第46話:「貴族:2」
第46話:「貴族:2」
「まったく。困ったお客様です」
フェヒターに部屋を追い出されたシャルロッテは、心底呆れたような口調でそう呟いた。
そんなシャルロッテのことを、ルーシェは尊敬の熱いまなざしで見上げる。
「すごいですっ、シャーリーお姉さま! 強い! かっこいいです! 」
お世辞やおべっかではない、本心からの賛辞だ。
スラム街で育ち、不遇な経験もたくさん積んできたルーシェからすれば、自分自身を守る術を心得ているシャルロッテが、昔話に出てくる英雄のようにかっこよく見えている。
それに、ルーシェから見れば、フェヒターは悪役そのものだった。
自身を華美に着飾ることに熱心で、ノルトハーフェンの街ではごろつきたちを従えてエドゥアルドの邪魔をしようとし、今また、シャルロッテに手を出そうとした。
準男爵という、貴族としての地位を鼻にかけての行動に違いなかった。
派手に着飾っているのも自身の地位と権勢を見せびらかすために違いなく、フェヒターの行動ははっきり言ってかっこ悪い。
(エドゥアルド公爵さまとは、ずいぶん、違う)
ルーシェはすました顔でいるシャルロッテに憧れの視線を向けながら、内心で自身が仕えている少年公爵、エドゥアルドと、フェヒターのことを比較せざるを得なかった。
エドゥアルドに出会って、このシュペルリング・ヴィラで雇われる前にルーシェが抱いていたステレオタイプの貴族というのは、フェヒター準男爵のような存在だった。
いつも派手で華美な衣服で着飾り、いつも偉そうで、自分勝手で、我がままで、気まぐれで、こちらの都合など考えずに一方的に命令ばかりしてくる相手。
たとえ自分に落ち度があったとしてもそれを認めず、責任を他人になすりつけるような存在だった。
短期間のことではあったが、ルーシェからすると、フェヒター準男爵はその、ルーシェがイメージしていた[高慢な]貴族のように思える。
どこか、常に他人を見下しているようなところがあるのだ。
それに対して、エドゥアルドは、心から尊敬できる相手だと思えた。
自分の方に落ち度があれば、ルーシェに責任をなすりつけたりせずにそれを認めて自分で自分を戒めるし、公爵家に雇われて働いている使用人であるルーシェたちにも、身分の差があるのに一定の敬意を置いて接してくれている。
なにか役に立てば「ありがとう」と形だけでもお礼を言ってくれるし、決して無茶な願いを押しつけてくるようなこともない。
それどころか、エドゥアルドにはルーシェたち使用人の数が少ないことに配慮して、余計な仕事を生まないように気をつけながら日常生活を送っている気配さえある。
なにより、ルーシェにとっては、青いリボンという素敵なプレゼントをくれた相手なのだ。
(ルーシェも、なんとかエドゥアルド公爵さまのお役に立たねば! )
ルーシェだけでなく、エドゥアルドはカイにも、オスカーにもよくしてくれている。
まともな衣食住を保証してくれているというだけでもルーシェたちにとっては破格とも思える待遇であるのに、エドゥアルドは公平に、ルーシェたちを1つの独立した存在として接してくれているのだ。
ルーシェがどちらにつくそうと思うかは、議論するまでもない。
「シャーリーお姉さま! シャーリーお姉さま! ぜひっ! ぜひっ、ルーにも、わたしにも、あのフェヒター準男爵をやっつけられるような技を教えてください! 」
ルーシェは周囲にシャルロッテ以外には誰もおらず、フェヒターにも扉でなにも聞こえないだろうということをいいことに、ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねながらシャルロッテにせがむ。
「こら、ルーシェ。はしたないですよ」
そんなルーシェに、シャルロッテは嬉しさと、困った、という感情が入り混じった複雑な視線を向ける。
「あなたは、まずは一人前のメイドになることです」
「はいっ、シャーリーお姉さまっ! 」
ルーシェはそのシャルロッテの表情には気づいていたが、シャルロッテのことだからなにか事情がある、あるいは本当にまずはメイドとして一人前になる方が優先だと思っているのだろうと考え、無邪気にうなずいてみせた。
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エドゥアルドとの会見を終えたエーアリヒをともない、マーリアが姿をあらわしたのは、それから少ししてのことだった。
ルーシェもシャルロッテも、内心でほっとしながら、かしこまってエーアリヒを出迎える。
エーアリヒはノルトハーフェン公爵位をめぐって陰謀を巡らしている策謀家であり、エドゥアルドと、彼に仕えるルーシェたちにとっては間違いなく敵であるはずだったが、今日のところはなにごともなく穏便にことが済んでよかったと、そう思ったのだ。
だが、結局、すべてが丸く収まることはなかった。
エーアリヒに随行してここまでやって来たフェヒター準男爵だったが、彼はルーシェたちが見ていない間に、すっかり酔っぱらってしまっていたからだ。
ソファにふんぞり返り、つまみとして出されたチーズやパン、果物などを食い散らかしていたフェヒターの足元には、空になったワインボトルが無造作に転がっている。
その姿には誰もが呆れるほかはなかったが、誰もなにも言わなかった。
ルーシェはもちろん、シャルロッテもマーリアも、あくまで使用人に過ぎず、準男爵という貴族の位を持つフェヒターに面と向かってなにかを言うようなことははばかられた。
唯一、立場としてフェヒターをしかりつけることができるのはエーアリヒだけだったが、彼もまたフェヒターの態度に怒ることはなかった。
「フェヒター準男爵。立てるか? 」
エーアリヒはワインボトルから直接ワインを口からこぼしながら飲んでいたフェヒターに、落ち着いた声で、眉一つ動かさずにそう確認しただけだ。
フェヒターはすでにかなり酔って、正常な判断能力を失っていたが、この状況が[さすがにマズい]ということは何とか理解できたのだろう。
「もひおろんれす、りゅんはくひゃく」
ろれつの回らない不明瞭な言葉でそう答えると、フェヒターは飲みかけのワインボトルを床の上に適当に転がし、近くに立てかけてあったサーベルをひっつかみ、帽子をかぶって、少しよろめきながらもなんとか立ちあがって見せる。
そして、意外なことに、誰の力も借りずにフェヒターは馬車へと向かって行く。
「ルーシェ。だいぶ酷い有様ですから、先に片づけを始めていてください。お見送りは、私とマーリアメイド長で行いますから」
「はいっ、シャーリーお姉さま! 」
客間の荒れ果てた状況をいちべつしたシャルロッテにそう命じられたルーシェは、部屋の惨状に少しひるんだような顔をしながらも、気丈にやる気を出してうなずいてみせる。
それからルーシェは、去って行くフェヒターの背中を、小さく舌を出して見送った。
「べーっ、だっ! 」




