第33話:「視察:5」
第33話:「視察:5」
オズヴァルドは、杖をついてヨタヨタと歩きながら、エドゥアルドを自ら先導して工場内の案内をしていった。
一見するとエドゥアルドへの敬意と好意があふれているような笑顔で、息を切らしながら案内を続けるオズヴァルトの姿はエドゥアルドにとって滑稽でさえあったが、同時に恐ろしくもある。
目の前にいる人物は、なりふりかまわず、自身の欲のためならここまでするのだ。
若いなりに、公爵として、帝国の貴族としての誇りを持っているエドゥアルドにとってそれは理解しがたく、不気味に映る。
だが、工場の実際の設備を目にすると、その不快感をエドゥアルドは忘れることができた。
[甘く見られないため]にエドゥアルドは事前にオズヴァルトの工場とその設備や製品について勉強し、知識を身に着けてきてはいたが、実際に目にする本物の工場は、知識で知っていたよりもずっと迫力があったからだ。
ヘルシャフト銃火器工場では、鉄の精錬から、大砲や小銃の製造までのすべてを行っている。
海を越えた向こう、産業化のもっとも進んだ島国、イーンスラ王国で設計された最新式の溶鉱炉では、コークスと呼ばれる石炭を蒸し焼きにしてより高温を発生させることができるようにした燃料を使って、毎日大量の鉄を精錬している。
そして、工場ではそれらの鉄を加工し、大砲や小銃を製造して、タウゼント帝国の全体へ、そして他国へも供給している。
中でも驚いたのは、大砲の製造工程だった。
帝国で使われている大砲はすべて鉄を鋳造して作られているものだったが、その製造方法が、エドゥアルドが知識で得ていたものと違う新式のものに改められていたからだ。
かつての大砲は、粘土などで作った円柱状の鋳型と、砲身の外形を作る鋳型を組み合わせ、そこに溶けた鉄を流し込むことで製造していたのだが、ヘルシャフト銃火器工場では別の方法を使用していた。
砲身を鋳造して作るという点は変わらないが、粘土で砲腔となる部分をあらかじめ用意しておくのではなく、まず大きな鉄の塊を鋳造し、その塊を、砲腔の直径に合わせたドリルで削り出して砲身を作るのだ。
これもまた、タウゼント帝国だけのオリジナルの製造法ではなく、西の隣国、アルエット王国において考案された大砲の製造方法だった。
従来の、粘土を使って砲腔を作る方法では、粘土の鋳型に形にムラができるために砲腔の内部が平滑ではなく歪んでおり、大砲によって射撃時の精度に差が大きく、また、発砲時に砲弾に効率的に火薬の力を伝えられないという欠点があった。
それを、ブロックからの削り出しとしたことで、ムラのない均一で平滑な砲腔を作り出すことができ、効率よく火薬の力を砲弾に与えることができるだけではなく、射撃時の精度も向上し、しかも、砲そのものを軽量化することもできたのだという。
案内された先で、エドゥアルドに従来の大砲と、ヘルシャフト製の大砲との違いを説明するとき、オズヴァルトは饒舌になった。
彼は簒奪の陰謀に加担する側ではあったが、大砲の製造法を知ったところで陰謀の成否にはまったく関係がないことだったし、なにより、根っからの商売根性が自然と彼にエドゥアルドへの[売り込み]をさせたのだろう。
そして何よりエドゥアルドにとって印象的だったのは、工場の喧騒だった。
絶対に信頼のおける数名だけを周囲に置き、街道から少し離れた場所に別荘として築かれたシュペルリング・ヴィラに住むエドゥアルドは、毎日静かな生活を送っている。
そんなエドゥアルドにとって、溶鉱炉の溶けた鉄の熱気、工場の工作機械を稼働させる蒸気機関からの熱気だけではなく、そこで労働する人々の熱気は、新鮮なものだった。
「いかがです? 我が社の工場は。いやぁ、こう言ってはなんですが、ずいぶん金がかかりましたよ。……ま、おかげで我が社の業績は右肩上がり、皇帝陛下にも大変ごひいきにしていただいております」
「いや、オズヴァルト男爵。僕も、話には聞いてはいたが、まったく大したものだ」
一通り工場設備の見学を終えた後、得意満面といった様子のオズヴァルトに、エドゥアルドは素直にその偉業を認めざるを得なかった。
「しかし、オズヴァルト男爵。これだけの兵器、買い手はつくのか? 」
「ご心配なさらず。我が社の製品は、引く手あまたでございますので」
感心した様子でのエドゥアルドからの問いかけに、オズヴァルトはムフフ、と自慢そうな笑みをこぼす。
「これほどの工場設備を有しているのは、世界でも数えるほどしかありません。我らが栄光ある帝国では、我が社だけでございます。皇帝陛下へお納めさせていただく以外にも、他の諸侯の皆様とも取引させていただいております」
「外国に売ることはあるのか? 」
「まぁ、ないとは申せませんな。このような最新式の兵器を作れる場所は限られておりますゆえ、高くてもよいから売ってくれというお客さまは多くございます。……もちろん、帝国に仇をなすような相手には売っておりませんよ? 儲けさせていただいた分も、税としてきちんと納めさせていただいております」
「ふむ、なるほど。さすが、帝国第一の大商人だ」
エドゥアルドが称賛すると、オズヴァルトは恭しく一礼し、「光栄でございます」と、礼を述べる。
そんなオズヴァルトに向かって、エドゥアルドは冷たい視線を向け、短く、だが、はっきりと言った。
「僕から公爵位を奪おうとする輩にも、貴殿は武器を売っているそうだな? 」
その言葉に、オズヴァルトは答えなかった。
ただ、エドゥアルドに向かって頭を垂れたままだ。
「めっそうもないこと、でございます」
しばらくの沈黙ののち、オズヴァルトは顔をあげると、平然とした様子で、エドゥアルドの言葉に答えた。
「そのような、口にするのもおぞましいような陰謀、私のようなイチ商人の分際には思いもよらぬことでございます。……殿下のご要望に従い、提出させていただいた帳簿にも、ご不審な点はございませんでしたでしょう? 」
「……フン」
ぬけぬけと言ってくるオズヴァルトに、エドゥアルドは不快そうな視線を向け、鼻を鳴らして笑う。
「確かに、帳簿に不審なところは見受けられなかった。……だが、数週間前、貴殿の工場ではずいぶん多くの[不良品]を出したようだな? これだけのすぐれた設備、簡単に不良品は出ないと思うのだが? それとも、品質に問題があるのは、いつものことなのか? 」
「ああ、ああ、そのことでございますか」
エドゥアルドの追及にも、オズヴァルトは涼しそうな顔だ。
そんな程度で、自身が陰謀に加担していることの証拠にはならないと、そう考えているのだろう。
「まれにあることなのでございます。工員が未熟だったり、機械の調子が悪かったり……。もちろん、公爵殿下を始め、諸侯の皆さまに納めさせていただいているものには不良品は混ざっておりません。厳しい検査で不良品は弾いておりますから。品質は、この私が保証させていただきます」
エドゥアルドは、それ以上オズヴァルトを追求することはできなかった。
実際のところ、エドゥアルドは、オズヴァルトが陰謀に加担しているという確かな証拠を手にできていないのだ。
相手がなにをしているのか、誰がなにをしているのか、わかっているのに、なにもすることができない。
あまりにももどかしいことだったが、実権なき公爵にはどうすることもできない。
「そうか。……そういうことにしておこう」
エドゥアルドにできることといえば、こうして、「常に目を光らせているぞ」と、簒奪に加担する人々を牽制することだけだった。
「せいぜい、商売にはげむことだ」
「むろんでございます。……これからも商人として、皇帝陛下と公爵殿下に忠実にお仕えしていく所存です」
エドゥアルドの言葉に、オズヴァルトは再び、慇懃無礼な一礼をして見せた。
※作者注
タウゼント帝国で運用されている大砲については、概ね、フランスのグリボーバル・システムと同様のものです。
製造法についても、Wikiなんかに乗っているものを参考に(ほぼコピー)して書いています。




