第58話:「密会:1」
第58話:「密会:1」
近づいたことと、見る角度が変わったことで、エーアリヒとランプを持った人物の姿がなんとか見えるようになった。
エーアリヒと密会していたランプの人物は、どうやら初老の男性であるようだった。
半ばはげかけた白髪頭に、気難しそうな険しい双眸、年齢を感じさせる深いしわの刻まれた顔。
身に着けているのは、どうやら貴族の家に仕えている執事などが着る執事服であるようだった。
「コンラート。あの者たちへの支払いの件、済んだか? 」
「はい、旦那様。……しかし、よろしかったのでしょうか? 」
「よろしかったのでしょうか、とは? 」
「その……、今回の成果の割に、少々、気前が良すぎるかと……」
老執事のひかえめな批判に、エーアリヒは「フム」と小さくうなる。
「かまわぬ。あの者たちは、こちらが依頼した仕事はしたのだ。……それに、しくじったのはあの者たちではない。ここで支払いを渋って、後でもめられても困るのでな」
「はぁ、左様でございますか。……もし必要でしたら、口封じでもいたしましょうか? 」
ルーシェは、老執事の口からなにげなく飛び出してきたその言葉に、自身の耳を疑った。
スラム育ちで学のないルーシェでも、[口封じ]という言葉の意味くらいはわかる。
[始末する]とか、[消す]とか、そういう言いかえもされる言葉だ。
そんな言葉が、エーアリヒと親しそうに話している人物からあっさりと出てきた。
ルーシェには、エーアリヒと老執事がなにを話しているのか、その背景を知らないがために詳細に理解はできなかったが、これが不穏な密会であるということは十分に理解できた。
そして、この密会こそ、エーアリヒが目論む公爵位の簒奪の決定的な証拠になるだろうと思った。
(ルーシェ、大手柄ですっ! )
ルーシェは、全身で喜びをあらわしたいような気持だった。
だが、今すぐにでも駆け出して、エドゥアルドに報告しに行きたいとぅ衝動を、ルーシェはなんとか抑える。
慌てて動いては、エーアリヒたちにルーシェの存在がバレてしまう。
それに、このまま身を隠していれば、もっともっと、重要な情報が出てくるかもしれない。
もっとたくさんの情報を集めれば、もっとたくさん、エドゥアルドたちにほめてもらえるかもしれない。
「いや、その必要はない。……雇うたびにそのようなことをしていたのでは、その内こちらの手駒がいなくなってしまう。それに、秘密が漏れるようなことはないはずだ」
「はい。旦那様のおっしゃる通りに」
エーアリヒの言葉に、老執事はかしこまったように頭を下げて見せる。
そして、頭を下げた姿勢のまま、顔だけをあげ、老執事はそのしわの奥から鋭い眼光をエーアリヒへと向けた。
「して、旦那様。次なる一手は、いかにいたしましょうか? こたびは不首尾となりましたが」
「コンラート。気が早い。次の指示は、私が館に帰ってから改めて伝える。フェヒター準男爵とも少し話さねばならないのでな。
……今日はずっと公爵の供をして、さすがの私もつかれた。老体のお前も少しは休め。お前に倒れられては、私が困る」
「もったいないお言葉でございます」
しかし、エーアリヒはそう優し気な言葉で伝え、老執事は心底ありがたそうに、うやうやしく頭を下げなおした。
(もう、終わりかしら? )
ルーシェは少し、拍子抜けしたような気持だった。
もっと決定的な陰謀の証拠が聞けるかとも思ったのに、そうでもなかったからだ。
怪しげな会話を耳にすることはできたが、具体的なことについては言及がなく、これから陰謀がどのように動いていくのかはわからない。
思ったよりも成果が少なくて、残念だ。
ルーシェはそう思いつつ、エーアリヒたちが姿を消すまで待って、それからこっそりと館に戻ろうなどと、そう考えていた。
「では、旦那様。私は下がらせていただきます」
「ああ。ご苦労だった」
エーアリヒも老執事も、ルーシェのことに少しも気がついていない様子でそう別れの挨拶をかわすと、別々の方向へ別れていく。
老執事は来客たちの馬車が集まっている方へ。
エーアリヒは、館へ戻る方向へ。
おそらくエーアリヒは、このまま何食わぬ顔で祝宴へと戻り、祝宴の終わるのを待ってから帰るつもりなのだろう。
(明日になったら、全部、公爵さまにご報告して差し上げます! )
ルーシェは、遠ざかっていくランプの光と、館の中に消えて行くエーアリヒの背中を交互に注視しながら、してやったぞと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
そして、ランプの光もエーアリヒの姿も見えなくなると、ルーシェはようやく動き出す。
もちろん、相変わらず足音を忍ばせ、こっそりと、だ。
エーアリヒたちはルーシェの存在にまったく気がついていない様子だったが、念には念を入れておきたかった。
なにしろ、ルーシェは大手柄を立てたのだ。
エドゥアルドたちに今日、ここで見聞きしたことを伝えてほめてもらうまで、決して気は抜けない。
ルーシェは足音をたてないように注意して扉のところまで戻ると、薄くそれを開いて、慎重に館の内部を確認する。
エーアリヒがまだ近くにいるかもと思ったのだが、幸い、エーアリヒの姿はどこにも見当たらない。
ルーシェはほっとし、同時に(ルーも、やればできるんです! )と誇らしいような気持になりながら、薄く開いた扉の隙間をすり抜けるようにして館の中へと戻った。
「まったく。……盗み聞きとは、感心しない」
そう呆れたようなエーアリヒの声がルーシェのすぐ近くで聞こえたのは、ルーシェがひとまず仕事場に戻ろうと1歩を踏み出そうとした時だった。
※熊吉より
ルーシェの姉ポジのメイド、シャルロッテの設定イラストの方を投稿させていただきました!
もしよろしければ、ご覧いただけますと嬉しいです!
https://www.pixiv.net/artworks/94176526




