧を始末するか、そうでなくとも失火に見せかけて焼き殺してしまえばいい。手をこまねいてみているだけでは、いつまで経ってもこの国は手に入りませぬぞ」

「まぁ、そうくな。……ことは、貴殿が思うほど単純ではないのだ」


 じれったそうにさっさとエドゥアルドを害しようと息を巻くフェヒターに、エーアリヒは静かに反論した。

 その横では、コンラートがフェヒターの性急さ、思慮のなさに呆れたような表情をフェヒターからは見えないように隠しながら、執事としてのうやうやしい手つきで、空になったフェヒターのカップにコーヒーを注いでいる。


「焦らず、じっくりと進める。以前にも、そう申したであろう? 」

「しかし、いつでも決着をつけられるのに、見ているだけなど……、オレには、意味が分からん」


 フェヒターは納得がいかない様子で、いらだたしそうにそっぽを向ける。


 そんなフェヒターのことを、エーアリヒは手のかかる困った子供を見るような視線で見つめ、それから、自身も一口コーヒーを味わって唇をぬらしてから、ゆっくりと言う。


「安心せよ。……今日は、その、次の一手を話し合うために、貴殿を呼んだのだ」


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