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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第5章:「ヴィルヘルム」

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第108話:「メイドは見ている:3」

第108話:「メイドは見ている:3」


 シャルロッテが放った2本の投げナイフは、ヴィルヘルムの喉元、そして心臓を正確に狙っていた。


 なんの訓練もされていない素人であれば、シャルロッテがナイフを投げた、ということを理解する間もなく絶命していたであろう、その刹那せつな

 ヴィルヘルムの動体視力は空中にあったナイフの軌道をとらえ、彼の身体は瞬時に動いていた。


 ヴィルヘルムは、かまえていたサーベルで自身の心臓へ向かっていたナイフを叩き落とし、そして喉元へ向かっていたナイフは、身体を斜めに傾けることで回避する。


 2本のナイフに、同時に対処する。

 それだけでヴィルヘルムがいかに優れた剣の使い手であるか、そして場慣れしているということがはっきりとわかる。


 だが、それはシャルロッテにとってはすでに想定内のことだった。

 彼女は投げナイフを投げた直後、自身のスカートの中から新たなナイフを取り出し、両手でかまえながら、ヴィルヘルムに向かって飛びかかっていた。


 ヴィルヘルムは投げナイフに対処した後の崩れた姿勢のまま、シャルロッテの追撃に対応しなければならなかった。


 それは、無理だ。

 自身に向かってくるシャルロッテの姿を視界にとらえた瞬間、即座にそう判断したヴィルヘルムは、崩れた姿勢を立て直そうとせず、むしろ重力に引かれて倒れていく勢いを利用してそのままベッドの上へと転がった。


 ごろごろ、とベッドの上を転がったヴィルヘルムは、ベッドの反対側に落ちるとすぐに立ち上がり、かまえをとろうとする。

 だが、ヴィルヘルムが体勢を整える前に、シャルロッテはヴィルヘルムを追ってベッドを飛び越え、ナイフで斬りかかっていた。


 逆手にかまえられたナイフが、ヴィルヘルムの急所を狙って振り下ろされる。

 しかし、ヴィルヘルムは体勢が不利であるにもかかわらず、それをサーベルでうまく受け流した。


 一撃で急所を狙うのは、難しい。

 ヴィルヘルムのこれまでの動きからそう悟ったシャルロッテは、攻撃方法を切り替え、一撃でヴィルヘルムを狙うのではなく、まずは傷を与えて少しずつ戦闘能力を削り取っていくことに切り替える。


 シャルロッテが両手でかまえたナイフが、ヴィルヘルムの目や、指や、けんを狙って振るわれる。

 どこも、直接命を奪われるわけではないが、その次の攻撃では確実に致命傷を受けることになるだろう。


 シャルロッテの攻撃は速く、鋭く、深かったが、ヴィルヘルムはそれでもうまくそれをかわし続けた。

 シャルロッテが両手でナイフを振るうのなら、とヴィルヘルムは彼も二刀流となり、右手にサーベルを、左手にはそのさやを持って、シャルロッテの攻撃をさばききる。


 シャルロッテは、粘り強く抵抗するヴィルヘルムの姿を見て「チッ」と小さく舌打ちをしていた。

 ヴィルヘルムがここまでシャルロッテの攻撃を防ぐとは、彼女も予想していなかったようだ。

 それは、ヴィルヘルムの技量が思ったよりも高く自分の見立てが誤っていたことと、自身の日頃の鍛錬が行き届いていなかったのではないかということを悔いる舌打ちだった。


 シャルロッテの攻撃をしのぎ、少し気持ちに余裕が出てきたヴィルヘルムの耳に、ジャキ、という金属が飛び出してくるような音が届く。

 ヴィルヘルムはすぐに、その音が、シャルロッテが自身のブーツに仕込んでいた仕込みナイフを展開した音だと知ることになった。


 シャルロッテは、両手にかまえたナイフだけではなく、ブーツの仕込みナイフでもヴィルヘルムへと攻撃をくり出して来た。

 両手に加えて、足までもが攻撃に加わったのだ。


 シャルロッテはよどみなく流れ続ける川のように途切れることなく、ヴィルヘルムを攻撃し続けた。

 その連続した動きに、とうとうヴィルヘルムの対処能力が限界を迎える。


 ヴィルヘルムがシャルロッテのナイフをサーベルで受け、そしてもう1本のナイフを受けるために視線を向けた瞬間を狙い、シャルロッテの蹴りがヴィルヘルムのサーベルの横腹を捕らえた。

 ブーツから飛び出たナイフがサーベルを絡め取り、ヴィルヘルムは右手の武器を失った。


「くっ!? 」


 さすがのヴィルヘルムも、その仮面のような柔和な笑みを崩し、焦りの声をらす。


 だが、追い詰められたのは、シャルロッテの方だった。


 シャルロッテはヴィルヘルムにすかさずトドメの一撃を放とうとしたが、その瞬間、体勢を崩してベッドの上に倒れこむ。


 彼女はベッドの上を足場として戦っていたのだが、そのベッドのクッションとして使われていたバネの一部が破損していて、それを知らなかったシャルロッテはそれに足をとられてしまったのだ。

 ヴィルヘルムのサーベルを奪うために足を使い、瞬間的に片足だけで自身の身体を支えていたシャルロッテは、咄嗟とっさにバランスを取り戻すための行動に入ることができない。


 シャルロッテの技量は、ヴィルヘルムの技量を上回っている。

 剣を合わせるうちにそのことを理解し始めていたヴィルヘルムは、シャルロッテが体勢を崩したその瞬間が、自分が生き残る唯一のチャンスだと判断し、反射的にベッドの上に倒れこんだシャルロッテに飛びかかっていた。


 シャルロッテは素早く体勢を立て直し、ヴィルヘルムにトドメを刺そうとする。

 だが、それよりも早く、ヴィルヘルムは彼女の上へと覆いかぶさり、その両手を自身の手で押さえつけ、シャルロッテの足を自身の足で押さえつけ、彼女が身動きできないようにしていた。


 静まり返った部屋の中に、2人の荒くなった呼吸の音が響く。


 身動きの取れなくなったシャルロッテはヴィルヘルムのことを悔しそうに睨みつけ、ヴィルヘルムは押さえつけたシャルロッテのことを、その仮面のような柔和な笑みを浮かべたまま見おろしていた。


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