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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) ~天涯孤独な少女が拾われたのは、公爵家のお屋敷でした~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第5章:「ヴィルヘルム」

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第98話:「敵か味方か:1」

第98話:「敵か味方か:1」


 エーアリヒ準伯爵によって推薦すいせんされ、エドゥアルドの新しい家庭教師となったヴィルヘルム・プロフェートが、シュペルリング・ヴィラにやってきてから1週間が経とうとしていた。


 その間、ヴィルヘルムはずっと、暇そうにしている。

 彼がこのシュペルリング・ヴィラにやって来たのは、エドゥアルドに勉強を教えるためだったが、その肝心のエドゥアルドがまったく、ヴィルヘルムの授業を受けようとしないからだった。


 初日は、挨拶をしただけであとは部屋に通され、[慣れない場所で疲れているだろから]ということで、そのまま休むことになった。

 その次の日も同様で、メイドのシャルロッテに屋敷の中を案内してもらっただけで、エドゥアルドに勉強を教えることはなかった。

 3日目は、歓迎会と称して、昼からパーティが開かれ、しきりに飲酒を勧められて、授業どころではなくなった。

 4日目は、周囲の環境に早く慣れてもらうためにということで、御者のゲオルクの案内で、2人で連れ立って乗馬し、館の周囲を見て回ることになった。

 5日目も同様。

 そして6日目に至っては、エドゥアルドから[仕事が忙しい]などと言われて、結局1日中なにもすることがなく、部屋でゆっくりしたり、周囲を散歩したりするしかやれることがなかった。


 明らかに、避けられている。

 誰でも気がつくことだった。


 7日目も、エドゥアルドは適当に理由をつけてヴィルヘルムを避けている。

 それでも、ヴィルヘルムは少しも慌てた様子もなく、柔和な笑みを浮かべたまま、自然に振る舞っていた。


 今も、ヴィルヘルムは余裕ありげに振る舞っている。

 彼は今、シュペルリング・ヴィラの中庭の日当たりの良い場所に備えつけてあったイスに腰かけ、なんだか難しそうな、分厚い本を読んでいる。

 一度読んだことがあるものなのか、あるいはヴィルヘルムの本を読む速度が速いのか、ぺらり、ぺらり、とページをめくりながら、ヴィルヘルムはゆったりとイスに深く腰かけ、足を組んでリラックスしていた。


 その様子を、ルーシェは、建物の影から顔を半分だけ出して、じっと見つめている。


(今日こそ、その正体を見てやります! )


 ルーシェの視線には、気合が入っていた。


 以前は、お手柄に目がくらんで大失敗をしてしまい、シャルロッテからおしおきされてしまったが、今回は違う。

 やるべき仕事は一通り済ませて来たし、ヴィルヘルムに気取られぬように背後をとり、距離も十分と思われるだけ保っている。


(名誉、挽回です! )


 前回失敗した分を取り返そうと気合の入ったルーシェは、やや鼻息が荒かったが、さすがに距離をとっているのでヴィルヘルムは見られていることには気がついていない様子だった。


 このままなら、いくらでも監視を続けていられそうだった。


 だが、ルーシェは、段々と退屈になってきてしまう。

 ヴィルヘルムは、ルーシェが監視を始めた時からずっと本ばかり読んでいて、その場から少しも動かないのだ。


 なにか、不審な行動を示したら、即座にエドゥアルドたちに知らせて現場を押さえる。

 そうすれば、いくらルーシェがスラム街出身であろうと関係なく、陰謀の証拠とすることができるだろう。


 そういう作戦でルーシェはいるのだが、ヴィルヘルムはいっこうに、ルーシェが見ている前ではボロを出さなかった。


 この1週間、ルーシェはずっと、ヴィルヘルムを見張り続けている。

 仕事の手順を工夫してなんとか捻出ねんしゅつした時間はすべて、物陰からヴィルヘルムを見ていたのだ。


 だが、ヴィルヘルムはまるで、本当にひまを持て余しているようにしか思えない。


 実を言うと、エドゥアルドたちの方でもヴィルヘルムがボロを出しやすいよう、あえて屋敷の中での行動の自由をヴィルヘルムに与え、彼がよからぬ企みをしやすいように仕向けているのだが、その作戦も効果をあげていない。


 あるいは、ヴィルヘルムは、ルーシェに見られていることや、エドゥアルドたちに試されていることに、気がついているのかもしれなかった。

 それに気がついたうえで、ルーシェやエドゥアルドたちを安心させ、警戒心を解かせるために、演技をしているという可能性もある。


 だが、なんとなくだが、ルーシェには、ヴィルヘルムが悪い人間だとは思えなくなってきていた。


 とてもとても美味しい、素敵なキャンディをルーシェに気前よくわけてくれたから、というわけではない。

 いや、その出来事によって確実にルーシェのヴィルヘルムへの心象は良くなってはいたが、その辺の野良犬や野良猫でもあるまいし、そんなに簡単に懐柔かいじゅうされるほど、ルーシェは安くはない。

 少なくとも、ルーシェはそう思っている。


 ヴィルヘルムの振る舞いは、とても、演技には見えなかった。

 今、ページをめくり、それから少し疲れたのか目を休めるために空を見上げたりし、そして手で隠すことなくあくびをしたりする仕草は、どれも自然体そのものだった。


 ルーシェがヴィルヘルムの立場で、本当に陰謀に加担していたとすると、これだけリラックスした、言い方を変えれば緩み切った態度を見せることは絶対に無理だろう。

 ヴィルヘルムからすれば、このシュペルリング・ヴィラはエドゥアルドのふところと言ってよく、その行動は常に監視されていると思わなければならない。

 そんな状況では、いくら演技が上手だと言っても、あれだけ緩み切った態度は作れないはずだった。


(……あ、キャンディ……! )


 そんな、どこからどう見てもリラックスしきっているヴィルヘルムは、口がさびしくなったのかポケットからキャンディを取り出すと、包み紙をほどいて、美味しそうに頬張った。


 途端とたんに、ルーシェの頭の中で、あの、とろけるように甘いキャンディの味の記憶が再生される。


 思い出しただけで、幸せな気分がルーシェの全身を包み込み、甘くしびれるような感覚にルーシェの思考は支配されていた。

 無意識の内にルーシェの口の中では唾液だえきがあふれだし、キャンディの味を思い出して思わず頬が緩んだルーシェの口から、たらり、とよだれが流れ出る。


 そして、想像する。

 また、あのキャンディをもらえないかなぁと。

 できれば、今度はもっとたくさん……。


(ぅーっ! わたしったら、なんて、だらしない顔をっ! )


 ルーシェは自分がだらしなくよだれを垂らしてしまったことに気づくと慌てて首を左右にブンブンと振って自身の欲望を振り払い、公爵家のメイドとしては見せてはいけない表情をしていたことを恥じて赤面する。


「キャ、キャンディなんて! 欲しくないんですから! 」


それから、慌てて自分に言い聞かせるようにそう小声で言うと、よだれをふき取り、自分の仕事に戻るために慌ててパタパタと駆けて行った。


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