第105話:「お前はどちらだ:3」
第105話:「お前はどちらだ:3」
「どうした? プロフェート殿。……それで、終わりか? 」
エドゥアルドは、完膚なきまでに敗北し、自信を喪失したものの、ヴィルヘルムを挑発するように見つめながらそう言った。
もし、ヴィルヘルムが本当にエーアリヒの陰謀に加担している者だとすれば。
この場で、エドゥアルドの命は奪われることになるだろう。
エドゥアルドは、(なんて、つまらない終わり方だ)と、自分のことを情けなく思っていた。
自分は、これまで必死に、努力を積み重ねてきた。
だから、絶対にヴィルヘルムに、少なくとも剣術では負けないと、そういう自信があった。
だが、それは、自身の慢心だったと、思い知らされた。
今、ここでエドゥアルドが終わるのだとしたら、それはすべてエドゥアルドの愚かさによるものだ。
そうであるのなら、エドゥアルドはそれを、甘んじて受け入れるほかない。
それが、エドゥアルドにできる、最後のことなのだ。
だからエドゥアルドは、せめて表面に見せる態度だけでも誇り高く、正々堂々としていたかった。
敗北に打ちひしがれ、自らの愚かさを呪いながら消えて行くなどということは、絶対に嫌だったからだ。
「はい。……これで、終わりです」
ヴィルヘルムは、柔和な笑みを浮かべたままそううなずく。
そして彼は、エドゥアルドの喉元に突きつけていた木剣を、すっと引いた。
それだけではない。
ヴィルヘルムは剣術の心得を持つ者らしく油断なくエドゥアルドに正面を向け続けていたものの、そのまま器用に後方に下がって距離をとり、そしてエドゥアルドに向かって剣を捧げ一礼すると、礼儀正しい所作でそれを自身の腰のベルトに挟んだ。
「……は? 」
自分は、ここでヴィルヘルムに殺される。
そう思い、それを覚悟し、その出来事を受け入れるための心づもりを必死に固めようとしていたエドゥアルドは、拍子抜けしたような、呆けた顔を見せていた。
そんなエドゥアルドに、ヴィルヘルムは底の知れない柔和な笑みを浮かべながら、エドゥアルドの内心など少しも気がついていないような様子で言う。
「いやぁ、殿下。やはり、よく鍛錬していらっしゃる。おそらく、タウゼント帝国の剣客の中でも、十分に上位に食い込める実力をお持ちだ。……ですが少々、基本に忠実過ぎます。基本は大切ではございますが、あまりにそれにこだわり過ぎると……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。プロフェート殿! 」
まるで授業の続きをするように解説を始めるヴィルヘルムに、エドゥアルドは思わずそう声をあげていた。
そしてヴィルヘルムは、やはり、エドゥアルドの内心にまったく気がついていないような様子で、「はい? 」と言いながら小さく首をかしげる。
「なんでございましょうか、殿下? ……あ、再戦をご所望でしょうか? 私でよろしければ、いくらでもお相手いたしますよ」
「い、いや、そうではなく……」
あまりにもエドゥアルドの内心と乖離しているヴィルヘルムの態度に、エドゥアルドは自分がなにを言おうとしていたのかさえ分からなくなり、言葉に詰まる。
そんなエドゥアルドのことを、ヴィルヘルムは底の知れない柔和な笑みを浮かべたまま、じっと見つめている。
エドゥアルドがなにかを言うのを待つつもりであるようだった。
しばらくの間、エドゥアルドはなにも言うことができなかった。
だが、やがて自身の頭の中を整理し、それを言葉にすると決心をつけると、単刀直入にヴィルヘルムにたずねる。
「プロフェート殿。1つ、確認をさせてくれ。……貴殿は、僕の敵か? それとも、味方なのか? 」
その問いかけに、ヴィルヘルムはすぐには返答しなかった。
エドゥアルドの問いかけの意味を思考し、その意図がなんであるのかを探っているのか。
あるいは、その問いかけにどのように答えるべきなのかを、考えているのか。
ヴィルヘルムが浮かべている柔和な笑みからは、そのどちらなのか、あるいはそれ以外のなにかの理由で黙っているのかは、なにもわからない。
「私は、エドゥアルド殿下の、家庭教師でございます」
やがてヴィルヘルムは口を開くと、エドゥアルドの問いかけに答える。
「エーアリヒ準伯爵からは、殿下のお勉強を見て差し上げるようにと、その様に申し使っております。……そこにどのような意図がありましょうと、私は存じ上げませんし、私が殿下の家庭教師であるという事実は変わりませぬ」
ヴィルヘルムは、自信がエーアリヒの陰謀に加担していることを、認めているのか。
あるいは、否定しているのか。
その言葉は曖昧で、エドゥアルドには判断がつかなかった。
エドゥアルドがこの場に至っても本心を見せないヴィルヘルムにムッとした顔を向けていると、ヴィルヘルムはさらに一言、つけ足すように言った。
「ただ1つ、私から申し上げるべきことがあるとすれば……、それは、私からすると、失礼ながら殿下は大変[面白い]、ということだけでしょうか」
エドゥアルドは、[面白い]。
その意味するところが、逃げ場のない状況の中でもがき苦しんでいるエドゥアルドのことを嘲笑っているのか、それとも、エドゥアルドたちの在り方、そして未来に興味を持っているのか、なにもわからない。
エドゥアルドはこの、ヴィルヘルムという人物に不気味さを感じていた。
彼は、自分の敵なのか。
それとも、味方なのか。
エーアリヒの意図を受けて動いているのか。
そうではなく、陰謀とは無関係なのか。
それとも、ヴィルヘルム自身の考えで、独立して行動しているのか。
その、なにもかもがわからない。
はぐらかされているのはわかっているのに、それ以上、踏み込んでいくことができないし、その手がかりさえ、ヴィルヘルムは与えない。
まるで雲のような人間だった。
「……ふぅ。さて、なんだか興も冷めてしまいましたね。本日の授業はこれまでとして、後は、ゆっくりとさせていただきます」
エドゥアルドがなにも言えずにいると、ヴィルヘルムはやがてそう肩をすくめながら言って見せ、ゆったりとした足取りで屋敷へと戻って行った。




