第67話:「包囲網:2」
第67話:「包囲網:2」
シュペルリング・ヴィラは、警護の兵士たちの登場で一気ににぎやかになった。
元々、そこにはエドゥアルドをはじめ、たった数人の人間しかいなかったのが一気に100名以上にもなったのだから、その違いは歴然だ。
館の要所には、常に兵士たちが常駐するようになった。
エドゥアルドが暮らしている母屋のすべての出入り口はもちろん、母屋へとつながる建物の出入り口には、門番として兵士が2名ずつ。
さらには、敷地内を巡回し、侵入者の痕跡や異状を発見するための見張りの兵士たち。
彼らは皆、「公爵殿下のご親近をなるべく静かに保て」との指令をエーアリヒから受けているらしく、必要以上はしゃべらず私語もなく静かに任務に集中している。
だが、物々しい雰囲気だった。
兵士たちはみんな武装しており、その手には抜き身の銃剣が装着されたマスケット銃があるのだ。
ルーシェにとって、兵隊というのは初めて見る職業の人々だった。
兵士たちはみんな同じ服装をし、みんな同じような振る舞いをする。
服のよく見える場所に縫いつけられた階級章によって厳密に上下関係が区別されており、みんながその関係を守っている。
彼らは全員、背格好も、顔立ちも異なる[別人]であるはずなのに。
みんながみんな、示し合わせているように、彼らの内で定められたルールに従っている。
銃剣つきのマスケット銃といい、ルーシェには、そういった立ち居振る舞いをする兵隊たちが不気味で、物珍しかった。
ただ、接してみると、兵士たちは決して悪人ではなかった。
ルーシェが兵士たちとすれ違う時に軽く会釈をすると、兵隊たちもうなずき返してくれたりするし、ルーシェがなにか落とし物をすれば拾って渡してくれもした。
任務の最中、兵士たちは寡黙でいかつい表情を見せていたが、任務を別の兵士と交代した後は笑顔を見せることもあり、働いているルーシェを応援するように手を振ったり、気さくに笑顔で「今日も頑張っているね」などと声をかけてくれたりする兵士もいた。
ルーシェが、まだ13歳の、実際にはもっと幼く見える「子供」だから、兵士たちも気安いのだろう。
兵士たちの中には若い兵士も、中年近くになったベテランの兵士たちもいたが、彼らから見るとルーシェは幼いながらも一生懸命に働いている、彼らにとって[守るべき、応援するべき]存在であるようだった。
それでも、彼らはルーシェにとっての敵なのだ。
ルーシェにとって大切な[居場所]を脅かす、危険な人々なのだ。
兵士たちの中に、どれほどの数、エドゥアルドを裏切ろうとしている者たちがいるのだろうか。
数人か、あるいは、全員か。
ルーシェはもちろん、エドゥアルドたちもそれを知ることができず、自分たちは監視されているだろうということを前提としてシュペルリング・ヴィラで暮らしている。
少しも、気が休まらない。
これまでも、使用人の数が屋敷の大きさに対して足りていないから、忙しかった。
だが、今は忙しいというだけではなく、会話の内容や、会話をする場所や声の大きさに常に注意し、エドゥアルドにとって少しでも不利となるような情報が知られないように注意しなければならない。
自分たちの家であるはずのシュペルリング・ヴィラよりも、外出している時の方が気が休まるという状態だった。
さすがに、兵士たちの全員が公爵位を簒奪するという陰謀に加担しているとまでは思わない。
しかし、その中に、敵から送り込まれて来たスパイが紛れ込んでいる以上、エドゥアルドたちは兵士たちの全員を警戒しなければならなかった。
エドゥアルドの苦しい立場を、思い知らされる。
エドゥアルドは、このノルトハーフェン公国の、唯一の正当な統治者だ。
ノルトハーフェン公爵家の血統を引き継ぐ嫡流で、公爵という位はすでに彼の手の中にある。
しかし、エドゥアルドは、実際にはなにも持ってはいない。
公国の統治のすべては、エドゥアルドの若年を理由に置かれている摂政、エーアリヒの手に握られており、エドゥアルドにはなんの実権もない。
そして、エドゥアルドの敵は、狡猾で、エドゥアルドよりも経験豊富だった。
エドゥアルドは決して暗愚ではなく、頭脳の明晰さを感じさせる少年で、自身の才覚を少しでものばすために日々、努力を重ねている。
だが、その年はあまりにも若く、公国の実権を牛耳り、権謀術数を張り巡らせる敵に対抗できていない。
エドゥアルドの置かれている状況は、改善されるどころか、悪化し続けている。
陰謀の証拠さえ、つかむことができれば。
エドゥアルドはその名ばかりであった公爵としての権威を初めて行使することが可能となり、敵対者たちを罰し、そして、その措置を公正なものとして、人々に認めさせることができる。
だが、敵は巧妙に証拠へと続く道筋を消し去り、エドゥアルドに反撃を許さない。
エドゥアルドは、焦っている様子だった。
少しずつエドゥアルドの身の回りのお世話も手伝わせてもらえるようになったルーシェは、エドゥアルドの様子を知る機会が増えたが、エドゥアルドは険しい表情で余裕なさそうにしていることが多くなった。
シャルロッテも、マーリアも、ゲオルクも、表情が険しいことが多い。
誰もが、自分たちが、エドゥアルドが追い詰められつつあるということを自覚している。
幸いなのは、簒奪を目論む側も、直接、大っぴらにエドゥアルドに手を出すことはできないということだった。
たとえエドゥアルドを排除することに成功したとしても、人々がそれを正当な行為とみなさなければ、せっかく掌中とした公国の統治は難しくなるからだ。
誰も、エドゥアルドを倒して立った新しい支配者を認めはしないし、そもそも、タウゼント帝国の皇帝がそれを許さないだろう。
エドゥアルドを排除するとしても、その方法は、あくまで[事故]に見えるものでなければならない。
だからこそ、陰謀の首謀者はエドゥアルドの身の回りに自身の息のかかった兵士たちを送り込み、エドゥアルドと包囲しつつも、すぐには手を出すことができないでいる。
それも、時間の問題だろう。
敵は着々とエドゥアルドを排除する準備を進めているだろうし、もし、チャンスさえあれば、明日にでもエドゥアルドの排除を実行に移すかもしれなかった。
なんとか、しなければ。
エドゥアルドたちが焦っているように、ルーシェもまた、日に日にそんな焦燥感をつのらせていった。




