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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第6章:「決闘」

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第121話:「決闘:1」

第121話:「決闘:1」


 ごろつきがルーシェに向けたナイフの切っ先は、ルーシェの髪を束ねている青いリボンを切り裂いていた。


 エドゥアルドがルーシェにプレゼントし、それ以来、毎日幸せな思いで鏡を見つめながらルーシェが自身の髪を結って来た、大切なリボン。


 ごろつきのナイフは音もなくそれを切り裂き、ルーシェの髪も数本切り取られて、切られたリボンと一緒にはらりと落ちていく。


 ルーシェは、自身の髪が解かれて肩にかかるのを感じながら、必死に歯を食いしばって、悲鳴をあげたいという衝動を我慢がまんする。

 今、自分が取り乱せば、エドゥアルドたちをさらに追い詰めることになるかもしれない。

 そう考えたルーシェは、少しでもエドゥアルドたちが有利になればと、健気に恐怖に耐えていた。


「ほほぅ、悲鳴をこらえるとは、なかなか健気なメイドではないですか! ……それとも、怖くて怖くて、声も出せないのですかな? 」


 そんなルーシェの様子に大仰に感心して見せると、フェヒターはさらにエドゥアルドをあおり立てる。


「自分の臣下が傷つけられていくのは、どんな感覚ですかな? さぁ、次はどこを切って差し上げましょうか? 耳? 鼻? 目玉? それとも、首筋? そのメイドの白い肌に、紅い花を咲かせて差し上げよう。……ふふふ、さぁ、公爵殿下。殿下のお好みの場所から切って差し上げますよ? 」


 ルーシェは、フェヒターのその言葉に、ゴクリ、とのどを鳴らした。


 スラム街では、いざこざや金銭問題などから、日に何件か傷害事件が起こることは珍しくなかった。

 そういった事件で用いられる凶器には様々なものがあるが、ナイフなどはもっとも頻繁ひんぱんに使われるもので、刺されたり、切られたりした犠牲者の数は数えきれない。


 そしてルーシェも、そうやって犠牲となっていた人の姿を、見たことがある。


 服に飛び散り、染みこんだ、鮮血の赤い色。

 それとは対照的に、暖かさを失って土気色となった、肌の色。

 その対比は、簡単に忘れられるものではない。


 自分も、そうなるかもしれない。

 そう思ったルーシェは、思わず両目をきつく閉じていた。

 本当は耳も塞いで、なにもかも忘れ、現実から逃げ出したかったが、ごろつきに捕らえられている状況ではそれは叶わない。


 だが、ルーシェが現実逃避をしながら一心に願ったのは、自分が救われることではなく、エドゥアルドとシャルロッテが無事に逃げ延びることだった。


 自分が、まんまとごろつきに捕まり、人質とされなければ。

 そんな自分を卑下ひげする気持ちもあったが、純粋じゅんすいに、2人の無事を願う気持ちの方が強かった。


 ルーシェにとっては、エドゥアルドもシャルロッテも、カイやオスカーと同じくらい大切な、家族のような人だったからだ。


 そんなルーシェの髪を結っているリボンが、また、ごろつきによって切り裂かれる。

 まとめられていた髪がルーシェの肩に落ちる感触に、ルーシェは怯えて、ピクリ、と肩を震わせる。


「どうした? メイド! 怖ければ、泣き叫んでもいいのだぞ? 」


 フェヒターの声に、いら立ちが混ざる。

 エドゥアルドに剣を抜かせなければならないのに、ルーシェが必死に悲鳴を上げるのをこらえているせいでなかなか思い通りにならないせいだった。


「まったく、主従そろって、イラつかせる。……おい、耳だ。削ぎ落せ」


 それでも著発に乗らないエドゥアルドに、とうとうしびれを切らしたのか、フェヒターはごろつきにそう命じた。


「や……っ!! いやぁっ!! 」


 自身の耳に軽く押しあてられた冷たい感触に、ルーシェはこらえきれずに悲鳴をあげた。


「やめろ! 」


 そして、その直後、エドゥアルドが鋭い口調でそう叫んでいた。

 腹の底から吐き出すような、そんな強い声だった。


 ルーシェは、恐る恐る、両目を開く。

 エドゥアルドが叫んでからしばらく経っても、ごろつきのナイフが自分の耳を切り落とすことなく、むしろ、ナイフがいったん、自分から遠ざけられたように感じられたからだ。


 涙でにじんだルーシェの視界の中に、身に着けていたマントを脱ぎ捨てたエドゥアルドの背中が見える。


 ルーシェには、エドゥアルドが今、どんな顔をしているのかわからなかった。

 だが、その背中からは、怒気があふれ出ているように感じられ、エドゥアルドの全身を強い怒りが荒れ狂っているのだと、ルーシェには思えた。


「いいだろう。フェヒター。……貴様の無礼な挑戦、受けて立ってやる」


 そして、エドゥアルドはそう低い、怒りに震える声で言うと、自身の手袋を脱ぎ捨て、フェヒターの足元へ向かって投げ捨てた。


 貴族のしきたりにルーシェはあまり詳しくないので分からなかったが、その、手袋を脱いで相手に投げつけるエドゥアルドの行為は、[決闘]の申し込みという意味を持っている。


「剣を抜け、フェヒター! 今、ここで、決着をつけてやる! 」


 エドゥアルドはそう叫ぶと、もう迷うことなく、その腰からサーベルを引き抜いていた。


 そんなエドゥアルドのことを、フェヒターは不機嫌そうににらみつけている。

 エドゥアルドに剣を抜かせることには成功したものの、フェヒターはエドゥアルドから決闘を申し込まれた。


 つまり、ごろつきたちに命じて、エドゥアルドたちを袋叩きにするという作戦が実行できなくなったのだ。


 フェヒターは卑劣ひれつなことをする人間だった。

 ルーシェを人質に取っているという時点でそれは明らかだったが、しかし、彼にも彼なりのプライドというものはあったらしい。

 それは、エドゥアルドに対する敵愾心てきがいしん、対抗心のようなもので、エドゥアルドには決して負けない、引けをとらないという意地だった。


 それが邪魔をして、フェヒターは卑劣ひれつに徹しきれなかったようだった。


「フン。……いいだろう。……お前たち、手を出すなよ」


 フェヒターはやがて不敵で獰猛どうもうな笑みを浮かべると、手下のごろつきたちにそう命じ、自身も腰からサーベルを引き抜いていた。


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