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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第5章:「ヴィルヘルム」

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第100話:「授業:1」

第100話:「授業:1」


 授業を受けるから、準備をせよ。

 シャルロッテを介して唐突に伝えられたエドゥアルドからのその命令にも、ヴィルヘルムは少しも慌てず、柔和な笑みを浮かべたままだった。


 これまで、なんとか理由をつけて避けていたのに、突然。

 だが、ヴィルヘルムの態度は、最初から[こうなることがわかっていた]とでも言うようだった。

 そう思わせるほど、ヴィルヘルムの態度は悠然としていたのだ。


 さすがにその日のうちに、とはいかなかったが、その翌日、ヴィルヘルムはすべての準備を整え、授業を行うためにとあてがわれていた一室でエドゥアルドがやって来ることを待っていた。


 普段は使われていない空き部屋の1つだったが、そこにはイスと机、そして黒板が運び込まれ、ヴィルヘルムが荷馬車に乗せて運んできた書物の中から、今日の授業に使うつもりなのか何冊かの分厚い本が持ち込まれている。

 羊皮紙とペン、インクも用意され、黒板にはチョークで今日の課題が書き込まれ、エドゥアルドが到着し次第、すぐにでも授業を始められるようになっていた。


「ようこそおいで下さいました。公爵殿下。このプロフェート、謹んで、役目を果たさせていただきます」

「ああ。……期待している」


 部屋に入って来たエドゥアルドに恭しく一礼するヴィルヘルムに、エドゥアルドはうなずいてみせる。

 そして、エドゥアルドは案内されるままにイスに腰かけた。


 部屋の中には、エドゥアルドとヴィルヘルムの2人だけだった。

 だが、もしもヴィルヘルムが不審な行動を見せた際には即座にエドゥアルドを守れるようにシャルロッテが部屋の近くに待機し、そして、どうしても様子が気になってルーシェが、ドアのかぎ穴から中の様子をのぞき見ている。


「では、さっそくですが、このページを開いていただきまして」

「いや。……その前に、1つ、貴殿にたずねたいことがある」


 エドゥアルドが着席したのを見計らって授業を始めようとするヴィルヘルムを、しかし、エドゥアルドはさえぎった。


「なんでございましょう? 」


 また唐突な申し出だったが、ヴィルヘルムはその柔和な笑みを崩さない。

 もしかすると、彼の表情筋が実は硬直していて、それ以外の表情を作れないのかと思わせるほどのポーカーフェイスだった。


「エーアリヒ準伯爵が推薦すいせんしたからには、貴殿の見識は確かなものであるのだろう? そんな貴殿に、どうしても教えてもらいたいことがあるのだ」

わたくしは、殿下のお役に立つようにと申し使っております。どんな問でありましょうと、我が全身全霊でお答えいたします」


 ヴィルヘルムがそう言うと、エドゥアルドはフン、と鼻を鳴らし、それから、ニヤリと笑みを浮かべてヴィルヘルムのことを見つめながら口を開く。


「問いたいというのは、僕が良く知っている、ある貴族のことだ。


 その貴族は、僕と同じように若くてな。

 そして、その年齢のせいで実権がなくなんの後ろ盾も持たない。


 ヴィルヘルム。貴殿なら、このような状況から、簒奪さんだつや、暗殺の陰謀を逃れ、自らの手に実権を取り戻すには、どうする? 」


 それは、エドゥアルド自身についてのことをたずねているのと同じことだった。

 直感的にルーシェにさえわかったことだったから、当然、ヴィルヘルムも理解しただろう。


 エドゥアルドは、ヴィルヘルムを試しているのだ。

 彼がこの問いかけにどう答えるかで、ヴィルヘルムがどんな立場にあるのか、なにを考えているのか、明らかにしようとしている。


 それは、揺さぶりだった。

 誰にでもエドゥアルドについてたずねているのだという簡単な暗喩あんゆをたずねることで、瞬時にエドゥアルドが[試している]ということを理解させ、それによってプレッシャーを与え、余裕をもって思考できる冷静さを奪い取ろうという試みでもある。


 さすがに、少しは表情を変えるだろう。

 エドゥアルドはそう思っていたのだが、ヴィルヘルムはやはり、柔和な笑みを浮かべたまま、ポーカーフェイスを貫いてみせた。


「単刀直入に申し上げましょう。……普通に考えますのなら、それは無理でございます」


 そして、ヴィルヘルムからもたらされた答えは、本当に率直な、少しも言葉をにごしたりしないはっきりとしたものだった。


 まさかここまであからさまに答えられるとは思っていなかったエドゥアルドは、ヴィルヘルムの返答に戸惑う。


「しかし、貴殿は知恵者なのであろう? なにか、少しでも状況を良くできる術はないのだろうか? 」


 このような身もふたもない返答では、ヴィルヘルムの考えや立ち位置を見極めるどころの話ではない。

 エドゥアルドはなんとか言葉をつむぎ、ヴィルヘルムからさらなる発言を得ようとする。


 だが、ヴィルヘルムは、ついさっき単刀直入に答えたことを、今度は丁寧に説明しただけだった。


「殿下がおたずねになられましたお方は、生まれながらの貴族なのでございましょう。

 やんごとなき身分に生まれたお方は、生まれながらにして民を従え、多くの者に仕えられる力と資格をお持ちです。


 ですが、人々が敬い、こうべれるのは、そのお生まれの故だけではございませぬ。

 人間は生き物でございますから、生きるために必要なこと、つまり実質的な利益を与えてくれるお方にこそ、従うものでございます。

 そこに赤心がなくとも、人々は自らに利益を与え、よりよい未来を約束してくれる方に従うのです。


 そして、利益を与えるものとは、他の何物でもなく、実権でございます。

 となれば、人々は、表面では殿下のおっしゃった貴族のお方に従いますが、内心では別の、実権を持つ者に従うでしょう。


 そのような状況から無事に脱し得ることは、まず、無理でございます」


 ヴィルヘルムの言葉に、エドゥアルドは不愉快そうな表情を見せる。

 まるで、[どんなに努力しても無駄なのだから、さっさとあきらめてしまえ]と言われているような気がしたからだ。


「しかしながら、まったく打つ手がない、というわけではございません」


 そんなエドゥアルドに向かって、ヴィルヘルムは柔和な笑みを向けたまま、さらに言葉をつづけた。


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