第99話:「敵か味方か:2」
第99話:「敵か味方か:2」
「手強いな」
シュペルリング・ヴィラの、エドゥアルドの執務室。
シャルロッテからヴィルヘルムが少しも怪しいところを見せないでいるという報告を聞いたエドゥアルドは、そう言ってつまらなさそうに頬杖をついた。
ヴィルヘルムには、「決済しなければならない書類がたくさんあるから」と言って授業を断ったのだが、エドゥアルドの執務机の上はきれいで、書類など少しも置かれていなかった。
実権なき公爵であるエドゥアルドには決済するべき書類などほとんど存在せず、授業から逃れる口実に使った仕事はとっくに終わってしまっている。
「こちらから隙を見せておけば、すぐに尻尾を出してくれないかなと期待していたんだが」
「なかなか、厳しいようです。あまりにも自然体で、不審なところはどこにも……・証拠を得られず、申し訳ございません、公爵殿下」
「いや、シャーリーが謝るようなことではないさ」
申し訳なさそうに頭を下げようとするシャルロッテに手を振って遮り、エドゥアルドは[気にしてなどいない]と示すために、少しだけ微笑んで見せる。
「わざわざ、エーアリヒ準伯爵が送り込んで来たんだ。そう簡単に尻尾をつかませるようなことはしないのだろう」
「ですが……」
しかし、シャルロッテは浮かない顔だった。
どうやら、ヴィルヘルムの正体を暴けていないことだけではなく、以前の演習の際にエドゥアルドを危険にさらしてしまったことをまだ気に病んでいる様子だった。
シャルロッテは、よく働いてくれている。
通常のメイドとしての仕事だけではなく、エドゥアルドの身辺警護や、諜報活動など、今のエドゥアルドにとって必要な仕事を1人でこなしてくれている。
実権のないエドゥアルドが陰謀に対抗することをあきらめずにいられるのは、シャルロッテがいてくれるおかげだった。
エドゥアルドは、シャルロッテに感謝こそすれ、責めたり、とがめたりしようなどという気持ちは少しもない。
だが、ここで気にするなとエドゥアルドが重ねて言ったところで、シャルロッテの気持ちは晴れないだろう。
頭ではわかっても、感情では納得できないという時は、誰にでもあるものだった。
「そういえば……、ルーシェのやつは、どうしてるんだ? まだ、ヴィルヘルムのことを見張っているのか? 」
だから、エドゥアルドはそう言って話題を変えた。
ルーシェは、(もうしかられたくないですぅっ! )とでも考えているのか内緒で行動していたが、時間を作ってはヴィルヘルムのことを見張っているということを、エドゥアルドもシャルロッテも知っている。
うまく隠れているつもりのようだったが、ルーシェの行動はわかりやすく、諜報活動に長けているシャルロッテにはもちろん、エドゥアルドだって見抜けるくらいだった。
ルーシェは嘘をついたり、隠し事をしたりするのが下手なのだ。
とりつくろおうとしても口調や表情にすぐそれがあらわれてしまうし、言い訳もうまくなくて、すぐになにかあるとわかってしまう。
「そうですね。頑張ってくれてはいるようですが、やはり、どうにも……」
「わかりやすいからな。アイツは」
小さく首を左右に振ったシャルロッテにエドゥアルドが肩をすくめてみせると、ようやく、シャルロッテも小さく「ふふっ」と笑った。
だが、すぐにシャルロッテは困ったような表情になる。
「多分、ヴィルヘルム様も、ルーシェに見張られていることには気づいていると思います」
「む……。だとすると、困るな」
エドゥアルドにも、シャルロッテが困った顔をした理由がわかる。
シャルロッテの見立て通り、ヴィルヘルムがルーシェに見張られていることに気がついているのだとすると、ヴィルヘルムはそれを多少は意識して行動しているだろう。
つまり、せっかくエドゥアルドたちがヴィルヘルムにその正体をあらわしやすいように仕向けていても、ルーシェに見張られている間はヴィルヘルムが警戒して動かないということで、結果的にルーシェの行動は陰謀の証拠をつかむためにはマイナスとなっているかもしれないということだった。
「やめさせた方がいいだろうか? 」
「はい。……ですが、なんと言ってやめさせればいいのか……」
エドゥアルドの言葉にシャルロッテはうなずいてみせたが、心苦しそうな顔だった。
ルーシェは、あくまで良かれと思って、一生懸命にやっている。
メイドとしての仕事に影響が出ないように工夫して頑張って捻出した時間を、エドゥアルドたちのために使っているのだ。
それを、やめろというのは、気が引ける。
ルーシェはきっと、自分は足手まといなのだと思ってしまって、酷く落ち込むことになるからだ。
シャルロッテはルーシェの教育係として厳しく接してはいるが、ルーシェのことを妹のように思っているフシがあり、最近は段々と[甘やかす]ことが増えている。
たとえば、こっそりおやつを与えたり、ルーシェが自分では気づかないうちにしでかしたささいな失敗などは、シャルロッテがこっそりと修正していたりする。
もっとも、これは、エドゥアルドはもちろん、マーリアやゲオルクにも、それどころかシュペルリング・ヴィラを警護している兵士たちにも言えることだった。
多少失敗はするけれども、頑張り屋で健気なルーシェのことを見ていると、誰もが自然と応援したくなるような気持になってきてしまうのだ。
マーリアは最近、個人的にルーシェに料理を教えているようだったし、ゲオルクはあいた時間を使って、読み書きのできないルーシェに文字を教えている。
兵士たちも、ルーシェが来ると任務中のまじめな表情を緩め、気さくに声をかけたり、ルーシェが困っているのを見かけたら自然と手伝ったりしてくれるようになっていた。
エドゥアルドはといえば、ルーシェがずいぶんとキャンディのことを気に入った様子だったので、今度[頑張っている褒美]という名目でプレゼントしようと、密かにキャンディを買って、小袋いっぱいのキャンディを机の中に隠し、ルーシェに渡す口実ができるのを待っているところだ。
ルーシェを傷つけずに済むやり方をしばらく考えてみたエドゥアルドだったが、いい方法はなにも浮かんでは来ず、ため息をつくしかなかった。
(……いっそのこと、僕が直接、ヴィルヘルムを確かめてみるか? )
このままでは、いつまで経っても膠着状態。
陰謀の証拠をつかむことなどできないだろう。
そう考えたエドゥアルドは、もう、回りくどいことはやめて、自分で直接確かめた方が話しは早いのではないかと思い始めていた。




