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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第2章:「少年公爵」

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第28話:「給仕:2」

第28話:「給仕:2」


 手がふさがっていたので、ルーシェは自分を支えることができず、そのまま床に滑り込むように倒れる他はなかった。


 当然、お盆も、その上に乗せてあったものも、みんな空中に放り出された。

 そして、ルーシェが、自分がとんでもない失敗をしてしまったことを認識するのとほとんど同時にそれらは落下して、ガシャン、と派手な音が鳴り響く。


 おそるおそる、ルーシェがおでこが赤くなった顔をあげると、そこには惨状が広がっていた。


 もう、めちゃくちゃだ。

 放り出されたコーヒーポットはエドゥアルド公爵の食卓の上に落ちて派手にコーヒーをぶちまけ、真っ白だったテーブルクロスを焦げ茶色に染めていたし、床の上にはミルクが飛び散り、角砂糖が散乱している。

 そして、お盆が、クワンクワンと音をたてながら床の上で踊っていた。


 不幸中の幸いだったのは、エドゥアルド自身には害がおよんではいなさそうだということだった。


 なぜなら、エドゥアルドの前にはシャルロッテが立ちはだかり、テーブルの上にぶちまけられたコーヒーがエドゥアルドに届くのを、身をていして守っていたからだ。

 エドゥアルドは無事で済んだが、その代わり、シャルロッテのメイド服のエプロンには、コーヒーの染みができてしまっている。


 ルーシェの全身から、サーッと、血の気が引いていく。


 少し前、森で剣の訓練をしていたエドゥアルドを呼びに行った時、ルーシェは不始末をしでかしたばかりだった。

 その件に関しては、ルーシェには落ち度がなく、エドゥアルドもそれを認識していたのかまったく不問にしてくれたが、しかし、これは違う。


 明らかに、ルーシェに落ち度があった。


「なにをやっているんですかっ!! 」


 頭の中が真っ白になったルーシェがなにかを考え始めるのよりも早く、シャルロッテがルーシェをしかりつけた。


 これまでに聞いたことのないような、大きくて、迫力のある声だ。

 ルーシェはその声を聞いた瞬間、全身が縮み上がって、思わずその場に土下座をしていた。


「もっ、申し訳ありませんっ、シャーリーお姉さまっ! 」

「申し訳ありませんで、済むことではありません! 」


 ルーシェは必死に、真剣に謝罪したが、シャルロッテはルーシェを許さない。


 当然のことだろう。

 こんなことは、[公爵家のメイド]にあってはならないことなのだ。


 自分は、これからどうなるのだろう。

 とうとう、この館を追い出されるのに違いない。

 せっかく、居心地のいい場所を見つけることができたと思ったのに、自分の失敗によって、すべてを失うのだ。


 自分だけなら、まだいい。

 カイやオスカーも、一緒に追い出されることになるかもしれない。


 恐ろしい想像で頭がいっぱいになり、怖くて震えるしかないルーシェの目の前に、シャルロッテがブーツを鳴らしながらやって来た。


「立ちなさい、ルーシェ! 」


 そして、シャルロッテは乱暴な手つきでルーシェの肩をつかむと、軽々とルーシェをその場に立たせた。


 その顔は、当然、怒っている。

 ルーシェにメイドとしてのいろはを教え込む時、シャルロッテはルーシェを厳しくしかりつけることもあったが、今、ルーシェへと向けられている視線は、指導の時よりもはるかに恐ろしいものだった。


「ア……、あの……、ご、ごめんなさい、シャーリーお姉さまっ……。わた、わたし、こんなつもりじゃなくって……」


 ルーシェは、シャルロッテの怒りの視線に怯え、まなじりに涙を浮かべながら、震える声で謝ろうとする。


 だが、シャルロッテは、唇をきつく引き結び、ルーシェを睨みつけたまま。

 そして、その左手があがる。


(叩かれるっ)


 ルーシェは、思わず両目をきつく閉じ、全身をこわばらせた。


「シャーリー。待て」


 ルーシェを折檻せっかんしようとしたシャルロッテを制止したのは、エドゥアルドだった。


「聞いたことがあるんだが、南の方では、ケーキにコーヒーをかけて食べるところがあるらしい。……なるほど、こうやって食べてみると、確かに悪くないな」


 手をあげたままの姿勢で振り返ったシャルロッテと、とんでもないことをしてしまったという後悔と、自分はどうなってしまうのかという怯えで震えているルーシェが視線を向けると、そこでは、コーヒーをもろにかぶってびしょびしょになったケーキにフォークを入れ、切り取ったケーキを口に運ぶエドゥアルドの姿があった。


「少し驚かされたが……、いや、意外な発見ができた」

「殿下っ! 」


 ルーシェをかばうために、エドゥアルドは変な芝居をしている。

 それはルーシェにもわかるほどだったのだから、シャルロッテにも当然お見通しだ。


 このままルーシェをしからなければ、始末がつかない。

 シャルロッテはそう言いたそうに声をあげたが、エドゥアルドゆっくりと首を左右に振った。


「いい。……幸い、シャーリーがかばってくれたから、僕には被害がなかったんだ。それに」


 それからエドゥアルドは、ルーシェの方をちらりと見て、そっぽを向けると、ケーキを一欠けら口に運び、そのままお行儀悪くフォークを口にくわえながら言う。


「そいつは、多分、十分反省しているだろうさ」

「殿下……」


 エドゥアルドのその様子を見て、シャルロッテは言葉を失い、それから、大きなため息をついてあげていた手をおろし、ルーシェの方を振り返った。


 シャルロッテは、当然、まだ怒っている。

 だが、エドゥアルドの指示には従うつもりでいるらしく、もう、ルーシェを折檻せっかんしようとは思っていないようだった。


「あ……あの……」


 ルーシェは、まだ怒ったままのシャルロッテに謝ろうとしたが、シャルロッテはルーシェに向かって小さく首を振って、それ以上の発言をさえぎった。


 それから、シャルロッテは、冷たい口調でルーシェに命じる。


「あとのことは、私とメイド長でなんとかします。……あなたは、今日はもう、部屋に帰りなさい」


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