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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第5章:「ヴィルヘルム」

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第106話:「メイドは見ている:1」

第106話:「メイドは見ている:1」


 今日はもう、ゆっくりさせていただく。


 エドゥアルドにそう告げたヴィルヘルムは、その宣言通り、その日はずっと自室に引きこもり、読書をして過ごしていた。


 ただ、彼が本当に本を読んでいたのかどうかは、怪しい。

 なぜなら、彼の視線は開かれた本のページへと向けられていたが、そのページは何時間もの間ずっとめくられることがなかったからだ。


 ルーシェが持って来た夕食の、ヴィルヘルムが望んだメニューであるサンドイッチも、手つかずのまま。

 ポットに入ったコーヒーも、すっかり冷めてしまっていた。


 ヴィルヘルムは飲食を忘れるほど、なにか、深く考えごとをしているようだった。


 だが、その意識は、きちんと外へも向けられていたらしい。


「どうぞ。開いていますよ」


 コンコンコン、と部屋の扉がノックされると、ヴィルヘルムはすぐに本から視線をあげて、そう来訪者に入室の許可を出した。


 しかし、確かにヴィルヘルムの部屋の扉をノックしたはずの誰かは、入室の許可を得ても部屋の中には入ってこなかった。


 怪訝そうな顔をしたヴィルヘルムは、外がすっかり暗くなっていることを確認し、手をつけていない夕食がそのまま残っていることに気づいて、(きっと、使用人が夕食を下げに来たのだろう)と思ったが、しかし、それでも許可を得たのに部屋の中に入ってこないことはおかしかった。

 ルーシェが夕食を持ってきてくれた時は、普通に部屋に入ってきているからだ。


 いたずらでは、ないはずだ。

 このシュペルリング・ヴィラはノルトハーフェン公爵であるエドゥアルドの居館であり、警護の兵士たちを含めれば大勢の人間がいたが、夜中に他人の部屋をノックするだけして逃げていくような者は誰もいないはずだった。


 ヴィルヘルムは、自身が腰かけているイスに立てかけてあった護身用のサーベルを手に取り、少しだけ刀身をあらわにして、それが刃物としていつでも使い物になる状態であることを確認する。

 それから立ち上がりながら本をテーブルの上に置くと、ヴィルヘルムはそっと足音を忍ばせて扉へと向かった。


 不審な状況ではあったものの、扉をノックしたのが誰であるのか、あるいは単にヴィルヘルムの気のせいだったのかは、確かめておかなければならない。


 ヴィルヘルムは念のため、扉を開いた瞬間に銃で撃たれたり、剣で突き刺されたりしないよう警戒しながら扉のそばの壁にそっと身体をよせる。

 それから、右手でサーベルを抜いていつでも振り下ろせるようにかまえをとり、左手だけをのばして、なるべく急に扉を開いた。


 扉はスムーズな動きで開いたが、しかし、そこには誰の姿もなかった。

 部屋から廊下に出て、ヴィルヘルムはきょろきょろと周囲を見回してみたが、そこには夜の暗がりがあるだけで何者の姿も見ることができない。


「……まさか、本当にいたずら? 」


 ヴィルヘルムは、それはあり得ないと思って排除していた可能性が真実であったかもしれないという状況に驚きながら、少し拍子抜けしたようにそう呟き、少しだけ笑った。


 暗がりの中でヴィルヘルムの反応を何者かがじっとうかがっているかもしれないと思い、しばらくの間観察してみたが、やはりそこには誰の姿もない。

 ヴィルヘルムの部屋の扉をノックした誰かは、どこかに逃げて行ってしまったようだった。


「やれやれ、ですね」


 ヴィルヘルムは肩をすくめると、すっかり冷めてしまった夕食を食べてしまおうと、部屋の中へと戻る。


 ガチャリ。


 部屋に戻ったヴィルヘルムの背後で扉の鍵が、勝手にしまった音が響いたのは、ヴィルヘルムがテーブルの近くにまで戻って、鞘に納めたサーベルをイスに立てかけようとしていた時だった。


────────────────────────────────────────


 ヴィルヘルムは無言のまま、素早くのその場を飛びのいていた。


 左手をつきながら前転し、立ち上がるころには、彼はサーベルを抜いて、いつでもそれを使える態勢をとる。

 まるで、暗殺など、咄嗟とっさの行動が求められるような状況に場慣れしているような、迷いも淀みもない動きだった。


 だが、ヴィルヘルムはそこで、ぴたりと動きを止める。

 サーベルの切っ先を向けた先、そこに立っていたのが、公爵家に仕えるメイド、シャルロッテだったからだ。


「夜分に、お騒がせいたします。プロフェート様」


 一瞬の間に戦闘態勢を整えたヴィルヘルムのことを、シャルロッテは驚きもせずに静かに見つめていた。


 そんなシャルロッテの姿を見て驚いていたヴィルヘルムだったが、彼はすぐにいつもの柔和な笑みを浮かべて見せた。

 だが、かまえたサーベルは、そのまま。


「これは、これは、シャルロッテさん。こんばんは。……どうされたのですか? こんな夜更けに。夕食を下げにいらしたのですか? すみません、実はまだ手をつけていなくて」


 シャルロッテはまるで出口を塞ぐように扉の前に立ったまま、小さく首を左右に振った。


「いいえ。……それは、違います」


 ヴィルヘルムはそんなシャルロッテのことを柔和な笑みで見つめ続けていたが、しかし、その視線は少しも笑ってはいなかった。


「では……、いったい、なにをしにここへ? それに、気配を消して部屋の中に入って来るなり、鍵をかけてしまうなんて。若い乙女が、男の部屋に1人で入ってきてするようなことではないでしょう。……まさか、わたくしを暗殺しに来たわけではないのでしょう? 」


 そのヴィルヘルムの言葉を、シャルロッテは否定しなかった。

 その代わり、彼女はヴィルヘルムに向き直ると、慣れた手つきでスカートの中から投げナイフを取り出し、両手でかまえる。


 そしてシャルロッテは、ヴィルヘルムのことを鋭い視線で睨みつけながら、淡々とした口調で言った。


「それは、これからの貴方の態度次第です」


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