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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第3章:「狩り」

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第62話:「馬車:2」

第62話:「馬車:2」


 エーアリヒ家はノルトハーフェン公爵家から遠い昔に枝分かれした分家で、その由来は古く、ノルトハーフェン公国の国内だけでなく、タウゼント帝国の貴族社会の中でもそれなりに知られた家だった。

 だから、現公爵であるエドゥアルドに[なにか]が起きれば、ノルトハーフェン公爵の位を引き継いで国を統治してもなにもおかしなところはない。


 だが、エーアリヒには1つ、大きな問題があった。

 家督かとくを継承できる実子が1人もいないのだ。


 貴族というのは、その門地を着実に継いでいくことも強く求められる存在だった。

 家督をめぐって争いとなれば統治に支障が出ることは十分あり得ることだったし、そうなれば領民は困るし、貴族たちが仕えるタウゼント帝国に対し、求められる[奉公]ができなくなる。


 門地を着実に引き継ぎ、自身を貴族に任命し領地を与えてくれた皇帝から課せられた責務を果たすことが貴族には求められるのだ。


 だから、エーアリヒに実子がなく、家督かとくが断絶しかねない状況は、公爵位をエーアリヒが簒奪さんだつする際に大きな足かせとなる。


 エドゥアルドたちは知らないことだったが、この問題を解決するためにエーアリヒが見つけ出したのが、フェヒターだった。


 エーアリヒはフェヒターを、タイミングを見て[公爵家に連なる者]として世に出させ、エドゥアルドを廃した後にフェヒターに公爵位を継がせるつもりだった。

 そうすれば、エーアリヒは表向きには簒奪さんだつの汚名を着ることなく、フェヒターを傀儡政権かいらいせいけんとして公国を支配することができるからだ。


 自身に実子がいないために、自分自身では公爵位を継ぐことが認められなくとも、フェヒターを利用すれば、実質的にこの国を自分のものとすることができるのだ。


 そのために、エーアリヒは先々代の公爵の[庶子]の子、つまり孫であると名乗っていたフェヒターを自身の陣営に取り込み、彼に[公爵に連なる者]としての[ハク]をつけようとしていた。

 だからこそ、エーアリヒはフェヒターを支援し、準男爵にはできないような散財をさせているのだ。


 すべては、人々にフェヒターが[公爵家に連なる者である]という[事実]を信じさせるために行っていることだし、人々がその[事実]を受け入れるように、いろいろ、意図的にウワサも流している。


 貴族社会では、その門地や権利の継承権を嫡子ちゃくし優先とし、庶子しょしは普通、2の次とされるのだが、血のつながりがある以上、弱いが継承権は発生する。


 もし、フェヒターが先々代の公爵の血を引いているということが[事実]で、かつ、公爵家の嫡流ちゃくりゅう、つまりエドゥアルドがなんらかの[出来事]によって倒れれば、フェヒターにこそ公爵位につく資格がある、ということになる。

 今現在の公国において、エドゥアルド以外に先代公爵の子供はおらず、先々代の公爵の子供で存命である者もいない。


 世間にフェヒターが公爵家の血を引くものだと納得させることができれば、エドゥアルドさえいなくなればではあるものの、フェヒターが公爵位につくことはなんとでもなるはずだった。


 だが、いくらその力を誇示し、人々にフェヒターが公爵家に連なる者だと納得させなければならないと言っても、フェヒターの素行が悪ければ困ってしまう。

 エドゥアルドを廃して公爵位を簒奪さんだつすることができても、人心がフェヒターについて行かなければ、エーアリヒの傀儡政権かいらいせいけんもうまくいかなくなってしまうからだ。


 そのためにエーアリヒはフェヒターに素行を改めるように何度も言い聞かせているのだが、今回もやはり、フェヒターは自身の素行を改めるつもりはないようだった。


(まったく、困ったものだ)


 エーアリヒは不服そうな表情で黙り込んでしまったフェヒターを見つめつつ、小さく嘆息たんそくし、それきり自身も黙り込んで、考えることに集中した。


 エーアリヒが考えなければならないことは、いくつもあった。


 エドゥアルドを、それとわからない方法で排除する方法。

 そして、エドゥアルドを排除したあと、どうやってフェヒターを公爵位につけ、いかにして自身が公国の権力を手にするか。


 だが、彼を今、もっとも悩ませているのは、それらとは別のことだった。


────────────────────────────────────────


(摂政殿は、なにを迷っているのだ……? )


 1人、悩んでいるエーアリヒのことを横目でうかがい見ながら、フェヒターは苦々しい顔をする。


 あんな小僧など、さっさと排除してしまえばいい。

 フェヒターはそう考えているし、今回がだめでも、次、その次と、休む間もなく手を打って、少しでも早くエドゥアルドを始末してやりたかった。


 フェヒターは、自身で公言していたことだが、自分にもノルトハーフェン公爵家を継ぐ継承権があることを信じ切っている。

 自分のものとできるはずの公爵位をエドゥアルドが握っており、自分のことを[下]に見ているのが、フェヒターにはどうしても我慢ならないことだった。


 だが、エーアリヒは、じっくり、着実に進めるという。

 それは、フェヒターにとってはあまりにもどかしい。


(こうなれば、オレも、自分で動いた方が良いかもしれぬ……)


 エーアリヒは公爵位をフェヒターにくれると約束してくれたが、フェヒターはただ、エーアリヒの傀儡かいらいになるつもりはなかった。


 公爵になるからには、自分の手でこの国を動かしてみたい。

 それこそが、自分がこれまで生きてきた、そしてこの陰謀の中に身を置く理由なのだ。


 自尊心が、人一倍強いのだ。


 そのためには、エーアリヒに頼り切りではなく、自分の実力を示さなければならない。

 そうしなければ、エーアリヒが約束を守ってフェヒターに公爵位くれたとしても、フェヒターにはなんの発言権も与えられず、今のエドゥアルドと同じように[名だけ]の公爵となってしまうだろう。


 それに、フェヒターが見たところ、エーアリヒは突然、積極性を失ったように思える。


 エーアリヒたちは、2段がまえの、狼でフェイントをかけ、それを乗り切ったエドゥアルドが安心しきったころに本命の工作をかけるという周到な計画を実行に移した。

 つまり、機はもう十分に熟し、あとはエドゥアルドを排除するだけという段階に来ている、ということだった。


 じっくり、着実になど、やる必要はない。


 フェヒターに言わせれば、そうに違いないのだ。


(フン。まぁ、いいさ。……オレの手腕を、見せてやる)


 フェヒターは、自身の素行について口うるさく言われるのにも辟易へきえきしていたし、この際、自分の力を見せつけてやろうと決め、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。


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