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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第6章:「決闘」

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第117話:「城壁の上:1」

第117話:「城壁の上:1」


 ミヒャエルとの昼食を終えたエドゥアルドは、ルーシェが今までに見た覚えがないほどに上機嫌だった。

 その表情は明るく、足取りは軽く、ルーシェに話しかける声も朗らかな印象だった。


 ルーシェは、マーリアがエドゥアルドとミヒャエルのために用意した昼食が、よほど美味しかったのだろうかと思った。

 だが、すぐに、エドゥアルドの機嫌は、食卓に着く前から良かったということを思い出す。

 そして、ミヒャエルと食卓を共にする間、エドゥアルドはミヒャエルと楽しそうに談笑していた。


 どうしてルーシェが昼食の様子を知っているかと言うと、その場に同席し、メイドとして働いていたからだ。

 お休み、ということでシュペルリング・ヴィラから外に連れ出してもらったルーシェだったが、結局、じっとしていられずに仕事を手伝ったのだ。

 マーリアやシャルロッテが働いているのに自分だけなにもしないというのは申し訳ないという気持ちもあったし、なんというか、じっと休んでいるとソワソワとしてきてしまう。


(ミヒャエル少尉とお話しした際に、よほど、嬉しいことがあったのですね)


 ルーシェは、ミヒャエルと公国のあるべき姿や、公国軍の制度について雑談のような格好で、だが真剣に話し込みながらデザートのケーキを頬張っていたエドゥアルドの楽しそうな顔を、コーヒーを給仕しながら、自身も嬉しそうな笑顔で見つめていた。


 エドゥアルドは、ルーシェにとっては大恩人だ。

 自分と家族をスラム街から救い出し、新しい、心地よい居場所をくれた。

 だからルーシェにとっては、エドゥアルドが喜んでいることが嬉しく思えるのだ。


 やがて昼食の時間も終わり、エドゥアルドとミヒャエルは握手を交わして別れた。

 エドゥアルドはもっとミヒャエルと話したがっている様子だったが、ミヒャエルはかなり回復してきたとはいえまだ病人であり、医師からあまり長く話し込まない方が良いだろうとの忠告を受けているからだった。


 食卓の後片づけをシャルロッテと一緒に終わらせてしまうと、ルーシェにとっての本当の意味でのお休みが始まった。

 ポリティークシュタットの街並みと、統治の具合を視察するためという名目で市街地を散策するエドゥアルドのお供をするという形で、ルーシェは自分の行きたい場所に連れて行ってもらうことができる。


 時間は、夕暮れ時まで。

 あまり遅くならないうちにシュペルリング・ヴィラへと帰る予定なので、たっぷり時間があるわけでもなかったが、それでもルーシェにとっては嬉しい息抜きだった。


 エドゥアルドには、ルーシェとシャルロッテが同行することになっている。

 マーリアとゲオルクの夫婦は、昼食の後片づけが終われば、エドゥアルドたちがシュペルリング・ヴィラに帰還する時間までは久しぶりに夫婦水いらずに過ごすことができる。

 シャルロッテだけは、エドゥアルドの警護という仕事もあるためお休みとは言い難い状況だったが、そればかりは他に代わりを務められる者がいないのでしかたがなかった。


 といっても、シャルロッテも楽しそうだった。

 警護の仕事があるとはいえ、ポリティークシュタットは公国の首都となる都市であり、治安は良いし、このような白昼堂々、衆目の前でエドゥアルドを暗殺しようとする者はまず、いないはずだからだ。

 もちろん、完全に気を抜いているわけではなかったが、エドゥアルドと一緒に街を巡り散策する間、シャルロッテはいつもよりもリラックスした様子だった。


 ルーシェは、もう、楽しくてしかたがなかった。

 あっちに行きたい、こっちに行ってみたいというルーシェのわがままをエドゥアルドたちはこころよく聞き入れてくれたし、カイとオスカーのためにお土産も買うことができた。

 それに、自分が今までに見たことのないものをたくさん、目にすることができたのだ。


 特にルーシェが喜んだのは、街の広場にやってきていた旅のサーカス団だった。

 陽気におどけた仕草で手芸を披露するピエロに、様々な楽器で楽しいメロディーを奏でる楽団、様々な芸を披露する賢い犬たちや、おりの中で雄叫びをあげる熊。

 それはサーカス団としてはあまり大きなものではない、ということだそうだったが、ルーシェからすれば生まれて初めて目にするもので、ルーシェは自分が公爵家のメイドだということを忘れてはしゃぎ、エドゥアルドもシャルロッテもそれを笑って見守ってくれた。


 そうして、楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。


────────────────────────────────────────


「公爵さま! ルー、高いところからこの街を見てみたいです! 」


 夢のような時間が過ぎ去り、エドゥアルドから「最後に行っておきたい場所はあるか」と聞かれたルーシェは、そう即答していた。


 ルーシェにとって、この日は、素敵な1日だった。

 そして、そんな素敵な経験のできたこの街の姿を、ルーシェは高いところから一望して、しっかりと記憶の中に残したかったのだ。


 今日のお休みは、ルーシェへのご褒美だった。

 だからエドゥアルドもシャルロッテも、ルーシェのわがままを大抵、聞き入れてくれる。


 エドゥアルドがルーシェの要望に応えて彼女を連れて行ったのは、ポリティークシュタットの市街地をぐるりと取り囲む、高い石造りの城壁だった。

 そこからなら、ポリティークシュタットの市街地を、城壁の内側も外側も一度に見ることができるからだ。


 都市を守る城壁は、言うまでもなく軍事施設だ。

 それが、数百年前であれば、ルーシェのような一介の使用人が、許可もなく立ち入ることなどできなかっただろう。


 だが、背の高い城壁が防衛施設としての役割を失ってから、かなり久しい。

 弓などの投射武器の射撃戦が主だった時代の戦争では、敵の侵入を阻止しつつ高所から矢を浴びせることのできる城壁は重要な防御施設だったが、今の時代、背の高い城壁は大砲の射撃などによって標的となり、容易に破壊されるようになってしまっているのだ。

 必然的に城壁の軍事施設としての価値は低下し、外部との出入りを管理することができ警備上の要点である門の周辺や、見張り台として機能する特に背の高いいくつかの塔など以外の部分には、誰でも簡単に立ち入ることができるようになっていた。


 ルーシェは、今は使われていない塔の長い階段を、元気にぴょんぴょんと登って行った。

 高い場所から見る景色というのは、大抵とても気分の良いものだったし、今日一日楽しいことばかりだったルーシェは、その一日をもっと素敵なものにしてくれる城壁の上からの景色を、1秒でも早く目にしたかった。


 そうして誰よりも早く階段を登り切ったルーシェは、塔から飛び出し、胸壁に飛びつくようになりながら、「うわぁっ! 」っと歓声をあげていた。


 そこには、太陽が傾いて少し赤みを帯び始めた陽光を浴びながら、キラキラと輝いている美しい街並みの光景が広がっていたからだ。


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