第57話:「祝宴:3」
第57話:「祝宴:3」
ルーシェは、仕事を放りだしてエーアリヒの後をつけることに(本当に、いいのかな……)という迷いはあったものの、一度始めてしまったのだから、引き返すつもりはなかった。
誰かを尾行するなどということはルーシェにとって初めてのことだったが、今のところはうまくいっている。
すでに外は暗くなっており、館の内部はランプなどの明かりで照らされてはいるものの暗がりになっているところはいくらでもあり、小柄なルーシェがそこに隠れることは簡単なことだった。
それに、シュペルリング・ヴィラの中でも、来客などを迎えることの多いメインの建物の廊下には絨毯がしきつめられており、足音を消すことも容易だった。
エーアリヒは、ルーシェの尾行に気がつかない。
ルーシェの尾行は好条件がそろっているのにお世辞にも上手とは言えなかったが、酒が入っているためにエーアリヒも集中力が落ちているのかもしれなかった。
今のところ、エーアリヒには不審なところはなかった。
彼はまっすぐにトイレへと向かい、そこに入って用を足した様子で、その行動に矛盾するところ、疑わしいところはない。
ルーシェは、廊下に飾ってあった大きな黒豹の石像の影に隠れながら、じっとエーアリヒが入って行ったトイレを監視し、エーアリヒが再び姿をあらわすのを待った。
やがてトイレから出てきたエーアリヒは、まるでなにかを確かめるように左右を見回してから、また歩き始める。
だが、その向かう方向は、祝宴が行われている広間ではなく、どうやら館の外であるようだった。
エーアリヒが進み始めた方向には小さな部屋はあるが、その先には館の裏口となっている扉しかないことを、ルーシェは知っている。
(あやしい……! )
ルーシェは、エーアリヒがその正体をあらわしたのではないかと思った。
酒が入っているとはいえここまで歩いて来たエーアリヒの足取りはしっかりしたものだったし、迷わずここまで来たことからも、館の構造についてはきちんと理解しており、今さら間違うようなこともないはずだった。
もし、エーアリヒの陰謀の証拠をつかむことができたのなら、それはきっと大手柄だ。
ルーシェは、エドゥアルドの役に立つことができる。
そう思うと、ルーシェは少しはりきったような気持になって、エーアリヒの後をさらに追いかけて行った。
────────────────────────────────────────
エーアリヒは、やがて廊下のつきあたりにまで来ると、外へと続く裏口の扉を開いて出て行った。
もう、彼が意図してこちらの方へ来ているのは、確実だ。
(祝宴を抜け出して、いったい、なにをしようとしているのかしら……)
ルーシェはエーアリヒが消えて行った扉にとりつくと、耳をすませて慎重に外の様子をうかがいながら、少しウキウキしたような気持になりなっていた。
なにしろ、お手柄なのだ。
ここでエーアリヒの陰謀の尻尾をつかむことができれば、ルーシェはきっとエドゥアルドに、とてもとてもほめてもらえるのに違いない。
それは、ルーシェにとっては、これ以上ないほど嬉しいことなのだ。
だから、今さらここで失敗をするわけにはいかない。
ルーシェはそう気を引き締めて、念入りに外の様子を確かめてみたが、怪しい音は聞こえてこなかった。
エーアリヒも、扉の外にはもう、いないようだ。
(もう、見失っちゃったかな……? )
ルーシェはそう不安に思いつつも、静かに、少しだけ扉を開き、そっと外の様子をうかがった。
外は、すっかり暗くなっている。
薄暗いとはいえ、明かりのあった館の中から急に暗がりを見つめたルーシェの目はすぐには暗さに慣れることができず、辺りの木々がなんとなく黒く見えるだけだ。
だが、エーアリヒは、すぐに見つかった。
ある木の近くに火のついたランプが見え、エーアリヒがそこに立っているのが見えたからだ。
1人ではない。
どうやら、火のついているランプはそこにいるもう1人が持っているもののようで、エーアリヒはそのランプを持っている人物と話しているようだった。
どちらの顔も、よく見えない。
エーアリヒはこちらに背中を向けていたし、ランプを持った人物はランプの明かりで逆光になってしまっている。
なにを話しているのかも、よく聞こえない。
少し距離が離れているし、2人とも声を抑えている様子だった。
ルーシェは緊張して、ごくり、と唾を飲み込んだ。
祝宴を抜け出してコソコソ話しているなど、怪しさ満点だ。
これはいよいよ、ルーシェのお手柄かもしれない。
ルーシェはこれ以上踏み込むのは危ないかもと不安ではあったが、館のみんなからほめてもらえることを想像し、勇気を出して、もっとエーアリヒたちに近づいてみることにした。
わずかに開いた隙間からするりと抜け出ると、ルーシェは音が出ないようにそっと扉を閉め、それからかがんで姿勢を低くし、暗がりをぬうようにしながらエーアリヒたちに近づいていった。
館の中と同様、外も、こっそり行動するには都合の良い条件が整っていた。
今日はまだ月が出ておらず辺りは暗闇に包まれ、少しその暗さに慣れてきたルーシェの目にもうっすらとそこになにかがあるという程度のことしかわからない。
この条件なら、ルーシェでも、見つからずにエーアリヒたちに近づける。
やがてルーシェは、エーアリヒとランプを持った人物のひそひそ声が聞こえる距離にまで接近すると、茂みの影に隠れ、息を潜めながら耳を澄ませた。




