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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第3章:「狩り」

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第37話:「すずめ公爵:1」

第37話:「すずめ公爵:1」


 ルーシェにとって、エドゥアルドの視察に同行することは最初、あまりにも辛いことだったが、その帰り道は幸せな気持ちでいっぱいだった。


 自分は、ここにいてもいい。

 ルーシェはようやく、自分の居場所を見つけることができた気持ちだった。


 馬車は今、ゆっくりとノルトハーフェンの街を、南に向かって走っている。

 その馬車の中でルーシェはすでに泣き止み、エドゥアルドからプレゼントされた青いリボンをぎゅっと抱きしめ、にへら、にへら、と頬を緩ませていた。


 そんなルーシェの姿を、エドゥアルドは車窓の外の景色を見ている風をよそおいながら、少し気味悪そうに横目で眺めている。


 確かに、エドゥアルドとしては、スラム育ちであることで染みついたルーシェの貧乏根性を払しょくし、萎縮いしゅくせずに働けるようにしてやりたいと思って今日のようなことをしたのだが、ルーシェの喜びようはエドゥアルドの想像をはるかに超えていて、なんだか違和感さえ覚える。


(たかが、リボンを送っただけじゃないか……)


 ルーシェが喜んでくれて、萎縮いしゅくするような気配が小さくなったことはよかったのだが、エドゥアルドからすればルーシェは未知の存在に思えてしまう。


 シャルロッテはというと、いつものように冷静で知的な雰囲気で、居住まいを正して席に座っているだけだったが、その唇は心なしか微笑んでいるようにも見え、ルーシェが打ち解けてきていることを内心で喜んでいるようだった。


「公爵殿下。街を出ましたら、景色の良い場所でも見つけて、そこでお食事にいたしましょうか」

「……ああ。それでいい」


 突然、馬車が停車したのは、シャルロッテの確認にエドゥアルドがぶっきらぼうに答えた時のことだった。


 ちょうど、馬車はノルトハーフェンの街並みを出ようとしているところだった。

 街中であれば、通行人の突然の飛び出しや、狭い道で他の馬車などに行き会ってしまった場合など、突然停車することも起りやすいだろうが、すでに帝国各地へと続く街道に入った後であり、それは考えにくい。


「なにごとですか? 」


 エドゥアルドが目配せをすると、シャルロッテは自身の顔の横にあるのぞき窓を開き、そこから馬車の前方をのぞき見つつ、ゲオルクになにがあったのかをたずねた。


「それが、前を、何人かが通せんぼしているのです」

「何者ですか? 」

「どうやら、フェヒター準男爵と、その手下どもであるようです」


 ゲオルクからのその返答が聞こえていたエドゥアルドは、チっ、と小さく舌打ちする。


「おい、いるんだろう? [すずめ公爵]! 」


 その時、外の方から、まるで誰かをあざけるような声が聞こえてくる。


「公爵ともあろう者が、護衛の部下も連れずにうろうろ、うろうろ! まるですずめみたいにちょこまかと! まったく、見ていて哀れになるぞ! 」


 罵声ばせいに続いて、何人かの男が声を立てて笑い始める。


(すずめ公爵……? )


 ルーシェには、それがどういう理屈で罵倒ばとうの意味になるのか、イマイチ理解できなかったが、エドゥアルドのことを指していることだけはわかった。

 タウゼント帝国には公爵位を持つ貴族の家はいくつかあったが、少なくともこの場でそう呼ばれるべき存在は、エドゥアルドだけであるはずだからだ。


外から聞こえて来た嘲笑ちょうしょうの声を、めんどくさそうな表情で聞いていたエドゥアルドだったが、彼は小さくため息をついた後、薄く開いたのぞき窓越しに前方を睨みつけながら短く、はっきりと命じた。


き殺せ」

「……ぅぇっ!? 」


 唐突にエドゥアルドの口から発せられた冷酷な命令に、プレゼントされたリボンを抱きしめたまま、なにがあったのかと周囲をきょろきょろ見まわしていたルーシェは思わず悲鳴をあげてしまう。


 馬車の進行を邪魔している者たちを、き殺せ。

 ついさっき、「スラム街に暮らすような人々を救うような政治をしたい」と言っていたエドゥアルドからは、想像もできないような命令だ。


 いったいどういうことなのか。

 エドゥアルドは、本当はやっぱり冷たい人間で、ルーシェに見せてくれた優しさは、ただの気まぐれに過ぎないのだろうか。


 そんなことはない、とエドゥアルドを信じたいという気持ちと、気まぐれに過ぎなかったのかと不安な気持ちで葛藤かっとうしながら、ルーシェは思わずエドゥアルドのことを凝視してしまう。


「公爵殿下……」


 そんなルーシェの横で、シャルロッテがたしなめるような口調でエドゥアルドに言った。


「フン。……わかっているさ」


 エドゥアルドは実に不愉快そうに鼻を鳴らす。


 どうやら、今の命令は冗談であったらしい。

 いや、エドゥアルドとしては本気で相手をき殺したいと考えていそうな雰囲気ではあったが、ひとまず、流血の事態にはならないようだ。


ほっとしたルーシェが、(公爵さまは、どうなさるのでしょうか……? )と見つめていると、エドゥアルドは大きくため息をついた。


「しかたがない。少し、話をして追い払うしかないだろう」

「公爵殿下。それは、いけません」


 その言葉にシャルロッテは、明確に否定する意見を述べる。


「あまりにも危険過ぎます。相手は、フェヒター準男爵なのですよ? 」

「わかっているさ。……だが、アイツも、こんな白昼堂々、僕に手を出すほどバカじゃないだろう。僕をいずれは排除するつもりだとしても、な」


 警戒するような表情を隠さないシャルロッテに、エドゥアルドは小さく首を左右に振って見せる。


「どうせ、いつもの嫌がらせだろう。僕が奴らの企みに首を突っ込んで調べまわっていたからな。僕を牽制けんせいしようとでもいうのだろうさ。……だがな、僕は、この国の領主、公爵だ」


 それからエドゥアルドは、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。


「少し、その[事実]を、奴らに思い出させてやるだけさ」


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