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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第4章:「包囲網」

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第78話:「模擬戦闘:1」

第78話:「模擬戦闘:1」


 昼食を終えると、兵士たちは2手にわかれ、演習場の端と端とに移動して、再び行軍縦隊を構成した。

 これから、交戦予定の場所にまで行軍した後、行軍縦隊から戦闘隊形に転換し、射撃戦を行ってから白兵戦に突入するという、実戦形式の模擬戦闘を行うためだ。


 シュペルリング・ヴィラでエドゥアルドの警護を行うこととされて派遣されて来たペーターの部隊は、ノルトハーフェン公国の歩兵部隊の編成で言うと中隊にあたるものだった。

 中隊は8個小隊によって編成され、各小隊は14名の兵卒と、それを統率する伍長1名によって構成される。

 これを、隊長であるペーター(大尉)、副隊長であるアーベル(中尉)、士官であるミヒャエル(少尉)の3人の士官と、1名の曹長、4名の軍曹の下士官が指揮をする。

 この他に、部隊に号令を発するためのドラムを持った軍楽隊が2名、中隊旗を保持する旗持の士官の准尉が1名。


 模擬戦では、これを2手にわける。

 1手は、第1、第3、第5、第7小隊の奇数小隊で作られた半中隊で、ミヒャエル少尉が指揮を取り、2名の軍曹とドラム1名がつく。

 もう1手は、第2、第4、第6、第8小隊の偶数小隊で作られた半中隊で、アーベル中尉が指揮を取り、2名の軍曹とドラム1名がつく。

 残るペーター大尉と1名の曹長は、模擬戦の審判として、2つの半中隊が交戦するはずの演習場の中央付近に位置し、隊旗もそこにかかげられる。


 アーベル隊、ミヒャエル隊はそれぞれ、兵士たちが自身のマスケット銃に空砲用の火薬を装填し終えたことを確認すると、演習の準備が整ったことを遠くから身振りで伝えた。

それを見てうなずいたペーターは、演習の開始を告げるためにフリントロック式の拳銃で空砲を空に向かって放つ。


 そして、その音が演習場に鳴り響いた直後、アーベルとミヒャエルは配下の部隊に行軍縦隊からの戦闘隊形への展開を大声で指示し、模擬戦闘が開始された。


 その光景を、ルーシェたちは演習場となっている農地の端から見学していた。

 サンドイッチの差し入れの礼として、ルーシェたちに模擬演習を見学してもらおうという声があがり、それにエドゥアルドが許可を出してくれたのだ。


 マーリアとゲオルクは夫婦仲良く並んで馬車に腰かけながら、ルーシェは少し前に出て、興味深そうに演習の様子を見つめている。


 少し遠かったが、ルーシェにはエドゥアルドの姿がどこにあるのかが見えていた。

 エドゥアルドはまだ成長しきっていないために背が周りより少し低いので、すぐにそこにいるのだとわかるのだ。


 エドゥアルドがいるのはミヒャエル少尉に指揮をされている方の部隊で、エドゥアルドは第1小隊の最前列に位置している。

 実戦では真っ先に弾丸が飛んでくる危険な位置だったが、兵卒の気持ちを知るためにということで、エドゥアルドが自ら最前列を志願し、このような形になっている。


 兵士たちはドラムのリズムに合わせて前進しながら、徐々に行軍縦隊から戦闘隊形へと隊形を転換していく。

 先頭を歩いていた小隊の左側に、後続していた小隊が歩調を速めて前進し、徐々に縦隊から横隊へと展開していく。


 戦列歩兵の武器は、言うまでもなくマスケット銃だ。

 そして、発射される弾丸は多ければ多いほど、部隊の攻撃力は高くなる。


 弓などと違って、銃は曲射のできない武器だった。

 前の兵士の頭越しに射撃するということができない。

 だから、一般的に縦隊よりも横隊に展開した方が、一度に発砲することのできる兵士の数が増え、より強力な火力を発揮することができる。


 横隊に展開し終えると、兵士たちは横に20名、縦に3名の縦深を持つ、3列横隊を形成していた。

 このうち、実際に射撃を行うのは前の2列の合計40名で、前列は膝射ち、2列目は立ったまま射ち、3列目は前列に損害が出た時に穴埋めをする予備となる。

 指揮官とドラムは隊列の右側に、軍曹は隊列の後方に位置し、伍長は1列目と3列目の兵士たちの左右に位置して、指揮を行う。


 横隊を形成したアーベル隊とミヒャエル隊は、ドラムの音に合わせて一定のリズムで前進し、互いの有効射程距離にまで接近していく。

 兵士たちはお互いにアーベル隊、ミヒャエル隊のどちらに所属するのかがわかるように、アーベル隊は帽子に鳥の羽飾りを身に着けているのだが、その羽飾りもはっきりと見えてくる。


 敵兵が向けてくる銃口と、銃剣の切っ先に向かって、兵士たちはただ、ペースを乱すことなく向かって行く。


 一見すると奇妙としか言いようのない光景だ。

 だが、それが、この時代の一般的な戦い方だった。


 このような、一見すると非効率で、オブラートに包まずに言うと[狂気]じみたことを行うのには、当然ながら理由がある。


 第一に、マスケット銃は連射のできない武器であるということがある。

 よく訓練された兵士であれば約20秒、短時間であれば15秒ほどで再装填してマスケット銃を発射することができるが、当然ながら兵士の全員がそれだけの速度で再装填を実施できることはなかったし、そもそも、実戦で、実際に敵と射撃戦を行っている最中に、その最大の装填速度を発揮できるとは限らない。

 しかも、引き金を引いても不発となることがあり、その不発となった銃の処理などで、装填のペースはさらに乱れることもあり得る。


 したがって、マスケット銃を装備した戦列歩兵にとって、最初の射撃がもっとも重要なものだった。

 射撃位置についた兵士たち全員が同時に引き金を引くことができるのは、まず、最初の射撃の時だけで、個人の装填速度の違いや不発の処理などを考慮すれば、それ以降の射撃は最初の一斉射撃よりもどうしても火力が低下してしまう。


 最初の一斉射撃でできるだけ多くの敵を倒すことが、その後も射撃戦を継続するにしろ、白兵戦に移行するにしろ大切なことで、そして、最初の一斉射撃を可能な限り有効なものとするためには、兵士たちは整然とした隊列を組み、同じ歩調で隊列を維持したまま前進し、そして、可能な限り同時に有効射程に入り、整然と射撃態勢に移行しなければならない。


 もう1つの理由は、兵士たちの[士気]にあった。


 この時代の兵士は、基本的には金銭で雇った[傭兵]たちだった。

 だが、これはまだ良い方で、中には無理やり徴兵し、拉致らち同然に連れてきた者が混じっていることもある。

 こういった兵士たちばかりなのだから、兵士たちの士気は決して高いものではない。


 兵士たちにお互いの肩と肩が触れるほどの密集隊形をとらせるのは、こういった、戦意に乏しい兵士にも、まともに戦わせるためだった。


 ほとんどの人間はまず間違いなく、自ら望んで戦場に、殺し合いの場に行きたくなどないものだし、無理やり連れてこられた者は、隙さえあれば我先にと逃げ出して行く。

 金銭的な契約によって兵士として働いている傭兵は、無理やり集められた兵士たちよりはまだ信用が置けたが、彼等だっていざとなれば逃げだす。

 たとえば、戦況が思わしくなく、このまま戦っても契約にのっとった金銭を得られないと思えば、傭兵たちも命がけで戦おうとはせず、逃げ出すことになる。


 そもそも逃げ出す機会をじっと待ち望んでいる、そこまででなくとも旗色が悪ければすぐに逃げ出すような兵士たちを戦わせるためには、密集隊形をとらせ、士官、下士官による厳重な監督下に置く他はないというのが実情だった。

 これにはもちろん、号令により兵士たちに整然と射撃を実施させ、マスケット銃の威力を最大限に発揮させるという目的もある。


 ノルトハーフェン公国においては、先代の公爵が[練兵公]という異名を受けるほどに軍隊の整備に熱心であり、その将兵は基本的に傭兵たちでよく訓練されていたから、その規律は帝国諸侯の軍隊と比較して的高く保たれている方ではあったが、兵士たちの戦意を保つのに苦労しているのは他国となにも変わらない。


 兵士たちは一見すると狂気じみた行進を続け、やがて、マスケット銃の有効射程に入る。

 士官の号令でドラムの音が止み、兵士たちは一斉に行進するのをやめた。


 実戦ではなく演習で、使うのは空砲と、木製の銃剣だったから、誰かが犠牲となることはない。

だが、それでも、兵士たちは互いの表情を見つめ合い、重苦しい沈黙に包まれる。


 その沈黙を破り、士官がそれぞれの部下に向かって、「かまえ! 」と号令を下す。

 すると、兵士たちは一斉に動き、1列目の兵士たちは膝射ちの姿勢を取り、2列目の兵士たちは立射ちの姿勢を取る。

 そして、「狙え! 」という号令で、兵士たちはそれぞれの目標に狙いを定める。


 マスケット銃の精度の悪さから言って、狙いをつけたところで、目標に正確に命中することはまず、ない。

 だから、マスケット銃には正確な狙いをつけるための照準器の類が、ほとんど、あるいはまったく用意されてはいない。


 それでも、兵士たちはその視線の先に、自身が撃ち殺すべき相手を見つめ、狙いを定め、引き金に指をかける。


 自然と、エドゥアルドの額には、緊張の汗が浮かんでくる。

 模擬戦で使われるのは空砲で、引き金を引いても実際に誰かが傷つくわけではない。

 だが、相手の表情が、目の動きさえもわかるほどの距離で、互いに銃口を向け合っているのだ。


「撃て! 」


 そして、士官の号令と共に、兵士たちは一斉に引き金を引いた。


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