第127話:「のぞき見メイド、知恵をつける:2」
第127話:「のぞき見メイド、知恵をつける:2」
ボーン、ボーン、ボーン、と、3回、時計の鐘が打ち鳴らされる。
「ふへっ!? 」
その鐘の音で、すっかり居眠りをしていたルーシェは跳ね起きた。
「うへっ!? えっ!? 今、何時? ……3時ィっ!!? 」
そして戸惑いながら時計を見て時間を確認したルーシェは、自分が休憩中に眠ってしまったことに気づいて、血相を変えた。
ほんのちょっと、休憩するだけのつもりだったのに。
やらなければならないお仕事は、たくさんあったはずなのに。
ルーシェは慌てて、イスを蹴る勢いで立ち上がったものの、寝ぼけたままで、自分がなにをすればいいのかを判断できず、慌てた様子で右往左往する。
「まず、涎をふくことだな」
そんなルーシェの様子に思わず笑みを浮かべていたエドゥアルドは、からかうような口調でそう指摘した。
「ぁへぁっ!? はわわわわっ!? 」
エドゥアルドに言われて、ルーシェは自分がだらしなく涎を垂らしてしまっていたことに気がつき、慌ててメイド服のすそで口元をぬぐった。
それから、ツインテールを揺らしながら、ガバッ、と頭を下げる。
「もっ、ももももっ、申し訳ありませんっ、エドゥアルドさまっ! 」
「別に、かまわないさ。……お前の慌てているところは、いつ見てもおもしろいからな」
本に視線を向けたままのエドゥアルドの、本当におもしろがっているような口調に、ルーシェは赤面しつつ、不満そうに頬をふくらませる。
(ム―。エドゥアルドさま、いじわるです! )
口には出さないものの、こちらのことを睨みつけてくるルーシェに再び苦笑すると、エドゥアルドは空になったコーヒーカップを指さした。
「お代わり、用意してくれ。寝坊助さんのおかげで、僕はすっかり、喉がカラカラだ」
「あっ、はいっ! すぐにご用意いたしますね! 」
そのエドゥアルドの言葉にはっとしてうなずくと、ルーシェはバタバタと慌てた足取りでコーヒーの準備をする。
もうすっかり、メイドとしての意識がルーシェには染みついているようだった。
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ルーシェが、冷えてしまっていたコーヒーを暖炉の火で温め直して持ってくると、エドゥアルドは難しそうな顔で本と睨めっこをしていた。
「どうされたのですか? エドゥアルドさま」
エドゥアルドのカップにコーヒーをつぎながら、ルーシェがなにげなくたずねると、エドゥアルドは「いや、ちょっとな」と言ってうなずいた。
エドゥアルドが読んでいる本は、外国の書籍をタウゼント帝国で一般的に用いられている言語に翻訳したもので、ヴィルヘルムの授業でこの前使われたものだった。
「この前、ヴィルヘルムから授業を受けたところを復習しているんだが、ここの翻訳が確か、不正確だと聞いたんだが、ヴィルヘルムに聞いた本来の意味がどんなだったか、記憶が曖昧なんだ」
「ああ、それなら」
エドゥアルドもなにげなく指でページの一部を指さしたのだが、その指さした先をのぞき見たルーシェは、すぐに笑みを浮かべて、「確か、ヴィルヘルムさまはこうおっしゃっていましたよね? 」と、エドゥアルドが指さした箇所の本来の意味を答えていた。
そのルーシェの答えを聞いて、エドゥアルドは心底驚いたような顔でルーシェのことを見つめる。
ルーシェの答えでエドゥアルドはヴィルヘルムから教えられたことをはっきりと思い出していたのだが、その内容がルーシェの答えとぴったり一致していたからだ。
「あ、あの……、エドゥアルドさま? 私の顔に、なにか……? 」
「あ、ああ、すまない。……ちょっと、驚いたんだ」
エドゥアルドに見つめられてルーシェはぽっと赤面し、エドゥアルドは慌てて視線をそらした。
それから、少し深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、エドゥアルドはルーシェに確認する。
「ところで、ルーシェ、お前、文字が読めたのか? 」
「あっ、いえ。前は少しも読めなかったのですが、ゲオルク様から教えていただいたので」
「ああ、そう言えば、教えたいと言っていたな。……しかし、ルーシェ。どうしてお前が、誤訳される前の本来の意味を覚えていたんだ? 」
「それは、エドゥアルドさまとヴィルヘルムさまの授業を聞いていて……、あっ! 」
エドゥアルドの問いかけに素直に答えたルーシェだったが、すぐに自分が授業をのぞき見していることは秘密にしているのだったということを思い出して、しまった、という顔をする。
「別に、いいさ」
いけないことを見つけられてしまった、といった感じで、おどおどとし始めるルーシェに、エドゥアルドは肩をすくめながら言う。
元々、ルーシェが授業をのぞき見していることなどエドゥアルドは承知していたし、知っていて「仕事に支障が出ないなら」と黙認していたことなのだ。
そんなことより、エドゥアルドは、驚いていた。
授業をのぞき見していただけのルーシェが、その内容を正確に記憶し、どうやら理解までしている様子だったから。
同時に、感心もする。
ルーシェが内容を記憶していた本は、かなり難しい政治に関する思想哲学の大著で、内容を正確に記憶するだけでも大変なものだったからだ。
「なぁ、ルーシェ。……お前、いっそのこと、のぞき見なんかやめて、僕と一緒に、直接ヴィルヘルムから授業を受けるつもりはないか?」
もし、ルーシェがそれだけ賢いということなら、せっかくだし授業を受けさせてみたら、どうなるだろうか。
その方が自分も楽しそうだし、などとエドゥアルドは考えながら、冗談半分でそうたずねたのだが、その言葉を聞くとルーシェは目を丸くして驚き、それから、キラキラと瞳を輝かせた。
「ルーが、授業にご同席しても、よろしいのでございますか!? エドゥアルドさま! 」
「あ、ああ。……ただし、メイドとしての仕事に支障がない範囲で、だが」
その、予想以上の食いつきの良さに若干気圧されながら、一度口にしてしまったことだしルーシェに授業に同席することをエドゥアルドが認めると、ルーシェは力いっぱい、うなずいた。
「もちろんでございます! エドゥアルドさま! ルーシェ、ばっちりお勉強して、もっともっと、お役に立ちますね! 」




