第64話:「使者:1」
第64話:「使者:1」
エドゥアルドの暗殺未遂事件という重大な出来事の起こった狩りはじめの儀を終えた後、シュペルリング・ヴィラにはこれまで通りの日常が戻ってきていた。
儀式の最中にはいろいろな出来事があり、祝宴の準備や対応、その後片づけと、使用人たちも忙しかったが、それが済んでしまえばやることはいつもとなにも変わりがない。
ルーシェは、自分がつかんだと思っていた陰謀の決定的証拠が、自分の出身のせいでまったく役に立たないということを知って悔しく思い、それから酷く落胆したが、一人前のメイドになるために毎日頑張っていた。
自分に居場所を作ってくれたエドゥアルドたちへの恩を感じていたし、この、スラム街とは比較にならないほど居心地のよい場所で、家族と一緒にずっと暮らしていきたいと思っている。
一時は外されていたエドゥアルドのお世話をする仕事にもまたつくことができて、ルーシェははりきっていた。
そのやる気が、空回りすることもある。
スラム街で暮らしていたころにはこんなことはなかったはずなのだが、ルーシェの[ドジっこ]体質はなかなか改善されない。
注意しているつもりなのだが、なにか仕事を任されると、必ず役に立つのだと夢中になってしまって、どうしても足元がお留守になってしまうようだった。
ルーシェの指導役を買って出ているシャルロッテは、根気強かった。
ルーシェが失敗をするたびにシャルロッテはルーシェをしかったり、クドクドとお説教をしたりするものの、その失敗の後始末は必ずやってくれたし、ルーシェにどんなふうにすればいいのかを、実践も交えながら丁寧に教え続けてくれた。
おかげで、ルーシェも少しは仕事ができるようになってきた。
簡単な指示を受けるだけでなにをすればいいのかを理解できるようになったし、シュペルリング・ヴィラのどこになにがあるのかも把握して、迷わずに1人で動き回れるようにもなった。
カイも、オスカーも、それぞれの仕事がいたについて来ている。
カイは相変わらずエドゥアルドの忠実な護衛として働いているし、オスカーはシュペルリング・ヴィラに潜んでいたねずみたちをほとんど退治し終わって、今では毎日、館の中をパトロールして回っている。
ノルトハーフェン公爵の位をめぐる陰謀が、ルーシェやシュペルリング・ヴィラの人々にとって重くのしかかり続けてはいたものの、ルーシェは、少しずつメイドとしての自信を持ち始めていた。
そんなルーシェの前に、祝宴の最中にエーアリヒと密会していた老執事、コンラートが再び姿をあらわしたのは、狩りはじめの儀式から数日後のことだった。
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「本日は、我が主、エーアリヒ準伯爵の名代として、使者として参上いたしました」
以前、エドゥアルドとエーアリヒが対面した応接室に案内されたコンラートは、応接室のソファに腰かけて待っていたエドゥアルドの姿を見ると、そう言って恭しい態度で頭を垂れた。
「使者の任、ご苦労。用件を聞こう。まずは、遠慮なく座られよ」
エドゥアルドはコンラートの言葉にうなずくと、そう言って座るようにすすめる。
コンラートは「ありがたきお言葉」と礼を言うと、エドゥアルドに言われた通りに席につき、エドゥアルドと対面した。
コンラートはエーアリヒ家の執事であり、貴族と比較すると、決してその身分は高いものではない。
だが、彼はエーアリヒ家の内部の一切を取り仕切っており、エーアリヒ準伯爵からいろいろと相談をされたり、今回のように使者として用を申しつけられたりするほど重用され、信頼されている人物だ。
だからこそ、エドゥアルドも相応の敬意をもって彼を出迎えている。
そんなコンラートからは見えていないのをいいことに、ルーシェは舌を出し、[お前が悪者だっていうことは、お見通しなんです! ]という意思のこもった視線で、コンラートの禿げ頭を睨みつけていた。
自分の証言だけでは人々からの信認を得られないということで、エドゥアルドはエーアリヒを罰することはできなかったし、そのことについて納得する他はなかったルーシェにできる、これが精一杯の抵抗だった。
「こら、ルーシェ」
そんなルーシェの隣で、いつでもエドゥアルドの指示に応じられるように待機していたシャルロッテが、小声でルーシェのことをたしなめる。
公爵家のメイドなのだから、いつも毅然と、品格のある態度を見せなければならない。
ルーシェはいつもシャルロッテから指導されていることを思い出し、慌てて舌をひっこめて居住まいを正し、なにごともなかったかのようなすました態度をとった。
「コーヒーなど、いかがかな? すぐに用意させるが」
「いえ、けっこうでございます。なにぶん、急を要することであるゆえ、さっそく用件に入らせていただきたく存じます」
エドゥアルドのすすめに首を振ったコンラートは、エドゥアルドがうなずくのを確認するとすぐに使者としての用件を話し始める。
「我が主、エーアリヒがつかみました情報によりますと、どうやら、公爵殿下を狙う不逞の輩が、未だに活動を続けているようなのでございます」
(なんて、しらじらしいっ! )
ルーシェはなるべく表情には出さないようにしていたが、思わずコンラートのことを指さしながら、「その不逞の輩というのは、あなたたちのことでしょう!? 」と糾弾してやりたい気持ちだった。
おそらく、エドゥアルドもシャルロッテも、同じような気持ちだっただろう。
だが、2人ともそんな内心は表情にださず、エドゥアルドは「それで? 」と言って、続きをコンラートにうながす。
「我が主が申しまするに、公爵殿下に万が一でもあってはならぬから、殿下のご親近を騒がせ奉る、そのご許可をいただいて参れ、とのことでございます」
「なるほど? それで、僕の親近を騒がせる、とは? 具体的には、摂政殿はどうお考えなのだ? 」
エドゥアルドがやや警戒するようにたずねると、コンラートは恐縮しているような表情を作り、エドゥアルドに向かって頭を垂れながら言葉をつづけた。
「恐れながら、公爵殿下をお守り奉るため、警護の兵士をこの館に派遣することをお許しいただきたい、とのことでございまする」




