第一話 入学
四月、桜が咲く前に俺の高校生活がスタートした。
一応進学校と言われる第一志望に合格した俺は、入学式を終えて自分の席に座っている。
『中学校ではロクなことがなかったから、同級生の来ない高校に入って一からやり直そう』、そう思ってわざわざ遠方の高校に進学したにも関わらず、俺は顔をしかめていた。
原因は俺の前方に座る女子、『南 せいら』の存在だ。
俺と同じ中学校からは、南くらいしか進学していない。
だと言うのに、よりによって一番仲の悪い女子が同じクラスに、しかも前の座席になってしまった。
南も南で、俺と同じクラスになってしまったことを『最悪だ』と思っていることだろう。
全く気が合う気はしないが、こういう時だけは以心伝心な気がしている。
周りを見渡すと、同じ学校から進学した仲間同士で固まっている。
……俺は別段、孤独や静寂を愛している訳ではない。
しかしながら、同じ中学校出身者が南しかいないため、どうにも話かける相手がいないのだ。
そして、待っていても誰も俺に話しかけてくる気配はない。
『知り合いがいないから』と自分を納得させていたが、南が別の中学校出身の女子に話しかけられている。
畜生。
やることもないので聞き耳を立てていると、南が『どこの中学から来たの?』と聞かれていた。
『西中』と答えた南の声を聞いて、『俺も俺も!』と脳内で応答する。
言葉には、ならない。
『西中からって、あんまりいないよね』という言葉に、『ここにもいるよ!』とふたたび脳内で応答する。
しかし南は、『私しかいないみたい』と答えていた。
――俺が、見えないのか――。
すぐそばにいるのに。
そんなことを思っていると、『女子は』と南は付け加えた。
あっ、俺、認識されてた。
しかし、そこから話が掘られることもなく、つまり俺に話が振られることもなかった。
そうして沈黙だけが俺の友人となりかけた頃、ようやくホームルームが始まる。
記念すべき第一回目は、当然自己紹介の時間だ。
名前と趣味を簡単に言っていくだけだが、これが緊張する。
南は「好きな食べ物はパエリヤ」と言っていた。
『日本人なら米を食え、米を!』と思ったが、それは米だった。
食べたことがないから知らなかった。
続いて俺の順番になる。
「山岸 遼太郎です。えっと……」
結構みんな無難な自己紹介だった。
俺は考えた末に、『趣味はビデオ鑑賞』と言ってみた。
ちょっと大人の世界を連想させる、我ながらセンスの溢れる自己紹介だ。
誰からも、何のリアクションもなかった。
特に、南はこっちすら向いていなかった。
畜生。
俺の高校生活は、こんな感じで幕を開けたのであった。