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8 不機嫌と枷と他人

「へぇー凪ちゃんって言うんだ。俺は佐助、猿飛佐助(さるとびさすけ)だよ」


 何故か天斗の隣を歩く旅人風の格好の男もとい猿飛佐助は、笠をひょいと上げて笑顔を見せる。ぱっと見、人懐っこいような印象も受けなくもないが、それはどうにも作り物くさかった。


「天斗の旦那とは同郷でさ、勝手知ったる仲なわけよ」


「お前は真田の忍やろ、早う去ねや」


 相変わらず不機嫌MAXの天斗さんの、凍える視線にもどこ吹く風で、佐助は作り物くさい笑顔のまま話し続ける。

 因みに私の隣が天斗その隣が佐助といった感じ道を歩いている。


「天斗の旦那が可愛い子を連れて歩いてるって風の噂で聞いてさ、これは是が非でも確かめなきゃって来たんだけど」


 佐助が顔を覗かせ、視線が合う。瞬間あぁ、この人はやっぱり天斗と同じだと思った。

 作り物くさい笑顔が消えて、はっきりと見える凪いだ瞳。ゾッとするほど、静かな目。


「見んなや」


 ぐいっと佐助の顔を押しやる天斗に、思わず頬が緩む。兄弟喧嘩っぽい。


「こんな過保護な旦那は初めて見るなー。そんなにこの子が大事?」


「お前に関係ないやろ」


 いつの間にか距離を取って構える二人に、ぎょっとする。

 兄弟喧嘩みたいで微笑ましかったのに、なんでいきなり戦闘モードになってんの!?


「俺は早う去ね言うたよな」


 ちょっと待ってよ、天斗さん。

 マジおこじゃないですか。

 背筋が凍る、そんな表現じゃ足りないぐらい息が詰まる。


「旦那、気を付けた方がいいよ。その子はあんたの枷になる」


「お前には関係ないとも言うたで?」


 瞬間、天斗が何か佐助に向けて投げた。早すぎて見えなかったけど手裏剣的なものだと思う。殺意のこもったそれにドン引いたけど、佐助はするっと見をひるがえして更に距離を取る。その拍子に、かぶっていた笠がひらりと落ちた。

 太陽が照らす中、見えた髪は短い赤毛、表情は……。 


「じゃあねー、凪ちゃん」


 さっきの表情が見間違いかと思う程、すぐに作り物の笑顔を貼り付けて佐助は姿を消した。

 少しの間、天斗は佐助が消えた方向を睨みつけていた。


 行くでと歩み出した背中に、私は疑問だらけだ。


「……私は天斗の枷になってる?」


 一番気になった佐助のセリフはそれだ。足手まといなのは山歩きの時から重々承知だったけど、それ以上に足を引っ張る存在になってたんだろうか。


「阿呆の言うことは無視せぇ」


 振り返らずにそう言う天斗に、イラッとする。


「それじゃ、なんの答えにもなってないっ」


 前に回り込めば、天斗が頬を引つらせる。


「俺が無視せぇ言うたら無視すればえぇんや!」


「何それ、亭主関白かっ!」


「まだ結婚しとらんわ!」


 違う、話がずれた。

 微妙な沈黙が気まずい。


「凪は枷やない」


 額を抑えながら呟くように言う天斗はなんていうか、らしくない。急にそんな弱々しくされても困るんだが。


「枷じゃないなら、その足を守る草鞋ぐらいにはなりたいかな」


 にっと笑って見せれば、なんやその例えとツッコミながら天斗が表情を和らげる。


 相変わらず天斗がどんな人でどんな仕事をして、どんなことを思ってるかはよくわからない。どこまで踏み込んでいいのかもわからない。

 でも私はきっともう、天斗のことを信じてしまってる。時折見せる人間くさい表情が全くの嘘だとは思えないから。これで、こっぴどく裏切られるようなことがあったら天斗を信じた私のせい、そう納得できるほどに。





 

「で、この町に私と同じような空人がいるの?」


 佐助とのすったもんだがありながら、私と天斗は順調に歩みを進め二日後、無事に目的の町へと辿り着いた。

 交通手段が基本徒歩って時間かかるわぁ。舗装道路と車、もしくはチャリでもいいので下さーい!


「そういう噂やな」


 あくまで噂かぁ。

 でも天斗の話を聞く限り、紺ジャージ姿の人達が各地で目撃されてるらしい。ということは、あの時山に登ってた学校の人達もこの時代に来てる可能性が高い。まぁ、その人達に会ったからって帰る方法がわかるわけじゃないと思うけど。何か手かがりになることを覚えてる人がいるかもしれないしね。


「とりあえず、宿に……」


 言葉を途中で止めた天斗の視線を辿れば、何やら店の前で人がもめてるのか、野次馬もちらほら。


「なんだろ?」


「行くで」


 店とは反対方向に歩き出した背中を追いかけようとした所で、悲鳴のような声が聞こえた。


「え、今のって」


 それは店の方からだった。

 思わず足を向けようとした時、腕を掴まれた。


「宿はそっちやない」


「だって、声が」


 天斗と話してる間にも、悲痛な声が響く。

 ごめんない、もうしません、許して下さい。そんな謝罪の言葉が繰り返されているのだ。


「大方どこかの丁稚が粗相して怒りを買ったんやろ、俺らには関係ない」


「そうかもしれないけど、聞き覚えがあるんだって!この声」


 手を振り解いて店に近付き、野次馬の隙間から覗けば、それはやっぱり私の知っている人だった。


「あん……ぬぐっ」


 名前を呼ぼうとしたら後ろから口を押さえられ、すぐさま店から離される。更に人気の無い場所まで拉致される。流れる景色の速さにドン引きだ。


「ちょっ、天斗!」


「阿呆かっ!」


 やっと天斗の手が放れて、怒ろうと思ったら倍の勢いで怒られた。天斗が怒るとほんと怖いんだって。無条件に謝りたくなるのをぐっと飲み込んで、天斗を見返す。


「杏奈だった、叩かれてたのは杏奈だった!」


「……知り合いなんはわかった。やけど、あそこでそのあんないう女と凪が知り合いやとわかるのはあかん」


「なんで」


「あんないう女が居たんは、千葺屋(せんぶきや)の前や。国お抱えの大商人や。そこに居った言うことは、あんないう女は千葺屋に拾われたんやろ。珍しい髪色やったから、それでか」


 一人納得する天斗だけど、私は全然納得出来ない。

 杏奈は同じクラスで、宿泊研修で同じ班だった。そこまで親しい仲じゃないけど普通に話しをする間柄だ。珍しい髪色って、確かにギャル系の杏奈の頭はブリーチしまくって金髪というか白色というか、な感じだけど。


「叩かれて、泣いてた」


 何が原因かはわからないけど、必死に謝ってるのに叩く手を止めないのは異常だ。周りに他の人がいたのに、誰も止めなかった。


「まだ命はあるやろ」


「そういう問題じゃ」


「凪」


 ずいっと距離を詰められて、目の前に天斗の顔がある。

 

「俺にとってあの女は他人や、どうなろうとどうでもええ」


「そんなの……」


 極論私だって自分が一番だよ、その次は家族だ、その次が友達だ、他人は最後。テレビで殺人事件が起きましたとか、事故で何人亡くなりましたとか聞いても、それで涙を流すことはない。かわいそうだとか、なんて酷いことをとか思うだけ。天斗にとって、杏奈がそうだってことでしょ?


「でも私にとっては同じクラスの友達だ」


「己の命を賭けても良い間柄なんか」


「そん、な……そこまでの、関係じゃないけど」


「凪」


 息が掛かりそうな位置まで詰め寄られて、後ずさりしそうになる足を踏ん張る。ここで引くとなんか負けた気がする。


「千葺屋から離したとしても、家に連れて行くんは無理やで」


「え、それって」


「あと」


 続きの言葉があるのかとじっと待ってみるが、沈黙が流れる。

 至近距離でにらめっこ状態なんだけど、何これ?


「あと?」


 堪えきれず促してしまった。

 口を開けたり閉じたり、何かを言おうとしてるらしいけど、そんなに言いにくいこと?


「あぁ、あかん」


 ぱっと顔を離した天斗が、天を仰ぎ見る。何があかん?あっ、もしかして私の眉毛繋がってた?いや、まさかの鼻毛か!?


「ほんま、なんなんやろなぁ、お前は」


 鼻と眉毛を手でガードしていたら、いつもの呆れた声が降ってきた。

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