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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第3章:「狩り」

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第59話:「密会:2」

第59話:「密会:2」


「ひっ!? 」


 ルーシェは、予想もしていなかった声に驚き、そう小さく悲鳴をらした。


 大きな声で悲鳴をあげることはできなかった。

 なぜなら、ルーシェのすぐ隣に、身体の前で腕組みをしたエーアリヒが立っていて、冷徹な視線をルーシェへと向けていたからだ。


 悲鳴をあげれば、殺される。

 エーアリヒの冷たい視線を、ルーシェは直感的にそう理解していた。


 ルーシェが育ったスラム街で、時折目にすることがあった視線だった。


 スラム街には、貧民だけではなく、様々な犯罪者たちもまぎれている。

 窃盗犯せっとうはん、ペテン師、偽造犯、密貿易犯。

 そして、傷害犯や、殺人犯。

 中には、殺人などを[仕事]として請け負うような人々もいる。


 そういった人々は、その正体を隠してはいるが、ルーシェにはなんとなく見分けがつく。

 なぜなら、そういう[見分け]がつかなければ、スラム街で長く生き延びることなどできないからだ。


 今、エーアリヒから向けられている視線は、ルーシェにスラム街の暗い側面を思い出させるものだった。


 なんの迷いも、動揺もなく、ただ、それが必要なことだから。

 ルーシェを始末するべきだと思えば、なんの躊躇ちゅうちょもなくそれを実行できる、そういう人間がするような目を、エーアリヒはしている。


「君は……、確か、公爵家に新しく雇われた、見習いメイドだったね。……名前は、そう、確か、ルーシェ」


 エーアリヒの口調は、13歳のまだ幼さの残る子供に向けられるもののように、優しい。

 だが、その口調と、エーアリヒがルーシェへと向けている視線へのギャップが、余計にルーシェには恐ろしい。


 そしてなにより、エーアリヒが、自分のような、取るに足らないはずの存在の名前まで把握しているということが、怖かった。


 エーアリヒは、彼は、この陰謀家は、いったいどこまで公爵家の内情を把握しているのだろうか?

 いったいどれだけ周到に、簒奪さんだつの陰謀を巡らせているのだろうか?


 そんな相手なのだ。

 ルーシェを、なんの痕跡こんせきも残さず、[いなかったこと]にすることなど、きっと造作ぞうさもない。


「今は、公爵家の使用人たちは忙しいはずじゃないのかな? なのに、君は仕事場を抜け出して、こんなところで、なにをしていたのかな」


 もう、気づいているはずなのに。

 エーアリヒはまるでなにも知らないかのような口調でそうたずねてくる。


「ほら、言ってごらん? 」


 それは、なんとも意地の悪い質問だった。


 ルーシェは、パニックだった。

 自分はちゃんと館の中に入る前に扉を確認したのにどうしてエーアリヒがいるのかそもそもエーアリヒはいつから自分のことに気がついていたのかエーアリヒはルーシェのことを知っていて待ち伏せていたのかそれはどんなつもりなのかなんでルーシェのようなスラム育ちの人間のことまで知っているのか。


 そして、自分はこれから、どうなるのか。


 ルーシェは、怖くてたまらなかった。

 今すぐに大声で悲鳴をあげて、エドゥアルドやシャルロッテに助けを求めて逃げ出したかったが、もし、そんなそぶりを少しでも見せれば、自分はここでエーアリヒに殺されてしまうかもしれない。

 そう思うと、身体が震えて、すくんで、動けない。


「そんなに怯えなくてもいいんだよ? ただ、私の質問に答えてくれるだけでいいんだ」


 エーアリヒはあくまで、子供に接するような優しい口調でルーシェにそう言いながら、ゆっくりと近づいてきて、そして、ルーシェと目線を合わせるためにかがんで、ルーシェの目の前まで顔をよせてくる。


 ルーシェは身動きの取れないまま、怯えきって、焦点も合わなくなった視線でエーアリヒのことを見つめ返すことしかできない。


 そんなルーシェに、エーアリヒは優しい口調で、冷酷な視線を向けながら、たずねる。


「君は、いったい、どこまで知ってしまったのかな? 」


 ルーシェは、怯え、パニックになりながら、必死に考えた。

 自分がこの状況から抜け出すには、エーアリヒになんと答えなければならないのかを。


 周囲を必死になって見回してみたが、ルーシェを助けてくれるそうな、守ってくれそうな者は誰もいない。

 カイも、オスカーも、エドゥアルドも、シャルロッテも、マーリアも、ゲオルクも、誰も。


 そこにあるのは、ランプの明かりでわずかに照らされた、薄暗い、ガランとして人気ひとけのない廊下だけだ。


 いるのは、ルーシェと、エーアリヒだけ。

 スラムで生まれ育ったどこの誰とも知れないルーシェと、準伯爵というれっきとした貴族で、摂政として公国の実権を握る権勢家で、公爵位の簒奪さんだつさえ目論む陰謀家のエーアリヒ。


 せっかく公爵家のメイドとなることができ、これから、なにか新しい、素敵なことが始まると思っていたのに。

 エーアリヒの陰謀の証拠をつかみ、エドゥアルドたちにほめてもらえると思っていたのに。


 ルーシェはこんなところで終わりにはなりたくはなかったが、しかし、どんなに考えても、この場を乗り切る良い返答は思い浮かばない。


 そんなルーシェのことを、エーアリヒはじっと、見つめていた。


 ただ、ルーシェの返答を待っているわけではない。

 これから先、そう、たとえば、ルーシェを始末した後、その[片づけ]をどうするかとか、そういうことを考えているのに違いないとルーシェには思えた。


 何度も、何度も、なにかを言おうとしてルーシェは口を開きかけたが、まるで話し方を忘れてしまったかのように声は出なかった。


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