第三話 四月二週
今日も朝から気分が重い。
原因は、俺の前の席に座る存在だ。
その名は『南 せいら』と言う。
南の容姿は……。
さらさらした黒髪が肩の辺りにかかっており、清潔感を感じさせる。
眉毛は前髪に隠れがちだがキリっと伸びており、大きな目と併せてとても凛々しい。
目鼻立ちもハッキリとしているが、口元が優し気なので相手に悪い印象を与えない。
『可憐』だとか『清楚』だとか、そんなを同級生が話していたのを聞いたことがある。
まぁ、世間一般では美人と呼ばれるだろう。
では何が悪いのかと問われると、非常にデリケートな話だが、俺との仲が悪い。
それはつまり南が俺のことを嫌いだということで、俺は自分を嫌いなやつを良いと言えるほどいいやつではない。
最後に口を聞いたのがいつかは思い出せないが、今後も口を聞くことはないだろう。
あっ、プリントを俺の机に雑に放りやがった。
せめてこっち向いて渡せよ。
……いや、顔を見たくないからその渡し方でいい。
多分俺も南の前の席にいたら同じ行動をするだろう。
そんなことを考えていると、隣から視線を感じた。
首を捻ると、一連の流れを眺めていたであろう男と目が合った。
その男は半笑いで肩をすくめたので、俺は何となく真顔で頷いた。
「おつかれ」
輝かしい高校生活のスタートに似合わない言葉を彼は言った。
名前が思い出せない、確か珍しい苗字だったのは覚えているんだが……。
「えっと……」
「ああ、俺、日置って言うんだ」
「へき?」
「そう」
そう言うと日置は満足気に頷き、また半笑いになる。
いや、元々そういう顔なのか。
「大分仲良いじゃん」
日置は小さくそう言うと、満面の笑みで南の方を向き、チラチラとこちらを見る。
おい馬鹿、南に聞こえる。気付かれる。
「……ああ」
「同じ中学?」
俺は無言で頷くと、日置は「なるほどな」と呟いた。
「どこ中なの?」
「西中」
「そりゃ遠いところから来てるな」
「まぁ家から一時間くらいだな。そっちは」
「丘中」
「俺より遠いじゃねーか」
丘中は山奥にある中学校で、生徒数も全学年合わせて百人いないくらいだった気がする。
「家から三十分で通えるし」
「いや、俺の家よりずっと離れてるだろ」
「バス通学だから」
ドヤ顔で答える日置。
謎にマウントを取られた。
もう既に山の上に住んでいるのに、それだけでは不満なのか。
「そうなんだ、凄いね」
何が凄いのかちっとも思い付かなかったが、とりあえず俺はそう答えた。