第40話:「お披露目(ひろめ)」
第40話:「お披露目」
「見て、見て! カイ、オスカー! 公爵さまからいただいたのよ! 」
エドゥアルドの視察に同行した、その翌々日の朝。
ルーシェは自室で嬉しそうにはしゃぎながら、ベッドの上でまだ眠たそうに寝そべっているカイとオスカーの前でくるくると身体を回転させて見せる。
シャルロッテが仕立て直してくれたメイド服に、左右に分けた長い髪をまとめた姿。
いつものメイド姿だったが、今日からは少し違っている。
ルーシェは、エドゥアルドからプレゼントされた青いリボンで自身の髪を結んでいた。
今までは実用性だけあればいいということで古い布を作り直した質素なリボンで結んでいたのだが、新しく身に着けたリボンの色はやはり鮮やかで、見違えるようだった。
もっとも、そんな違いは動物たちにはわからないらしく、カイは眠たそうに目をぱちくりし、オスカーは大あくびをしている。
だが、ルーシェはそれでも満足だった。
こんなふうに[オシャレ]をするのは、生まれて初めてのことだったからだ。
最初は、エドゥアルドにもらったとはいえ、この青いリボンを使うことには迷いがあった。
スラム街で育ってきた自分には高価すぎる代物だったし、[どうせ似合わないだろう]と思えたからだ。
だが、視察に同行した次の日、つまり昨日に、ルーシェがエドゥアルドからもらった青いリボンを使っていないことに気がついたシャルロッテから、「せっかくいただいたのですから、使わないのはかえって失礼ですよ」と言われて、決心がついた。
きれいな1本の長い布になってくるくる巻きにしてあるリボンをちょうどいい長さに切り取るのは、ルーシェにとってはかなり厳しい決断ではあった。
だが、いざハサミを入れて切り取ったリボンを自身の髪に合わせて鏡をのぞいてみると、ワクワク、ウキウキとした気持ちが湧きあがって来た。
このリボンを身に着けていったら、エドゥアルドはなんと言うだろう?
シャルロッテは? マーリアは? ゲオルクは?
今のルーシェは、そんな楽しい想像を巡らせることができるのだ。
それが、なによりもルーシェには嬉しいことだった。
リボンの使い方は、いろいろ試してみた。
ポニーテールやサイドテールといった結び方も試してみたし、おとぎ話に出てくるような女の子のように、頭にかわいらしく結んで飾りにしてみたりもした。
だが、これまで通りのツインテールが一番いいと思えたので、リボンの色が映えるように少し長めに切ったものを選んで結びつけた。
「よしっ! 今日も、ガンバロー! 」
ルーシェは、鏡の中の自分に向かって満面の笑みでそう言うと、右手を上に突き出し、「オーッ! 」と自分でかけ声をかけて気合を入れてから、今日の仕事をこなすために出発した。
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その日、ルーシェの機嫌は上々だった。
シャルロッテも、マーリアも、ゲオルクも、みんなルーシェが青いリボンを身に着けているのに気づき、口々にほめてくれたからだ。
「上手に結べていますね。かわいらしいです」
「あら、公爵さまからいただいたっていう、新しいリボン? きれいだしあなたの髪に良く似合っているわ! 」
「おや? いつもとリボンの色が違うね? ……そうかい、とてもきれいでいいじゃないか」
そう言いながら微笑む人たちを見ると、ルーシェの頬も自然に緩む。
とにかく、嬉しくて、楽しくて仕方がなかった。
だが、ただ1人、肝心のエドゥアルドだけは、反応が違った。
給仕はもう少し練習してから、ということでルーシェはエドゥアルドの身の回りの世話からは担当を外されていたのだが、いつものように館の裏の森で訓練をしているエドゥアルドを呼びに行くという仕事を任せてもらうことができ、ルーシェはエドゥアルドもなにか感想を言ってくれないかと、ワクワクしながら森へと向かった。
「ああ、お前か。……もうそんな時間だったか。ありがとう」
剣の稽古で汗だくになっていたエドゥアルドは、ルーシェがシャルロッテから持たされていたタオルを受け取って汗をふきながらルーシェに礼を言ってはくれたが、ルーシェは少し不満そうに頬をふくらませる。
お礼を言ってもらえたということはルーシェがエドゥアルドたちの役にたてたということで、それは嬉しかったのだが、今は別のリアクションが欲しかったのだ。
「ん? なんだ、そんな顔をして……? 」
汗をふき終わり、顔をあげたエドゥアルドは、ルーシェの不満そうな表情を見てけげんそうな顔をする。
「なんでもございませんっ」
そんなエドゥアルドに向かってそう言いつつ、ルーシェはそっぽを向いてみせた。
ただ、エドゥアルドから顔をそらしたわけではない。
そっぽを向くことでルーシェは自身の結った髪を大きく揺らして強調して見せ、[公爵さまからいただいたリボン、ちゃんと身に着けていますよ]という主張をしたのだ。
ルーシェはエドゥアルドに、青いリボンを身に着けていることに気がついて欲しかった。
ルーシェが、自分の居場所を見つけたと思えるきっかけをくれた、大切なリボンの存在に。
そして、なんでもいいから、一言、感想が欲しかった。
「……? 」
しかし、エドゥアルドは相変わらず、怪訝そうな顔をするだけだった。
「まったく、変な奴だ」
ルーシェはエドゥアルドがリボンに気づくまで、辛抱強く待つつもりでそっぽを向けたまま頬をふくらませていたが、やはり、ダメだった。
エドゥアルドは小さくそんな感想を、ルーシェが欲しかったものとはまったく関係のない言葉を呟くと、すっかりエドゥアルドの護衛が板について来たカイに「戻るぞ」と命じ、さっさと館へ向かって歩き始める。
カイはというと、「わん」と一声鳴くと、ルーシェの脚に尻尾を振りながら身体をすりよせたあと、トコトコとエドゥアルドについて行ってしまった。
ルーシェは、その場に1人、残される。
「ぐぬぬぅ……っ」
ルーシェは思わず、悔しそうにそんなうめき声を漏らしていた。
エドゥアルドが、ルーシェのリボンに気がついてくれていないのだとしたら、まだ良い。
だが、もし、その存在に気がついたうえで、なんの感想もいだかなかったのだとしたら、ルーシェにとっては悔しくてしかたのないことだった。
「どうした、ルーシェ! 今日はこれから来客の予定があるんだ! シャーリーたちを手伝ってやってくれ! 」
ルーシェがその場に立ちつくしたままでいることには気がついたエドゥアルドが、一度振り返ってルーシェにそう声をかけてくる。
「……はい、かしこまりました! 」
ルーシェがそう言いながら振り返ると、エドゥアルドはすでにルーシェに背を向けて館に向かっていた。
まるで、ルーシェにはなんの関心もないというような態度だ。
そんなエドゥアルドの背中を、ルーシェはこっそりとねめつけ、(いつか立派なメイドになって、公爵さまだって見返してやります! )と、静かに闘志を燃やすのだった。




