第45話:「貴族:1」
第45話:「貴族:1」
エドゥアルドとエーアリヒが、互いに互いの腹の内を探り合っているころ。
客間に残ったルーシェ、シャルロッテ、そしてフェヒター準男爵との間には、微妙な雰囲気が漂っていた。
品の良い印象だったエーアリヒと比べると、フェヒターの服装はかなり派手で、華美なものだった。
身に着けている衣服は派手な色づかいで遠くからでも、たとえ夜間であろうともよく目立つだろうと思えるものだったし、指には豪華な宝石や金細工が施された指輪。
護身用として貴族たちに持ち歩くことが許されているサーベルもまたゴテゴテとした装飾が施されたもので、鞘も同様であり、シャルロッテなどからすれば戦うためではなく見せびらかすために持っているものとしか思えない。
あまつさえ、フェヒターが被っていた帽子には、希少なクジャクの羽が使われてさえいた。
自己顕示欲の塊。
それが、ルーシェとシャルロッテが、互いに言葉を交わすまでもなく至った結論だった。
その、派手好きなフェヒター準男爵は今、客間に用意されたソファにふんぞりかえって、シャルロッテが用意したワインを楽しんでいた。
シュペルリング・ヴィラの地下に作られたワインセラーから持ち出されて来たものだ。
秘蔵、と呼べるほどの一品ではなく、先代の公爵などが日常的に飲んでいたものではあったが、公爵家御用達のワイナリーで作られた上物であり、シュペルリング・ヴィラのワインセラーの管理も行っている御者のゲオルクによると美味しいものであるらしい。
ルーシェはもちろん、シャルロッテもまだお酒には縁がなく、味などはわからないものの、先ほどからワインを飲み続けているフェヒターの様子を見るに、本当に美味しいものであるのだろう。
「おい、そこのメイド」
3杯目のワインを飲み干し、空になった銀のゴブレットをタン、とテーブルの上に置いたフェヒターは、突然、赤くなった顔をシャルロッテの方へと向けた。
「なんでございましょうか? 」
ルーシェと一緒に客間の出入り口の扉近くでひかえていたシャルロッテが礼儀正しく答えると、フェヒターはニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「ぼさっと見てないで、しゃくの1つもしたらどうなんだ? ぇえ? ほら、この通り、オレの盃は空っぽだぞ」
「……かしこまりました」
ゴブレットを逆さにし、ワインを注ぐように催促してくるフェヒターに向かって一瞬鋭く双眸を細めたものの、シャルロッテは軽く膝を折り、スカートをつまむようにしてそう返答し、コツコツと小さくブーツを鳴らしながらフェヒターへと近づいていく。
そのシャルロッテの背中を、ルーシェは不安そうに見送る。
フェヒター準男爵がシャルロッテへと向けていた視線には、悪意というか、邪なものが感じられたからだ。
シャルロッテも当然気がついているはずだったが、彼女は平然としていた。
フェヒターの近くまで来ると、「失礼いたします」と言ってワインボトルを手に取り、フェヒターが持っているゴブレットにそれを注いでやる。
フェヒターは、そんなシャルロッテのことをニヤニヤと見やりながら、ゴブレットを傾けてワインの香りを楽しみ、それから、一気に飲み干して見せた。
「どうだ、メイド」
ワインを飲み干し、さらに注ぐようにシャルロッテに向かってゴブレットを突き出しながら、フェヒターは勝ち誇ったように言う。
「あのすずめ公爵には、まだ酒の味はわからんだろう? 仕え甲斐のない主とは思わんのか? 」
「公爵殿下は、まだお若くていらっしゃいますから」
シャルロッテはフェヒターの不遜な態度にも眉一つ動かさず、淡々とそう切り返しながらワインを注いでやる。
「フン。……あの生意気な小僧め」
フェヒターはシャルロッテのつれない返答に鼻を鳴らし、それから、シャルロッテやルーシェがエドゥアルドに仕えているのを知ったうえで、あえてエドゥアルドをののしった。
「なんの後ろ盾もない、名ばかりの公爵ではないか。……フン、いずれ失脚して、その公爵位さえも失うだろう。……お前、どうだ? 」
そして、フェヒターはニヤリと笑うと、シャルロッテのメイド服のスカートの中に手を入れようとする。
「あんな小僧なんぞ見限って、オレに仕えんか? 好きなだけ着飾らせてやるし、なんなら、毎日かわいがってやってもいいのだぞ? 」
下品な、臣下として公爵の居館を訪れているという今の状況にはまったくふさわしくない行為だった。
フェヒターの突然の行動にルーシェはこれからどうなるのだろうとハラハラとさせられたが、シャルロッテは冷静だ。
「おたわむれは、おやめくださいませ」
冷静にワインボトルをテーブルの上に置き、自分のスカートをめくり上げようとするフェヒターの手をとらえ、自然な動作で力を加えひねり上げる。
フェヒター準男爵は、たまらず、情けない悲鳴をあげた。
シャルロッテの力は見た目よりもはるかに強く、フェヒターはそのまま、ソファの上に組み伏せられるような勢いだ。
フェヒターの手からゴブレットが離れ、床の上にゴトンと落ちて、絨毯にワインの染みが広がっていく。
「あらあら、これは、いけませんね」
そこでようやく、シャルロッテはフェヒターをひねり上げる手を緩めた。
「後でお掃除をいたしませんと」
そう言いながらシャルロッテは落ちたゴブレットを回収し、ルーシェに目配せをして代わりのゴブレットを持ってこさせると、ソファにうずくまるようにして痛みで額に冷や汗を浮かべているフェヒターに、冷ややかな笑みを向けた。
「フェヒター準男爵様? ワインのお代わりは、いかがでございましょう? 」
フェヒターはその言葉でシャルロッテの方を見上げ、そして、鋭利なナイフを突きつけているかのようなシャルロッテの眼光に怯む。
「いらない! ……それと、お前ら、もういいから、部屋から出ていけッ! 」
それから、自身の醜態をとりつくろうように、フェヒターは大声でそう言った。




