第65話:「使者:2」
第65話:「使者:2」
「警護の、兵士だと? 」
コンラートの芝居がかった仕草をともなった言葉に、エドゥアルドは自身の眉をピクリと動かし、確認するように問いかける。
「左様でございます」
コンラートは、頭を下げたまま質問に答える。
「公爵殿下のお命を狙う、不届きなる輩が存在すると明らかになりました以上、公爵殿下をお守り申し上げるのはその臣下たる者の責務。ご親近を騒がせ奉ること、誠に恐縮でございますが、何卒、公爵殿下のお住まいに兵を置くことをご許可いただきたい、と、我が主は申しておりまする」
エドゥアルドは、険しい表情で押し黙った。
ちらり、とルーシェが横目でシャルロッテの様子をうかがうと、彼女も、エドゥアルドほどあからさまではなくうまく隠してはいるものの、険しい表情を見せている。
ルーシェにも、その気持ちはわかる。
どうしてこのシュペルリング・ヴィラに、ほんの数名の使用人たちしか存在しないのか、その理由を思い出してみれば、簡単だ。
エドゥアルドたちは、安全を確保するために、信用のおけるわずかな人数しか近よらせないようにしてきた。
それが、公国で密かに進められている陰謀から身を守る、最善手だったからだ。
だが、そこへ、大量に兵士たちが送り込まれてくる。
名目上は、エドゥアルドの身を守るために。
しかし、その兵士たちは、エーアリヒの息のかかった者たちになるのに違いない。
兵士たちが直接エドゥアルドに害を及ぼさないにしろ、その警備に意図的に穴を作って、外部から暗殺者を館の中へと招き入れるかもしれない。
あるいは、エドゥアルドの行動が敵方に筒抜けとなり、どこで、どんな罠が張り巡らされるか、わかったものではない。
絶対に、エーアリヒの息のかかった兵士たちなど、受け入れるべきではない。
その場にいた、コンラート以外の全員がそう思った。
「……摂政殿は、どの程度の警護をつけるつもりなのだ? 」
頭を下げたままエドゥアルドの返答を待っているコンラートに、エドゥアルドは険しい表情を向けたままそう確認する。
「1個中隊ほどと、我が主は申しておりまする。警備にはその内の2個小隊を常にあて、公爵殿下を昼夜問わずにお守りいたします」
公国における軍の編成で、1個中隊は130人程度だ。
2個小隊だと、30人ほど。
それが、昼夜を問わず、エドゥアルドを[警護]する。
そんなことをされては、エドゥアルドの側がエーアリヒの陰謀の証拠をつかみ、反撃に転じることは、ほとんど不可能となるだろう。
「摂政殿の心づかい、感謝する。……しかし、僕は今の、静かな館が好きなのだ」
このままエーアリヒの側にこちらの身動きを封じられるようなことがあってはならない。
エドゥアルドは、警護をつけるという話をなんとか断ろうと、少なくともその人数を減らそうと試みる。
「暗殺の企みがあることは、僕もよく承知しているが、だからと言ってこの館に多くの兵士を配置したのでは落ち着かない。せめて、人数を減らせないか? 」
「公爵殿下のおっしゃりよう、ごもっともでございまする。……しかしながら、我が主が申しますに、このシュペルリング・ヴィラを万全に警備するためには、1個中隊でもすでに必要最小限でございます。今以上に減らすことは、難しゅうございます」
「しかし……」
エドゥアルドはさらに異論を唱えようとしたが、適当な理由がすぐには浮かんでこず、言葉に詰まる。
ルーシェは、コンラートが頭を下げたまま、一瞬だけ、ニヤリと微笑むように口角をあげたのを見逃さなかった。
きっと、コンラートは、すぐにもっともらしい理由をでっちあげられないエドゥアルドの未熟さ、若さを笑ったのだろう。
「公爵殿下は、他にかえることのできない、大切な御身でございます」
だが、そう言いながら顔をあげたコンラートの顔には、エドゥアルドの若さを笑っているような気配は微塵もなかった。
そこにあるのは、心から主君のことを案じているようにしか見えない、誠実な老人の顔だけだ。
それは、コンラートの老獪さ、若いエドゥアルドにはまねのできない演技だった。
「先代の公爵殿下がお隠れになられていらい、ノルトハーフェン公爵家の命脈は、エドゥアルド殿下ただおひとりにかかっているのでございます。
口にすることも恐ろしいことですが、公爵殿下に万に一があっては、我ら臣下はもとより、この国が立ちゆきませぬ。
公爵殿下のご親近を騒がせ奉ること、なんとしてでも承知いただけと、我が主の命にございます」
エドゥアルドがうんと言うまで、ここを動かない。
コンラートの口調は言外にそんな決意をにじませるものだった。
(公爵さまのためなんて、考えていないくせに! )
ルーシェはもう、メイドとしての品位をとりつくろうことも忘れ、コンラートのことを睨みつけていた。
ルーシェだけではない。
シャルロッテも、静かな表情から冷たい視線をコンラートへと向け、その内心で怒りの炎を燃やしている。
コンラートは、おそらくはメイド2人から向けられるその視線に、気がついているはずだった。
だが、この老執事は、エドゥアルドだけに注目している。
エドゥアルドがうんとうなずけば、その使用人であるメイドがなんと言おうと関係ないことだ。
そして、コンラートは、エドゥアルドが断れないということも、わかっている。
「わかった」
やがて、エドゥアルドは、苦々しそうな表情を浮かべながら、そううなずいていた。




